第47回東京建築賞入選作品選考評
石井 秀樹(石井秀樹建築設計事務所株式会社代表取締役)
永池 雅人(一般社団法人東京都建築士事務所協会副会長、品川支部、株式会社梓設計)
宮崎 浩(建築家、株式会社プランツアソシエイツ)
宮原 浩輔(一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事、一般社団法人東京都建築士事務所協会常任理事、港支部、株式会社山田守建築事務所)
岡本 賢(建築家、一般社団法人日本建築美術協会AACA建築賞選考委員)
千葉 学(東京大学大学院工学系研究科教授)
金田 勝徳(構造家、株式会社構造計画プラス・ワン会長)
平倉 直子(建築家、平倉直子建築設計事務所主宰)
伊香賀 俊治(慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授)
山梨 知彦(建築家、株式会社日建設計チーフデザインオフィサー、常務執行役員)
奥野 親正(構造家、株式会社久米設計環境技術本部構造設計部統括部長)
上池袋の住宅
設計|アンブレ・アーキテクツ

 計画地は防災に強い都市づくりのため、木造密集地域の延焼遮断帯として事業化された都市計画道路の始点に位置し、17坪ほどと整備事業前の約半分の面積となった三角形の敷地である。
 敷地形状に呼応して南東から北西へ徐々に立ち上がる階段状の形態は計画道路の始点であることを顕在化し、従来の木密地域の風景と都市計画道路の新しい景観を都市的スケールで違和感なく調停している。
 近隣の隣棟間の隙間から通風や採光を確保するための光庭を計画したり、大開口を階段室の吹き抜けに設けてプライバシーを守りつつ室内に解放感を与えたり、猫の小さな空間スケールの別レイヤを重ねたりと、丁寧な敷地の読み解きと細やかな住空間への配慮がうかがえる。
 構造はRCの壁式構造と300mm角の柱を取り入れたハイブリッドな構造計画で、ラーメン的な自由度と壁式の空間効率を両立した多方向性のある伸びやかな空間を実現している。ラーメン構造の柱分を壁構造からずらしたり、100mmの薄いスラブをそのまま外部庇として露出させたりと、ファサードを分節して歩行者に対しても適切なスケール感を与えている。
 都市的スケールで街の起点となり、ヒューマンスケールで街並みに溶け込み、さらに猫スケールでの細やかな設計とさまざまなスケールを横断しながら破綻なく豊かな空間を創り出している力量は最優秀賞にふさわしく、さらに東京都の都市計画事業を見事に具現化し、住宅でありながらも都市的なスケールを獲得している点で東京都知事賞のダブル受賞にふさわしいと評価する。

(石井 秀樹)
有明体操競技場
設計|清水建設
   日建設計

 東京オリンピックの体操競技会場である。その外観は極めてシンプルでありながら、低く伸びやかなそのシルエットはたいへん美しい。前面の運河と緩やかなスロープの先に構成された基壇が、水平のプロポーションをさらに際立たせている。
 競技場の大空間を支えているのは集成材とスチールのロッドを組み合わせた張弦梁構造である。これは今回技術指導をされた斎藤公男先生が長年取り組んできた構造であるが、施工性とデザインへのきめ細かな配慮がなされている点に、地味ながらその進化を感じさせる。結果として現しの構造体が美しい内観を演出している。
この建物のもうひとつの特徴は木材の多用である。もちろん環境配慮といった側面もあると思われるが、かつてこの地が貯木場であったという敷地の記憶に起因している。屋根の構造架構をはじめ外装の軒裏、屋内の観客席などに、それぞれの樹種の特性を生かした木材が採用されている。特に仮設の観客席については、オリンピック後には撤去して別の建物で再利用されることが決まっている。また建物自体は一部改修して展示場として利用する予定となっている。
 本施設はオリンピック施設として象徴的な建物であるとともに、低炭素社会に向けた木材の利用、使命を終えた後の用途を変えた再利用など、現在の建築が抱えるさまざまな課題に正面から取り組み、そしてその結果を美しい建物として結実させた秀逸な建築である。

