スギ  新たな利活用を目指して
連載:木の香り、そして木の働き──②
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
古くから身近な存在であったスギ
 ヒノキと並んでわが国を代表する木のひとつ、スギ。スギはわが国の固有種であり、わが国だけに分布する。樹幹がまっすぐに成長し、比較的軟らかく加工も容易なので古くから用材としてよく使われてきた。
 加工用具がほとんどなかった古代の遺跡、たとえば静岡県登呂の遺跡からは、水田に用いられた杭と水止め用に打ちこまれた矢板、田下駄、倉庫の壁板など、スギ材を利用したものが発掘されることからもそのことが分かる。スギ材の用途は広く、建築材のほか、家具材、器具材、経木、木桶、酒樽・味噌樽、割り箸などに利用され、木材の中でスギ材は私たちの暮らしの中で最も身近な存在のひとつだ。
 スギが身近に、自然に多く分布していたことも、古くから利用されてきた理由のひとつであるが、「古(いにしえ)の人の植えけむ杉が枝にかすみたなびく春はきぬらし」という歌が『万葉集』に見られるように、自然分布のものだけでなく既に植林がなされていたこともうかがわせるほど、スギは身近に利用されていたのだろう。
 同時代に出された『日本書紀』の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の話の中では、髭を抜いて撒いたらスギになり、胸毛を撒いたらヒノキになったとの話が記載されている。単なる神話ではなく、なんとなく植林を思わせる一文であると思うのは考え過ぎだろうか。
利用適期にあるスギ
 用材として最も多用されてきたスギであり、そのために各地方の林業地域で良質の材を得るために優良木が育成され、あるいは選抜などによって品種改良が行われてきた。
 その結果、スギ自体は1属1種であるが、アキタスギ、ヨシノスギ、サンブスギ、ヤブクグリ、ヤクスギなど、林業地域ごとに多くの品種が存在する。そして個々の品種の間にスギとしての大まかな特性に大きな違いはないものの、強度や成分など細かな点では品種ごとに違いがあり、各地域で育て上げた人びとの息が擦り込まれているごとく品種ごとの特性が存在する。
 ところでわが国の森林面積2,500万haのうちの1,000万haは人工林で、そのうちのおよそ450万haがスギ人工林で、人工林面積ではスギが最も大きく、次いで大きいのがヒノキ人工林の260万haである。これらは第2次世界大戦後に住宅建設用に植林されたものが多く、既に樹齢50年を越えたものが多く、用材として適期を迎えているものが多い。そのことからもスギの利活用が望まれており、スギのよさを再認識するための裏付けも多くなされている。
用途開発の進むスギ
 強度や耐朽性でヒノキに比べれば劣るスギではあるが、構造物への利用開発も積極的に進められている。
 スギ材による木橋の建設、木製治山ダムの設置、耐火梁部材の開発、マルチング材、歩道材、木粉表面を化学処理した混練型WPC、そして最近では、挽き板の各層を繊維方向が互いに直交するように積層接着した面材料であるCLTのスギ材を用いた実用化の試みもなされている。材を利用する際に大量に排出される樹皮の活用は確固たる用途がないのが現状であるが、樹皮の耐朽性を利用した樹皮ボードや樹皮敷石の開発などが行われている。古代から利用されてきたスギが、現代の技術によって今、新たな用途開発に向けて進んでいる。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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