関東大震災100年
耐震診断マニュアル
藤村 勝(東京都建築安全支援協会管理建築士)
図❶ 特殊な形態の建物
 耐震診断の対象となる既存建物は、図❶に示すように特殊な形態の建物など多岐にわたっており、耐震診断基準に示された要領だけでは耐震性能を適切に評価することが難しく、多くの耐震評価委員会では審査方針などをマニュアルにより公表しています。手戻りのない耐震診断・補強設計業務を行うために役立つ本会の耐震診断マニュアルの要点を以下に紹介します。
「実務のための耐震診断マニュアル」
 本マニュアルは2011年9月にJSCA、JASO、事務所協会が共同で作成した「3団体のマニュアル」をベースに、2017年改訂RC診断基準を網羅して同年に本会の評価委員会が発行したもので、全国で最も活用されている最新のマニュアルであり、ネットから全文(診断・補強合わせて255頁)がダウンロードできます(https://www.taaf.or.jp/about/docs/20170901manual.pdf)。
 RC、SRC、S、混構造、木造、補強コンクリートブロック造、および軽量鉄骨造など幅広い構造の診断方法と要領が記述されています。また、耐震補強としてRC系建物を対象とした増設壁、柱補強、鉄骨ブレース補強など14種の旧来からの補強工法、新しい補強工法としてブレースやフレームによる外付け補強工法、S系建物を対象としたブレースの増設や柱・梁接合部の補強工法、これ以外に免震・制震補強工法の詳細ディテールや設計方法とその要点などがまとめられています。
図❷ 緊急輸送道路沿道建物の耐震診断結果
表① 1995年阪神大震災での中破以上の被害率とNG判定の比較
診断方法の妥当性の分析
 耐震診断では補強の要否の判定が行われますが、補強が必要と判定される建物の比率が、過去の大地震で被害を受けた建物の比率と大きく差異が無く概ね同程度であれば、合理的であり地震対策として妥当性があると考えられます。
 緊急輸送道路沿道建物の耐震診断結果は図❷に示すように、耐震性能が判定値Iso=0.60を満たしOK判定される建物は、RC造で11.5%、SRC造で20.8%、S造で5.9%と報告されています。診断でNG判定された建物と、1995年阪神大震災で被害が大きかった神戸市三宮の被害率を表①で比較してみます。この結果では、診断でNG判定(要補強)された建物の比率は大地震時に中破以上の被害を受けた建物の比率よりもかなり多く、診断を安全側の判断で行っている傾向があることが危惧されます。このため「実務のための耐震診断マニュアル」では安全側の仮定を設定することなく建物をあるがままに評価することを基本とし、このための要領を詳しく記述しています。
表② 構造図がない建物の調査(RC造)
構造図がない建物の耐震診断
 耐震診断には構造図が必要です。構造図が保管されていない建物では、表②を参考にステップ1で寸法調査により伏図・軸組図を作成し、ステップ2で伏図・軸組図を利用した調査計画を立案し、部材断面調査結果に基づき構造図を作成して診断します。RC造の建物では電磁波レーダーなどを用いた鉄筋探査と、はつり調査を組み合わせて柱断面図配筋等を確認します。調査は抜き取りとし、建物への影響に配慮して行います。SRC造の建物では探査機によるスキャンと、小径コアボーリングに板厚計を組み合わせて鉄骨断面形状を確認し、柱断面詳細を把握します。S造では仕上げ材を部分的に取り除き、柱・梁の断面寸法および柱・梁接合部の形状測定、施工状態の確認、超音波探傷検査を行います。
アスベストで耐火被覆された建物の耐震診断
 鉄骨造の耐震診断では、過去の大地震での被害例が多い柱・梁接合部や柱脚などについて施工状態を実態調査により確認することが必須です。しかしながら、アスベストで耐火被覆された建物ではアスベストの飛散防止を図って除去し、溶接部の超音波探傷試験などの調査を実施することはコスト上困難となります。このような場合は、設計図書と建設年代から柱・梁接合部の施工状態を想定し、実態調査シートに想定した詳細を明記して強度計算を行います。補強工事時に施工状態を確認し想定と異なる状態であった場合には、強度計算を見直し、必要に応じて補強内容を変更します。
低強度コンクリートの扱い
 耐震診断基準では、コンクリート強度の範囲は計算式の適用範囲から13.5N/mm2以上とされています。コア採取結果が13.5N/mm2未満のコンクリートに対しては、せん断強度の低減係数(kr)を考慮して診断することが必要です。低強度コンクリートの建物は建て替えすることが望ましいとされており、補強する場合においても補強で耐震性能が改善できるコンクリート強度は多くの判定委員会において10N/mm2以上とされており、10〜13.5N/mm2の低強度コンクリートの建物を補強する場合には、有害なひび割れや大たわみなどの構造障害がないことの確認が求められます。
図❸ 建物の崩壊モード
RC系建物の耐震診断
 建物の崩壊モードは図❸に示す全体崩壊、層崩壊、浮き上がり回転があります。建物が浮き上がると大きなエネルギー消費が期待でき建物は崩壊しないと考えられており、現在の耐震診断では浮き上がり回転モードは特別な場合を除き考慮していません。RC造建物は過去の地震被害の大半が層崩壊であったため、第2次診断により各階が層崩壊する時の性能を検討します。ただし、下階壁抜け柱が存在する建物は、別途第3次診断的な検討を行い安全性を確認します。新耐震建物など全体崩壊が期待できる建物では、第3次診断で検討することにより大きな耐震性能が得られる可能性があります。
S造建物の耐震診断
 S造には第2次診断がないため、第3次診断と同様の保有水平耐力計算で診断します。保有水平耐力の計算には節点振分け法と荷重増分解析があります。節点振分け法はすべての層を降伏させた計算を行うため、全層の構造耐震指標(Is)が算出でき、耐震診断に適していますが、外力との釣り合いが計算できません。荷重増分解析は階の耐力分布が悪い建物では未崩壊が発生し、すべての層の保有水平耐力が算出できないことがあります。したがって、耐力分布が悪い補強前は節点振り分け法で診断し、耐力分布が良い補強建物は荷重増分解析を用いて保有水平耐力の精算を行うのが望ましいと思われます。
図❹ 混構造建物の耐震診断
混構造建物の耐震診断
 図❹に示す混構造の診断にあたっては、建物全体を一体として扱って建物重量、Ai(階による地震力の割り増し)、Rt(振動特性係数)、Fes(形状指標)を算出した後、構造種別ごとにそれぞれの診断基準に基づき階の強度(C)、靭性(F)を求め構造種別ごとの耐震性能を算出し、全体系の指標と組み合わせて各階の耐震性能(Is)を算出します。混構造には平面的に分かれた混構造もありますが、この扱い方もマニュアルに記載していますので参照ください。
事前相談
 本マニュアルのへの問い合わせ、診断、補強計画、評価についての相談は常時受付けています。協会本部に予約した上で来所ください。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士