マツ 景勝地をつくり、特用林産物としての利用も多い
木の香り、そして木の働き──⑥
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
秋田県能代市の海岸に面した約700万本のクロマツによる防風林「風の松原」。
身近な木、マツ
 わが国に生育するマツで最もよく見かけるのはアカマツ、クロマツで、ほかには高山に生えるハイマツや沖縄地方に分布するリュウキュウマツ、屋久島・種子島に生育し絶滅危惧種のヤクタネゴヨウなどがある。クロマツは海岸に生育し景勝地をつくり、また砂防林としても役立っている。アカマツは赤茶色の肌を見せて真っ直ぐに育ち、内地や山間部に普通に見かける。マツもスギやヒノキ同様に、私たちの暮らしの中に溶け込んできた木だ。
 マツは万葉集ではハギ、ウメに次いで多く詠まれている。
 アカマツ、クロマツともに強度は強い部類に属し、土台、梁、床板などの建築材、橋梁材などに使われてきた。
 マツは伐採後に放置すると青変菌にすぐに侵される。青変菌はセルロースやリグニンなどの木材成分を害さないので、強度には影響ないが材を青く変色させる。林地に放置されたマツの風倒木を返してみると、シロアリを見かけることが多い。マツはシロアリにも弱い。研究用のシロアリの飼育には、えさ木にマツの材がよく使われるのもそのせいだ。土台に使うには耐蟻処理が必要だ。
特用林産物としてのマツの成分
 マツ類にはヤニ分が多い。マツの幹に傷をつけると粘ちょう性のヤニが滲出してくる。これが生マツヤニで、これを放置すると揮発しやすい成分が揮発して消失し、あとには白色のヤニが残る。太古の昔、地上に落ちたヤニが地中に埋もれ固化して化石になったものが琥珀である。粘っこいヤニにからまれた虫がそのまま埋もれた虫入りの琥珀も出土する。
 揮発性の部分はテレビンで溶剤などとして使用され、白色の部分はロジンである。ロジンは紙をつくる時のインクのにじみ止めとしてのサイズ剤、合成ゴムの添加剤、バイオリンの弓などに使われる。ロジンは耐水性の被膜をつくるので船の水漏れ防止に紀元前から使われてきた。15〜16世紀には欧州各国が海軍増強に努め、造船に力を入れたのでマツヤニは軍需品として重要であった。マツヤニを英語でNaval Stores(海軍軍需品)と呼ぶのはその名残だ。
 わが国では太平洋戦争末期にマツの根を乾留して得られる松根油を戦闘機の燃料に使う計画が進められ、全国規模でマツの根が掘り起こされたが、戦闘機を飛ばすまでには至らなかった。わが国でマツがよく使われてきたものに、マツ炭がある。マツ炭は火力が強いので日本刀をつくる刀鍛冶には好都合だった。
からだによいマツの成分
 材と葉はストレスを解消し気分を和らげる香り成分α-ピネンを含む。α-ピネンは樹木には多かれ少なかれ含まれている主な成分だが、特にマツに多く含まれる。ピネンの名はマツの属名Pinusから取っている。青葉の香る5月初旬松林の近くを歩くと匂ってくる青臭くヤニ臭いにおい、それがα-ピネンだ。α-ピネンにはシックハウス症候群の原因となるホルムアルデヒドを除去する働きがある。
 アカマツの葉をお茶として飲むとコレステロールを減らし、またクロマツの葉には血圧降下作用、咳止め、去痰作用があるので民間薬として使用されてきた。フランスの大西洋岸に生育するフランス海岸松の樹皮には、ガンや動脈硬化の原因ともなる活性酸素を抑える抗酸化作用の強いポリフェノールが含まれていて、ピクノジェロールという名で市販されている。アカマツ、クロマツ樹皮にもポリフェノール成分は多い。
 マツヤニ成分のアビエチン酸には、胃潰瘍抑制効果、血小板凝集抑制作用、抗炎症作用、アビエチン酸の類似体のデヒドロアビエチン酸には抗潰瘍作用がある。デヒドロアビエチン酸の化学処理によって得られる成分は抗潰瘍剤として医薬品になっている。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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