環境にやさしい植物資源、そして木材
連載:木の香り、そして木の働き──①
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
再認識されつつある木材
 科学技術の進歩は石油等の化石資源から多くのものの合成を可能にし、ひと昔前までは木や草などの天然素材からつくられていたものが次第に影を潜め、合成品に置き換わっている。家の中を見渡しても、このようなものまでも、と思うくらいに合成品で溢れている。いつでも容易に手に入りかつ安価な大量生産による合成品は私たちの生活を確かに便利にした。しかしその反面、化石資源を使うことで二酸化炭素濃度が上昇し、その結果生じた地球温暖化による異常気象、合成薬品による環境汚染や副作用、合成品の廃棄処分問題等、さまざまな問題が表面化してきたのも事実である。
 このような背景のもとで、有限な化石資源と違い再生産可能であり、燃やして出る二酸化炭素も成長する植物が光合成によって吸収するので大気中の二酸化炭素の濃度の増減はなく、地球温暖化に加担することのない環境にやさしいクリーンな素材として、植物資源が注目されるようになってきた。
 植物資源を大規模バイオマス発電などのエネルギー生産に利用する計画も進められている。そして木材資源の建築材としての利用は、炭素源の貯蔵を可能とし、また、金属などの他の材料に比べて加工に要するエネルギーが圧倒的に少ないことなどの点で大いに注目されている。
漸増の傾向にある木材の使用量
 2009(平成21)年に農林水産省によって出された森林・林業再生プランでは、当時24%前後であった木材自給率を2020(平成32)年までに50%以上にしようと、「コンクリート社会から木の社会へ」という呼び掛けを行った。
 70%近い森林率を誇るにもかかわらず、国産材の利用の伸び悩みで荒廃するわが国の森林を活気づけることが目的であったろうが、木のよさを訴えることにも少なからず力を発揮したに違いない。公共建築物の木造化が進み、地産地消ならぬ地元に育った木で建てるという「地材地建」という言葉まで飛び出し、地元の木による学校づくりも積極的に行われ出した。
 そのようなことも後押しして、わが国の国産材の供給量は、2002(平成14)年の1,608万m3を底として増加傾向を示し、10年後の2012(平成24)年には1,969万m3に増加しており、輸入材を含めた用材としての木材供給量も数年前から漸増の傾向にある。
からだに健康を、心にやすらぎをもたらす木
 自然志向、健康志向が強まり、環境への配慮がなされる時代になって木のよさが再認識され出した。プラスチックや金属の製品がいかにデザインがよく使い勝手がよくても、それらにはなく木材に備わっているもの、それは「ぬくもり」である。木の柱、そして木の壁には思わず手で触れ、そして頬ずりしたくなるようなぬくもりがある。木目、色、そして香り、それが自然素材のよさである。多孔性の木材は断熱性があり、温かく軟らかく肌で触れて快適さを誘い、外からの衝撃を吸収し、床板では適度な摩擦によりすべりを防ぎ、快適な歩行感をもたらす。木材はまた、適度な吸音・遮音性能や湿度調整機能などにより、快適な環境づくりに役立っている。
 このシリーズではスギ、ヒノキなど、個々の木を取り上げその特性、特に香りなどの成分と生理活性などに焦点を当ててご紹介していく予定である。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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