(永池 雅人)
吉祥寺の家
設計|辻昌志建築設計事務所
   川辺直哉建築設計事務所

 低層住宅街に計画された12戸からなる長屋形式の木造賃貸集合住宅である。正方形に近い矩形の敷地に前面道路からつながる中庭を囲むように分節して配置することで、全体は周辺の戸建て住宅のスケールと違和感のないボリュームでまとめられており、街の風景としてとても心地よい。前面道路を引き込んだアプローチ空間によって、住宅としての採光・通風も十分確保されている。また、敷地内での用途地域の切り替わりを利用して、敷地南側は半地下を持つ3層構成として必要な床面積を確保するとともに、半階ずれた断面構成によって見合いの問題も無理なく解決している。
 共同住宅ではないため、いわゆる共用部は存在しないが、前述の囲まれたアプローチ空間が「路地のような共用空間」となることで、ひとつながりの勾配屋根の下で「集まって住む」かたちが提案されている。すべての住戸を見学できたわけではないが、長屋ながらの多様なアプローチから展開される変化に富んだ住居スペースも魅力的であった。
 住戸を積層した断面構成におけるメンテナンスや音の問題にも細かな配慮がなされており、派手さこそないが、ローコストでありながらも良質で好感の持てる新人賞にふさわしい作品である。

(宮崎 浩)
旧山口萬吉邸 / kudan house
設計|竹中工務店

 山口萬吉邸は内藤多仲、木子七郎らの設計で昭和2(1927)年に建設された、スパニッシュ様式の昭和初期としては珍しい壁式RC造の邸宅である。今回のリノベーションは、戦災に見舞われながらも一世紀近くを生き永らえた住宅の価値に着目し、立地性を活かして事業性を確保できる会員制シェアオフィスやギャラリー・ライブラリーにコンバージョンすることで、さらに未来に向け歩みを進めることを目指したものである。
 新たな用途に応えるべく、快適性・省エネ性向上ための最新設備の追加や空間の再構成を行いつつも、当時の設計思想を尊重し、当初意匠を注意深く保存・再生している。さらに、洋室をコンバージョンしたライブラリーに代表されるように、新旧材料を上手く活かしたデザインにより、まるで当初からのような自然でモダンな空間が創出されている。庭園の設えについても、靖国神社や千鳥ヶ淵にほど近い敷地ならではの落ち着いた緑豊かな佇まいが維持されている。時を刻んできた住宅の歴史的・文化的資産としての魅力を守りながら、新たな価値を持った公共財として生まれ変わらせることに成功しており、リノベーション賞に相応しい作品である。

(宮原 浩輔)
8.5ハウス
設計|齋藤 隆太郎/DOG
   井手 駿

 国道1号線(東海道)沿の普通の住宅が連なる一角に特異な形態をしたアトリエ付住宅が現れた。建築主はアーチストでこの住宅建築をきっかけにこの地域二宮町にアートを展開させ、いままで特徴がなかった町にアートを展開し、町の個性を育て発展させたいと願っていた。1階はギャラリー兼スタジオで巨大な展示壁面によって背面の住居スペースと区分している。この巨大壁面が特徴的で外観の3角形の屋根形状を構成している。この壁面は展示壁面であるとともに2階に至る階段を支持して上階のリビングへと導いていく。狭隘であるが3角形の高い吹き抜け空間は大きな開口部から外光を充分に取り込み、アーチストらしいさまざまな作品と連携して居心地のよい空間を実現している。
 この二宮町は、古来江戸から8番目の宿場町大磯と、9番目の宿場町小田原の中間になることから8.5ハウスと命名し、ランドマークとなるような特徴ある形態に敢えて挑戦して町の人びととの交流を促し、建築主と語らいながら刺激的な空間構成を試みた設計者の意欲を評価したい。ひとりのアーチストと建築家の協働によって町起しに発展し、二宮町が魅力ある地域に変貌していく姿を期待したい。

