スギ  新たな利活用を目指して
連載:木の香り、そして木の働き──③
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
スギ材は快適な室内環境をつくる
 スギ材をはじめとした木質室内環境が気分を安らげ、心地よい環境をつくり出すことが科学的に実証されている。
 たとえば、小中学校の教室の室内のほぼ全面にスギ材を使用した教室では、床のみをスギ材にした教室に比べて冬に温かく、また、足元と生徒が座った時の顔との温度差が小さいので寒さを感じにくい。室内の場所による温度差も小さいので座った場所によって差がなく、室温が均一に保たれていることが分かる。
 スギ材の香りのもとでは香りのないときに比べて脈拍が下がる傾向にあり、リラックス効果があることも分かっている。このことは脳波の一種CNV(随伴性陰性変動)の測定からも明らかにされているし、落ち着いた気分の時に多く現れる脳波のα波の出現が増加することからも分かる。
 スギの自然の木目や色合いと共に、おだやかにかすかに匂うスギの香りが脳を刺激しストレスを取り去り、イライラなどの気分の高まりを抑えている。そのような雰囲気の中で作業をすれば当然ながら能率は上がる。スギ内装材の部屋で足し算による負荷試験を行った結果、木質材料を使用していない部屋に比べて回答数が多く、作業能率を高める効果があることも示されている。
 スギ材に含まれている匂い成分「セドロール」には寝つきをよくし睡眠効果を上げる効果があるし、血圧低下、心拍数の減少などによって鎮静効果があることが分かっている。他にも「α-ピネン」をはじめとして木の香りには多くの鎮静効果を持つものが含まれているが、香りの放出を多くするために板にスリット加工をして木口面を出したスリット材による壁面では、板目材壁面に比べて鎮静効果があることも確認されている。
 スギ材は大気汚染物質の二酸化窒素を吸収・吸着するし、スギ材木口面は調湿能にも優れている。さらに、スギ材の香り成分は喘息やアトピーの原因となる室内塵ダ二類の繁殖を抑制する。
スギ葉の香りはからだによい
 緑のスギの葉をちぎってみると、さわやかなそしてすっきりとした柑橘系の香りがする。その香りにはさまざまな生理活性があることが確認されている。
 スギ葉の香り成分、すなわち精油にはアトピー性皮膚炎のかゆみを和らげる働きがあることがアトピー性皮膚炎の患者を対象に皮膚科の医師たちによって実証されている。スギの花粉が飛び交う春先には花粉症で悩む人は多い。昔、猟師の人たちは花粉症を防ぐのにスギ葉の煎汁を飲んでいたという。スギ花粉症をスギで防ぐというのは面白い。また、スギ葉の香りには咳を抑える作用や、胃潰瘍を抑える作用もあることが分かっている。胃潰瘍は酸性の胃液分泌の過多で起こるが、スギ葉精油には胃液の分泌を抑える働きがあり、その成分も特定されている。
スギと共に歩んできたわが国の歴史
 スギは素戔嗚尊の時代から生活の中に溶け込んで私たちと共に歩んできた。江戸時代、灘の酒をスギ樽に詰めて4〜5日かけて千石船と呼ばれた樽廻船で江戸に着く間にスギの香りが酒に溶け込み、江戸の人たちはほのかに匂うスギの香りにほろ酔い気分になったという。
 スギ樽は味噌、醤油、酢などの発酵食品をつくる時にも使われてきた。木が鉄などに比べて強い酸や塩類に強い性質があるので都合がよい。最近では大量に水を利用する大病院や空港などの飲料水用の大きな木槽としても使われている。ヒノキの樹皮が檜皮として屋根葺きに使われてきたように、スギ樹皮も屋根葺きに使われてきた。
 仏事用の線香がスギの葉でつくられたのは、天高くまっすぐ伸びるスギの行く先に神の存在を信じ、スギを霊魂の宿る木と考えたからに違いない。スギは古くから私たちの生活と共に歩んできた。そしてその歩みはこれからも続くことだろう。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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