ヒノキ 古くから親しまれて
連載:木の香り、そして木の働き──④
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
 スギと同様わが国の固有種であるヒノキ(Chamaecyparis obtusa)はわが国のみに分布する。同じヒノキ科ヒノキ属の木には、わが国にはサワラ、台湾にタイヒ(タイワンヒノキ)、ベニヒ、北米にベイヒ(ローソンヒノキ)、ベイヒバ(アラスカシーダー)がある。ベイヒ、ベイヒバは輸入材としておなじみである。いずれも耐朽性が大でシロアリなどの虫害にも強い。このうちタイヒは以前にはヒノキの変種(Chamecyparis obtusa var. taiwanensisa)と考えられていたが、含まれる成分によって分類する化学分類学の立場から独立した種小名(Chamecyparis taiwanensis)が与えられている。
 ヒノキも戦後の拡大造林で植林され、スギに次いで人工林の面積は大きく、人工林の4分の1を占めている。木肌が美しく耐久性にも優れたヒノキは、古くから用材として重要な位置を占めてきた。ヒノキの産地で有名な木曽では、乱伐を防ぐために江戸時代には「木一本、首一つ」の厳しい掟がつくられ、ヒノキの伐採が制限された。このような厳しい保護政策を経て、木曽には立派なヒノキが生育し、秋田スギ、青森ヒバと並んで木曽ヒノキは三大美林に数えられている。
 腐りにくく虫害にも強いヒノキは、古代遺跡からも発掘される古くから身近な樹木であった。そして耐久性に優れ長持ちを必要とする神社仏閣や、「正倉院」などの遺物を長期保存する収蔵庫などに使われてきた。持統天皇の690年から始められた20年ごとに社殿を造営する「伊勢神宮」の式年遷宮にはヒノキが使われている。『日本書紀』には胸毛を撒けばヒノキとなる、そしてそれで宮をつくる材にせよとの素戔嗚尊の言葉があるが、この時代に既にヒノキの耐久性を見極めてその用途の考えが確立していたことには驚かされる。
ヒノキ材は虫や腐朽菌に強い
 木材の耐朽性、虫害抵抗性などの耐久性は抽出成分によるところが大きい。抽出成分は木材の色、香りの元ともなっている成分で、心材に多く含まれる。心材が辺材に比べて色が濃く、耐久性に優れているのは抽出成分量が心材の方が大きいからである。ヒノキの耐久性成分には、テルペン類の「α-カジノール」、フェノールタイプテルペンの「ヒノキオール」の寄与が大きい。抗菌性成分として知られている「ヒノキチオール」がヒノキに含まれているという1、2の研究報告も以前に見られたことがあったが、物証に乏しく不確かで、ヒノキには含まれていないというのが通説である。もし含まれていたとしてもごく微量でヒノキの耐久性の原因にはなっていない。
ヒノキの香りはからだによい
 ヒノキの香りには鎮静作用があることが脳波の測定によって分かっているし、健康に影響するカビや細菌に対しても抗菌作用を示す。クロコウジカビやアオカビなどのカビ類、黄色ブドウ球菌、大腸菌などの病原菌に対して抗菌作用がある。また抗生物質に対して耐性を持ち院内感染の原因となるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)をも抑える働きがある。興味あることには虫歯をおこすミュータンス菌に対しても抗菌作用を示し、その成分α-カジノールは抗菌作用が強いことで知られるヒノキチオールよりもその作用が強い。
 ヒノキ材の精油を飼料に混合しマウスに食べさせると、体重の抑制、中性脂肪の抑制が見られ、また精油の香りのもとでは中性脂肪が減少することから、ヒノキの香りには肥満抑制の働きがあり、メタボリックシンドロームの抑制に効果があることが報告されている。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
タグ: