『建築士事務所』の事業承継セミナー 第3回
事業承継の法務
髙橋 賢司(弁護士、司法書士、弁護士法人横浜りんどう法律事務所)
はじめに
 本稿では、建築士事務所の事業承継の法務の留意点等について解説をさせていただきます。建築士事務所は、建築士の方が「個人」で経営されている事務所と、「会社」組織にして経営されている事務所があると思いますので、それぞれ、「個人」事務所の事業承継と、「会社」の事業承継に分けて解説をさせていただきます。
「個人」から「個人」への事業承継
1) 「個人」から「個人」への事業承継において、特におさえていただきたいポイントは、次のような点です。
① 何を引き継いで、何を引き継がないのか(負債を含む)を書面化すべき。
② 従業員、事務所(賃貸)、顧客等を丸々引き継ぐ場合には、商法上の営業譲渡契約となる。
③ 先代と後継者で、丸々引き継ぐと決めた場合でも、第三者との契約を正式に引き継ぐには、その第三者の合意が必要。
④ 仕掛中の業務がある場合には、先代と後継者で報酬の受取の割合を明確にしておくべき。
⑤ 丸々引き継ぐ場合で、商号(屋号)をも引き継ぐ場合には、特に、債務の引継ぎに注意する。

2) (1)たとえば、A建築士が個人で経営している事務所について、従業員であるB建築士へ、丸々、事務所ごと引き継いでもらうようなケースを考えます。
 このケースのように、これまでA建築士が行っていた営業を、そのままB建築士が譲り受けることを、AとBの「営業譲渡」契約といいます。
 後日の紛争を防ぐために、営業譲渡契約をする際には口頭だけではなく、何を引き継いで、何を引き継がないのかを記した営業譲渡契約書を作成することをお勧めします。
(2)営業譲渡契約をした場合でも、A建築士と「第三者」との契約は自動的には、B建築士には移らないので、この点も注意が必要です。A建築士と第三者との契約(従業員との労働契約、事務所のオーナーとの賃貸借契約、仕掛中の業務の発注者との請負契約等)を引き継ぐには、B建築士と第三者の間で再契約の締結又は個別に同意を得ることが必要です。
(3)事務所の商号(屋号)も引き継ぐケースの場合には、特に負債の扱いに注意が必要です。
 商法上は、営業譲渡とともに商号を引き継ぐ場合には、原則として、譲受人は、譲渡人の営業によって生じた債務を弁済する責任を負うことになっています。例外的に、譲渡人と譲受人から当該第三者へ、譲受人は譲渡人の債務を弁済する責任を負わない旨の通知をすれば、譲受人はこの責任を免れることとされています。
 また、反対に、自己の商号を使用して営業を行うことを許諾した者は、その者が営業を行っていると誤認して取り引きした第三者に対する負債について責任を問われることがあります。
 これを防ぐには、「事務所名は変わらないが、営業主体は変更した」ということを周知する必要があります。
「会社(株式会社)」の事業承継
 次に、「会社」の事業承継を解説します。なお、本稿では、「会社」の中で最も多い「株式会社」であって、中小企業で最も多いと考えられる「現社長(代表取締役)」=「その会社の大株主」という株式会社を念頭に、主に親族やいわゆる番頭さんと呼ばれる社内の建築士の方へ事業承継するケースを解説します。

1) 「会社(株式会社)」の事業承継の法務で着目すべき点(表②)
 個人の事業承継と異なり、株式会社の事業承継の法務においては、自社株式の承継を考えることが重要なポイントになります。会社の経営権の根源は、自社株式にあります。これは、株式=会社の株主総会の議決権だからです。
表② 株主総会の決議の種類と決議の内容
2) 後継者への自社株式の承継方法
 後継者(親族または、番頭的な従業員)に自社株式を承継するには、どのような方法があるでしょうか。実際の事業承継では、さまざまな方法をオーダーメイドで組み合わせて考えていきます。
(1)自社株式を後継者へ売る(売買) or 生前贈与する