(岡本 賢)
ロードサイドの家
設計|K+Sアーキテクツ

 郊外のロードサイドに建つ住宅である。周辺の文脈を読み取るのが困難な敷地だから、ともすると閉鎖的な佇まいを誘導してしまうが、この住宅は、そのような場所の特性にさまざまなかたちで応答していて、魅力的だ。
 ひとつには、上階へと昇るにつれて開けてくる空間であり、またその空間に呼応した用途である。2階のリビングでは、上州のからっ風を穏やかに防ぎながらも、内外が一体になった伸びやかな空間が広がり、3階のジャクージに至れば、ここが関東平野から山並みへと至る雄大な風景の只中にあることを体感させてくれる。実に爽快だ。そして1階は、地域にも開放される多目的なスペースやゲストルームなどを備え、この地に自らが文脈を生み出すがごとく、新しい人の滞留・滞在の場を生み出している。いずれは地域の人たちが、親しみを持って集う拠点にもなるのだろう。こうした地域との応答は、細部に至るまで極めて緻密に設計された美しいディテールや、適切な素材選択によって空間化され、どこにいても心地よい贅沢さを感じさせてくれる。この贅沢さ、質の高さは、一般化できるような方法論にはつながらないかもしれないが、価値ある仕事であることは間違いない。

(千葉 学)
北小金のいえ
設計|S設計室
   中島壮設計
   Cosmopolitan/Workshop

 千葉県松戸市北小金駅周辺に広がる住宅地の中に計画された。建築主は設計者の両親なので自邸を設計する様に自由な発想で取り組めたと思う。敷地はほぼ正形で北下りの傾斜地にあり北側は生産緑地で開けた環境にある。この敷地の中にあえて45°にずらした正方形の平面型を置き、その四隅を切り落として外部テラスを計画することによって特異な内部空間を実現している。
 広々とした北側の緑地に向けたテラスと、東側の明るい日差しを受けるテラスに囲まれたリビングは、高い吹き抜け天井とともに居心地のよい場所となっている。シンプルで簡素にしつらえられた内部仕上げと押えられたディテールにもこの居心地のよさに生かされている。
 平面で4隅を落とした構成が屋根形状に反映されて、中央の高い切妻屋根と4周に張り出した庇屋根の構成が周辺の住宅の中で際立っている。この屋根を利用したソーラーシステムを採用し、南面する屋根の先端から空気を取り入れ強化ガラスによる集熱部を通過して立ち下りダクトにより床面へ導き床暖房するという技術開発も試みている。特筆すべきは設計者は友人とともに自ら現場施工にも挑み、設計施工でこの住宅を完成させたという。設計施工を行うことによる仕上げの精度や、コストの削減等、さまざまな経験がこれからの建築作品創造に寄与すると思われる。

(岡本 賢)
はつせ三田
設計|ihrmk

 応募作品の外観を特徴づけている外壁面は、サイズ310mm×310mmの小さな柱・梁によって縦横1.35mグリッドが構成され、そのグリッド中に、ほぼ市松状に耐震壁が組み込まれたベアリングウォールとなっている。このベアリンングウォールを外周面に配したチューブ構造は、建築の高い安全性を担保すると同時に、そこに住む人の眺望と周辺住民との視線をほどよく調整する機能を持っている。
 角地である敷地の特性から、高度地区とふたつの道路からの斜線制限によって、平面形状が各階ごとに異なわざるを得ない。この難問をかいくぐるようにして、丁寧かつ綿密に計画された各戸ごとに違った平面計画は、そこに住んでみたいと感じさせる魅力に溢れている。
 平面上の中央近くには、設計者が「めぐりの土間」と呼ぶ空間が設えられ、階段とその周囲の居室、インナーテラス、オープンテラスが入り混じって配置されている。これ等が一体となった「土間」は、住民が三々五々、好きな場所で過ごせる空間であることを意図しているという。
 こうした設計者の創意と熱意が込められた住まいは、住み手の住まい方によってどのようにでも変化するように感じられる。設計者はその変化と成長を見守るかのようにして、ここの1階に自らの仕事場を設けている。

(金田 勝徳)
大岡山の集合住宅
設計|黒川智之建築設計事務所

 駅近くの雑然としたまちなみにすっきりした外観がひときわ目を引く。間口が狭く奥行きの深い敷地だが裏には緑道もある。そうした立地条件を活かし、外階段を挟んで一住戸プランを左右対称にひと組、さらに反転し2組を1層として積層する。
 階段ゾーンは住戸の中まで土間空間として通し、一方、中心に集めた4戸の設備ゾーンは構造も絡めて機能させ、両側の土間空間を自由度高くしつらえることを可能にした。たったひとつの住戸タイプをよく検討し展開するこのアイデアは、恐らく設計、施工ともに効率よく納めることにつながったであろう。また冒頭に述べた外観の所以でもある。
 ワンルーム賃貸住宅のワンパターン化は住み手の意欲を減退させ、暮らしの創造性をかき立てる何かが必要と常々思っていた。自宅を建築することは稀であり時間もかかる。若い人たちが職業を持って自立する段階から、住まいの心地よさや空間の質について興味を持ち、トレーニングを重ねることができる。そうした可能性を追求した住まいづくりをディベロッパーと設計者で共有し、今後ともおおいに挑戦していただきたいとエールを送り、優秀賞とします。

(平倉 直子)
RK_FLAT
設計|ビーフンデザイン
   松本悠介建築設計事務所   ANDO Imagineering Group

 集合住宅のあり方として、各住戸のプライバシー確保を最優先とする方向はあるが、本作はそれとは真逆の、住まう人びとの日常的な触れ合いや交流を前提とした集合住宅である。
 各住戸は専用のアプローチが用意されており、建築基準法上は「長屋」である。江戸時代の都市型住居に端を発する長屋は、まさに人びとの濃い人間関係を前提とした集合住宅であった。ライフスタイルが大きく様変わりした現代においても人情味溢れる長屋的住まいを可能にしたのは、入居者募集段階から関わる設計者の集合住宅プロデュース能力があればこそだろう。入居応募者は、ファミリータイプに住まう「大家さん」とともに事務所代表自ら面接を行い、入居者同士の交流への積極的参加が入居の条件であるとのことだ。ワンルームタイプなどは入居者の入れ替わりはあるものの、良好なコミュニケーションが保たれていることが現地審査でも感じられた。
 このように住む人を選ぶ集合住宅であるが、RC造高基礎などの構造的・外部的要素によって各住戸の仕切りと視線の方向性が規定・誘導され、入居者同士の関係性や親密度に応じた4タイプの住戸はそれぞれに専用の屋外スペースを持ち、絶妙な距離感を保ちつつ生まれるコミュニケーションにより、住まいとしての価値が高まることが期待される。

(宮原 浩輔)
清光社 埼玉支店
設計|アリイイリエアーキテクツ

 約12.7m×21.6mの長方形の平面形状で、最高高さ12.3m、軒高6.9mの切妻屋根の延長線上に、4.5mの比較的跳ね出し寸法の大きな庇を擁した木造建築である。内部空間の構成は、長手方向の片側半分は2層となっていて、1階部分に作業場、2階部分に事務所を配置して、反対側半分は吹き抜けの作業場が配置されている。
 こうした木造にとって決して小さくない空間全体の骨組みを、最大断面寸法120mm×180mmの一般流通材で構成している。そして流通材では間に合いそうもない、スパン約6.4mの2階事務所の床梁には、ためらいなくH形鋼を用いて、骨組みの単純化とコストダウンを図っている。また切妻状の屋根架構には、見付け長さ6.4mの登り梁のサイズダウンのために、中央部の柱から登り梁に向けて、両方向に斜め方杖を設けている。
 この登り梁と方杖で形成される菱形骨組みの連続が、屋根頂部に設けられたトップライトから膜材を通して柔らかく差し込む陽光に照らし出されて、爽やかで快適な内部空間を生み出している。こうして菱形骨組みを活かしながら、間仕切壁を最小限に抑えた明るく見通しの良い空間は、設計意図であった「社内の自然な一体感と調和をもたらす」ことを見事に実現している。

(金田 勝徳)
國學院大學 総合学修館(6号館)
設計|日建設計

 都心の歴史ある神社と閑静な住宅地の狭間に立つ大学の「離れ」の計画である。敷地が台地の際という地形的背景や、神社の氏子町としての歴史的背景を手掛かりに、自然豊かな環境を築き上げている。この「大きな環境」をありのまま取り入れるとともに、敷地北側の住宅の陽当りや風通し、境内の樹々の景色を取り込む小さな隙間を確保するため、かつての建物の輪郭をトレースした「雁行する壁」と「湾曲する屋根」によって、学生のための居場所を「大きな環境」に開くと同時に、住宅地への陽当りや境内の樹々の景色をもたらす「小さな環境」を継承している。さらに、神社側の敷地境界際にあるふたつの高さ制限をかわす「傾いた窓」は、神社の樹々をより近く感じさせるとともに、境内からの自然換気によって中間期の空調負荷を抑制している。敷地周辺で育まれてきた環境を読み解く中で生まれた3つの建築要素である「雁行する壁」、「湾曲する屋根」、「傾いた窓」を直截的に重ね合わせ、周囲の環境に形を与える鋳型とすることで「五感を刺激する学び舎」を実現している点を評価した。

