第50回東京建築賞総評
古谷 誠章(東京建築賞選考委員会委員長授)
 審査委員長としての初めての審査となりました。応募総数としてはほぼ昨年と同じ96点の応募がありましたが、今年は一次審査を経てかなり絞り込んだ22作品(実際には一点が審査の対象外となったため、21作品)が現地審査対象作品に選ばれました。戸建住宅が6件、共同住宅5件、一般一類が6件、一般二類が4件となっています。どの部門も総じて完成度の高い作品が選ばれた印象があります。
 これらに対し、各作品3名(最小2名)の審査員による現地審査を行い、実際に訪れた委員からの報告と(A+)、(A)、(A−)、(B+)、(B)、(B−)の6段階の評価に基づき、各部門の最優秀候補、優秀候補を抽出したのちに、東京都建築士事務所協会会長賞、東京都知事賞の選定のための議論を行いました。
 事務所協会会長賞候補は、すべての部門の最優秀候補作品の中から、民の力で長野県内の耕作放棄地や荒れた里山の再生に取り組む「コードマーク御代田」が選ばれました。荒れた林地に道をつくることから始まり、林を整備して薪づくり、休耕田での稲作や野菜づくりなどを、地域の住民と会員としてここを訪れる都会からの来訪者が協働して行い、人間の生活と自然の関わりについて、とても示唆的な活動を行っています。建築としてはそうした活動の拠点として、大仰でない軽やかな木造架構で螺旋状に連なる眺めの良い内部空間が生み出され、また周辺の風景の中に溶け込んで佇む外観も非常に好感が持てます。
 東京都知事賞に関しては、東京都内の所在地が条件であることから、各部門最優秀候補作品のうち都内にある2作品を検討して、東京都心の歴史文化を継承するとともに、魅力的な都市空間の新たな創出に寄与している「九段会館テラス」を選定しました。2011(平成23)年の東日本大震災以来閉鎖されていた「九段会館」そのものを保存再生した価値に加え、新たに北の丸公園からの緑や親水空間の連続を生み出した点など、都心の新たな憩いの空間の創出にも貢献します。
 これに次ぐ最優秀賞に、戸建住宅部門では「安部邸」が選出されました。都市郊外部に建ついわゆるコートハウスでありながら、内部の生活を感じさせる巧妙な開口部によって、閉ざされた圧迫感を感じさせません。さらに内部には中庭を中心に大きく外部を取り入れた開放的で回遊性のある空間が構築されて、とにかく家族が楽しく住まうことのできる家となっています。このほかに、ユニークな断面構成に特徴のある「Uの家」も優秀賞に選出されています。
 共同住宅部門では工業化住宅の部材を用いながら、少しずつ雁行するプランや、緻密に計算された外部メッシュなどによってユニークな共同住宅を実現した「鎌倉アパートメント」が最優秀賞に選ばれました。最後まで拮抗した「COURT HOUSE自由が丘」も第一種低層住居地域に計画された低層のコーポラティブハウスとして優秀賞としています。
 一般部門一類では、宿場町である奈良井宿の古い造り酒屋の建物を宿泊施設に改修した「歳吉屋–BYAKU Narai–」が最優秀賞とリノベーション賞を重賞しました。客室ひとつひとつに地域の伝統工芸などをあしらった密度の高い改修が施されています。また優秀賞とリノベーション賞を重賞した「神田錦町オフィスビル再生計画」は、古いビルを徹底的に適法化し、不良なストックを都市に見捨てられたものとしない姿勢に大いに感服しました。
 都知事賞の他にも力作の揃った一般部門二類では、「東京都市大学7号館」が最優秀賞となっています。風致地区で建築高さに規制がかかる一方、玉川からの浸水のリスクもあり、階高などに大きな制約がある中で、大教室ともなるアリーナを中心に、人の居場所となるスペースを外周の各所に設ける巧みなプランニングで、環境性能にも優れた良好な空間を構成しています。他に優秀賞となった2点「KIND Center」、「全薬工業株式会社 研究開発センター」も、ともにプロフェッショナルな秀作といえます。
古谷 誠章(ふるや・のぶあき)
建築家、早稲田大学教授、NASCA主宰
1955年 東京都生まれ/1978年 早稲田大学理工学部建築学科卒業/1980年 早稲田大学大学院博士前期課程修了/1990年 近畿大学工学部助教授/1994年 早稲田大学理工学部助教授/1994年 NASCA設立/1997年 早稲田大学理工学部(現・創造理工学部)教授/2017年 日本建築学会 会長/2021年 東京建築士会 会長
カテゴリー:東京建築賞