 社長(=大株主)の生前の自社株の承継メニューとしては、自社株式を後継者候補者へ売買する(対価を得て移転する)や、生前贈与する(無償で自社株式を移転する)ということが考えられます。
 適正な価額での売買であれば、遺留分侵害の危険性もなく、また、自社株式の対価が、社長の退職金代わりにもなります。
 自社株式を生前贈与するには、贈与税に注意が必要です。自社株式の価値が高く、大きな贈与税がかかってしまうような会社であれば、事業承継税制の贈与税の納税猶予・免除制度の利用も検討します。
(2)遺言書を作成する/民事信託を設定する
 社長(=大株主)の相続を契機にして自社株式を後継者候補者へ移転するメニューとしては、遺言書の作成や、民事信託(家族信託)の利用が考えられます。遺言書の作成には、遺留分に留意することも重要ですが、内容として「自社株を後継者へ」という内容の遺言書を作成しておくことが有効な事業承継対策になります。なお、遺言書では、相続人以外の第三者へ「遺贈」することができますので、相続人ではない後継者に対しても、自社株式を遺贈することができます。
M&Aについて
 次に、M&Aについてですが、現在、会社を売り・買いするM&A市場が非常に活発です。M&Aとひとことで言っても、法的な手法は「株式譲渡」、「事業譲渡」、「会社分割」、「株式交換」等に分かれますが、主流の手法は、「株式譲渡」になります。
 この「株式譲渡」の手法とは、要は、その会社の株式を第三者へ全部売却する、ということになります。株式を売却した会社は、買った会社の子会社になります。
 M&Aは、基本的には、既知ではない第三者に会社を売却するということになりますので、「マッチング」(購入者を探す)の問題と「いくらで売るか」という問題が出てきます。
 このマッチングの問題については、現在は、M&Aを専門的に仲介する仲介業者が多数あり、仲介業者へ依頼すれば、マッチングから行ってくれます。また、近年は、銀行や信用金庫等の金融機関もM&Aのマッチングに積極的ですので、メーンバンクに相談するのもひとつの方法です。
 比較的安価にM&Aの候補を探したい場合には、インターネット上で、売りたい会社、買いたい会社のマッチングを行うサイトもあります。また、公的な機関としては、各都道府県に「〇〇県事業承継・引継ぎ支援センター」が設置されており、マッチング等の業務を行っています。
次に、会社をいくらで売却するか(いくらで買うか)という問題ですが、これは、要は会社の価値(株式譲渡であれば、株式価値)をいくらと算定するかという問題になります。
 この会社価値(株式価値)の算定方法についてもいくつかの考え方があり、必ずこういった計算式で算定して売買額を決めなければいけないということはありません。
 会社価値(=売買額)を算定する手法としては、次のような手法があります。
① M&Aをした類似会社の売買価額を参考にする手法
② どの程度営業利益が出ているかから算定する手法
③ 帳簿上の純資産額に着目して企業価値を算出する手法
④ 財産評価基本通達による取引相場のない株式の評価方法をベースにする手法
最後に
 事業承継の法務の形は、その会社の形態やオーダー内容によって千差万別です。
 また、さまざまな専門職とタイアップして取り組む必要があるのも、この事業承継の分野の特徴です。私が参加している一般社団法人湘南MIRAI承継には、さまざまな専門職がおりますので、もし、事業承継でお困りのことがありましたら、ぜひご相談ください。
髙橋 賢司(たかはし・けんじ)
弁護士、司法書士、弁護士法人横浜りんどう法律事務所
2002年 司法書士登録/2010年 弁護士登録/2013~15年 衆議院法制局 参事(労働立法担当)/2015年 横浜市内(JR東神奈川駅前)にて、弁護士法人横浜りんどう法律事務所・横浜りんどう司法書士事務所を開業/一般社団法人 湘南MIRAI承継に参加し、事業承継案件に携わる。
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