(伊香賀 俊治)
ESCALIER 五番町
設計|櫻井潔建築設計事務所・ETHNOS

 JR市ヶ谷駅近くの濠端に面する高台に配された、小規模なテナントオフィス+店舗の計画です。
 基準階を窮屈に詰め込み繰り返すありがちなペンシルビルの計画に陥ることなく、立体的に巧みに構成されたフロアにより、各階ごとのレベルの特徴に即した平断面計画がなされた点が魅力的です。この結果、各フロアからの眺望に合わせたバルコニーの確保に成功し、憩いをもたらし、小型のビルに魅力を加えていることも高く評価したいと思いました。特に現在のwith Coronaの時代においては、バルコニーに対して窓を大きく開くことができるこのオフィスは、説得力を持っていました。同時に外観のボリューム感を低減して、コンテクストに馴染んだものとなっているのも、高感度が高いポイントです。
 さらに、これらのデザインが表層的なものに留まらず、オフィスビルを構成するのに不可欠な設備シャフト、EVホールや廊下、階段などへの深い理解から検討されており、その結果としてレンタブル比100%を実現し、事業性と直結したものとなっている点も特筆すべき点です。正にプロフェッショナルな仕事として高い評価に値する作品だと思います。

(山梨 知彦)
図と地
設計|細海拓也一級建築士事務所

 地方都市の静かな住宅街に建つ、こぢんまりとした美容室である。訪れたお客様は、ウェイティング→カット→シャンプーと徐々に天井が高くなる室内を歩み進め、建築空間が住宅的スケールから街のスケールへと流れるように変化していくのに呼応して、変身の高揚感に包まれていく。彼女・彼は、まるでヨーロッパや中央アジアの古都を彷徨う感覚を憶えるのかもしれない。
 低コスト・短工期のせいか、雨仕舞などのディテールは危なっかしいところが散見されるのであるが、ボリュームが相互嵌入するこの建築空間の魅力は、そこに身を置いてみないと理解できない。コロナの影響で2回も現地審査が延期されたのだが、最終的に感染拡大が収まった10月に内見が実現したのは僥倖であった。

(宮原 浩輔)
渋谷 パルコ・ヒューリックビル
設計|竹中工務店

 従前、道路を隔てて分かれていたふたつの建物をひとつの街区に統合し、都市再生特別地区制度による容積率割増を活用し、建物外周部に立体街路と名付けた地上から屋上広場まで続くストリートや集会、展示、オフィスの機能を新たに付加した商業施設である。かつてふたつの建物の間を走っていた区道を新たに店舗が並ぶ歩行者専用通路として施設内に引きこみ、スペイン坂から続く建物外周を回遊する立体街路は、渋谷の谷から代々木公園の丘を目指す延長線上のように建物の一部でありながら街をめぐるような体験をつくり出している。リアル店舗の意義が問われるなか、道をつくることで街が生まれ、化学反応や混じり合いが文化をつくるというこれまでの「渋谷」、「PARCO」が築き上げた一貫した考えを継承し、コンテンツ・建物・まちづくり・都市制度のすべての領域で「にぎわい創出」、「文化情報発信」の拠点となっている。また、建築環境総合性能評価システムCASBEEで新たに導入した建築SDGs評価をいち早く試行している点も評価した。

