サワラ──材は水湿に強く、葉は生物活性物質を含む
木の香り、そして木の働き──⑤
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
水湿に強いサワラは桶類に使われる。
サワラの園芸品種オウゴンシノブヒバ。抗酸化作用や室内ダニの繁殖を抑える働きがある。
ヒノキによく似た木、サワラ
 サワラと聞いて魚の鰆を思い浮かべる人も多いことだろう。樹木のサワラは「椹」と書く。1597年刊の易林本節用集には「弱檜」という字があてられている。ヒノキとよく似ているが強度的にヒノキよりも弱い、そんな意味を込めている当て字である。「檜に似て、さはらかなる木の義なるべし」と説明した書もある。「さはらか」とは古くは「(髪の毛がそう多くなくて)すっきりとしているさま」を表したようで、サワラがヒノキに比べれば横に枝を広げるので葉がなんとなくまばらに感じる様子を表しているのではないかという説もある。
材の利用
 ヒノキが山の中腹部に分布するのに対してサワラは沢筋や窪地に自生する。そのためか耐湿性があり、また酸類などの腐食にも強い。ヒノキよりも成長が早いが比重はヒノキよりも小さく軽いので強度を必要とする柱などには使われない。合成品が多くなった今ではあまり使われなくなってしまったが水湿に強いサワラは浴槽によく使われていた。ほかには桶類、盥のほか、障子・襖の組子などの建具材、器具材などに使用され、ヒノキほど香りが強くないので飯櫃や柄杓、包装用に使われてきた。
サワラの生物活性
 ヒノキ材は匂いの強い材で、テルペン類のα-カジノール、T-ムーロロールといった匂い成分がシロアリに対して耐蟻性を発揮する。サワラはヒノキほどに強い匂いはないものの同じくテルペン類のカメシノンという化合物が殺蟻性を発揮する。カメシノンは台湾に分布する耐蟻性の強いベニヒにも含まれる成分である。
 鮮魚などの下にヒノキやサワラの葉が敷いてあるのを見かける。緑の葉の上に載せられた魚には新鮮さを感じる。これらの葉は見栄えを良くするだけでなくカビや酸化による腐敗を防ぐのにも役立っている。実際にヒノキやサワラの葉には抗菌成分が含まれているし、特にサワラには食品の酸化による腐敗を防ぐピシフェリン酸という強い抗酸化物質が含まれている。
 ピシフェリン酸のほかにもその類似体が含まれ、その中には強い抗酸化作用を持つ合成品のBHTよりも強い作用を持つものもある。これらのピシフェリン酸類は、室内に生息し喘息やアトピーを引き起こすもとになる塵ダニ類の繁殖も抑えることがわかっている。さらにピシフェリン酸には、老化によって起こり黄斑変性などの障害のもとになる新生血管が生じるのを抑える働きもあることが最近分かっている。身近に昔からある草木も、少し角度を変えてその生理活性を調べれば、新たな活性があることに気付く例である。
 このピシフェリン酸類はサワラの園芸品種のシノブヒバ、オウゴンシノブヒバ、ヒムロ、ヒヨクヒバなどにも含まれている。これらの園芸品種は簡略に「ヒバ(桧葉)」と呼ばれ垣根や庭園木に利用されている。関東地方でヒバの垣根といえば青森ヒバではなくサワラの園芸品種である。垣根にするヒバは伐採することなく葉を剪定することが可能なので資源的には有利である。用材生産のために伐採される木の枝葉は林地に放棄されているのが現状である。葉には材には含まれていない有用成分が含まれていることが多いし、資源的にも有利な場合が多い。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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