(伊香賀 俊治)
港区立郷土歴史館等複合施設「ゆかしの杜」
設計|日本設計
   大成建設、香山建築研究所、JR東日本建築設計

 1938年竣工の旧公衆衛生院(内田祥三設計)を港区の郷土歴史館、がん在宅緩和ケア支援センター、子育て関連施設等の複合施設として用途変更した延床面積約15,000㎡の大規模な近代建築の改修工事である。設計から工事監理の中で、設計チームが最も力を入れているのは、現行法規に適合する耐震化、バリアフリー化、設備更新等を前提として、創建当初の建物の質・デザインの復元に対して、丁寧に検証を行っている点にあると思う。
 保存改修設計の原則をはっきりと事前に決定した上で保存ランクを6区分に設定し、歴史的価値が認められる重要な部分に関しては、安全性を確保した上で最小限の介入にとどめ、建築の本質的な価値に対して十分に配慮している。一方、新たな複合用途に転用する部分に関しては、建築のデザインの骨格を守りながらも、親しみやすい空間に積極的に改修している。
 保存・再生に対する事業者(港区)の真摯な取り組み(保存活用検討委員会等による体制づくり等)も素晴らしいが、その目標を実現した各分野の専門家によるバランスの取れた設計・施工チームによる丁寧な回答のプロセスは、今後の近代建築の保存活用における設計手法のひとつの指標になると思う。

(宮崎 浩)
千代田区立九段小学校・幼稚園
設計|久米設計

 九段小学校校舎は、関東大震災で焼失した校舎をRC造で再建したいわゆる復興小学校のひとつです。その優れた意匠により歴史的価値が高いとして保存・活用の要望が専門家などから出され、千代田区景観まちづくり重要物件に指定されていると同時に、経済産業省の近代化産業遺産にも認定されていました。その一方で築後90年が経過して老朽化し、耐震性や環境性能、加えて本来の機能である教育施設として必要な機能を達成するために、大規模な保存と改修が行われたのがこのプロジェクトです。
 設計者は、部分ごとに躯体の保存・活用、内壁の保存改修・復元、外壁の改修を適宜組み合せて、旧校舎が持っていた南側の校庭を囲むファサードのイメージを残しつつ、旧校舎の約二倍の床面積を納めるために数々の工夫を試みています。たとえば、屋上には設備機械を増設せざるを得なかったため、オリジナルの校舎からセットバックさせることで増設による違和感を最小限に止めるなどですが、それらの工夫の多くは成功しているように感じられました。一方で、新たに増築された東棟では、ファサードや屋根の断面形状などに違和感もありましたが、全体としては高い品質で再生が実現していると感じました。

(山梨 知彦)
日本橋二丁目地区プロジェクト
設計|日本設計
   プランテック

 かつて日本橋は、商業、金融の中心として賑わいがあり栄えた街であった。昭和の終わりから平成にかけその賑わいが徐々に失われつつあった。そんな、日本橋において街の持つポテンシャルをもう一度見直し、生かし、周囲を巻きこみながら日本橋全体にかつての活気を取り戻すために、新たな業務、商業機能を集約させて4つの街区の一体計画により街全体の価値を高めて持続可能な開発を目指した作品である。
 街区を貫く特徴的な歩行者専用道路は、かつては狭い車道で車ばかりが行き交い、人の少ない、いわば、街の裏側となっていた。この車道を快適なウォーカブルな歩道とし、軽やかで透明感のある屋根架構をもつガレリアにより新旧の街区をつなげて、表通りの賑わいをまちの奥へ引き込んでいる。この歩道の両側には、戦前から戦後へ継承的かつ創造的なる増築を繰り返したB街区を活用できる重要文化財として再生している。並び立つC街区の基壇部は、外観のリズムを引用し、ディテール、スケールやデザインを踏襲して連続性を持たせている。さらに、ふたつの現代的なデザインの高層オフィスと合わさって通りに一体感を持たせ、歴史を感じさせる文化財の景観を周囲につなげて、街全体に広げている。このような人を中心として街全体の活気を取り戻し、まちの歴史を未来につなげる建築を高く評価したい。

(奥野 親正)
モランボン本社ビル
設計|プランテック

 建設地は住宅地に囲まれた旗竿敷地に、日影規制、高さ制限などの厳しい法的制限がかけられたエリアにある。これらの規制をクリアしながら、最大限の床面積を確保するために、入念な検討が繰り返されたことが滲み出ているような建築である。立地にかかわる悪条件を克服し、周辺環境に配慮しながらさまざまに工夫された空間のつくり方に、設計者の並々ならぬ努力と力量が感じられる。
 その結果として生み出された空間は、各階に分かれたエリア相互の目線をできる限り遮ることなく、外部の眺望や緑化がされたバルコニーが巧みに取り入れ、全体的に本社ビルにふさわしい一体感を自然に醸し出すような構成となっている。
 こうしたことから、設計意図とされた「フレキシブルな働き方やコミュニケーションが無理なく生み出されることを目指した」ことが十分に理解できる。「旧社屋では仕事中の私語が禁止されていたが、新社屋ではそれが自由になった」との会社幹部からの言葉が、この建築のあり方を表現しているようで印象的であった。
 ただ、旗竿敷地の竿部分に相当するこの建築の顔である部分が、銀色に輝く多角形の屋根とアルミパネルの外壁で特徴付けられている。街道沿いのまちなみに対して突出し過ぎないように配慮したとのことではあるが、やや突出し過ぎてはいないだろうか。

(金田 勝徳)
石井 秀樹(いしい・ひでき)
石井秀樹建築設計事務所株式会社代表取締役
1971年 千葉県生まれ/1995年 東京理科大学理工学部建築学科 卒業/1997年 東京理科大学大学院理工学研究科建築学科修了/1997年 architect team archum 設立/2001年 石井秀樹建築設計事務所へ改組/2012年~一般社団法人 建築家住宅の会 理事
永池 雅人(ながいけ・まさと)
東京都建築士事務所協会副会長、品川支部、株式会社梓設計
1957年 長野県生まれ/1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業後、梓設計入社/現在、同社フェロー
宮崎 浩(みやざき・ひろし)
建築家、株式会社プランツアソシエイツ
1952年 福岡県生まれ/1975年 早稲田大学理工学部建築学科卒業/1977年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了/1977〜89年 株式会社槇総合計画事務所/1989年 株式会社プランツアソシエイツ設立/1990〜2010年 早稲田大学非常勤講師/2011〜13年 同大学大学院客員教授
宮原 浩輔(みやはら・こうすけ)
一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事、一般社団法人東京都建築士事務所協会常任理事、港支部、株式会社山田守建築事務所
1956年鹿児島県生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、株式会社山田守建築事務所入社/現在、同代表取締役社長
岡本 賢(おかもと・まさる)
建築家、一般社団法人日本建築美術協会 AACA建築賞選考委員
1939年東京都生まれ/1964年 名古屋工業大学建築学科卒業後、株式会社久米建築事務所(現・株式会社久米設計)/1999年 同代表取締役社長/2006年 社団法人東京都建築士事務所協会副会長/2014年 一般社団法人日本建築美術協会会長
千葉 学(ちば・まなぶ)
東京大学大学院工学系研究科教授
1960年 東京生まれ/1985年 東京大学工学部建築学科卒業/1987年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2001年 千葉学建築計画事務所設立/2009年 スイス連邦工科大学客員教授/2013年 東京大学大学院教授/2016年 東京大学副学長/2017年 ハーバード大学GSDデザインクリティーク(写真:© Wu Chia-Jung)
金田 勝徳(かねだ・かつのり)
構造家、株式会社構造計画プラス・ワン会長
1968年 日本大学理工学部建築学科卒業/1968〜86年 石本建築事務所/1986〜88年TIS&Partners/1988年〜現在 構造計画プラス・ワン/2005〜10年 芝浦工業大学工学部特任教授/2010〜14年 日本大学理工学部特任教授、工学博士
平倉 直子(ひらくら・なおこ)
建築家、平倉直子建築設計事務所主宰
1950年 東京都生まれ/日本女子大学住居学科卒業/日本女子大学、関東学院大学、東京大学、早稲田大学等の非常勤講師を歴任
伊香賀 俊治(いかが・としはる)
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授
1959年生まれ/早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了/(株)日建設計 環境計画室長、東京大学助教授を経て、2006年より現職/専門分野は建築・都市環境工学/博士(工学)/日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長
山梨 知彦(やまなし・ともひこ)
建築家、株式会社日建設計チーフデザインオフィサー、常務執行役員
1960年 神奈川県生まれ/東京藝術大学美術学部建築学科卒業/東京大学大学院都市工学専攻修了/1986年 日建設計
奥野 親正(おくの・ちかまさ)
構造家、株式会社久米設計環境技術本部構造設計部統括部長
1968年 三重県生まれ/1991年 明治大学工学建築学科卒業/1993年 明治大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了/1993年 久米設計
カテゴリー:東京建築賞
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