ICT時代に建築士はどう生きるか 第6回(最終回)
BIMの浸透に向けて
志手 一哉(芝浦工業大学教授)
はじめに
 これまでの連載では、BIMを利用する環境について国内外の規格、標準、ガイドラインなどに着目をしてその動向について述べてきました。専門的な用語も多く、その内容を現実の業務と照らし合わせることが難しい面もあったかと思います。連載の結びとなる本稿では、これからBIMに取り組もうとする場合、どのようにBIMに取り組めばいいのかを筆者なりに考えてみたいと思います。
 本稿では主として中小規模のプロジェクトを対象とします。中小規模のプロジェクトでは、多くの業務を少人数でこなさなくてはなりません。そのような環境でこそ感じられるBIMの良さがあるのではないかと思っています。
BIMの導入に対する最初のゴール
 BIMがどれだけ浸透しても図面がなくなるわけではありません。だからと言っていつまでも2次元CADとBIMを併用しているのでは業務の負荷は減りません。2次元CADで図面をつくる場合、ひとつの部材の形や情報を平面図や断面図など各図面に繰り返して描きますから、図面相互に書き違いが生じる可能性をゼロにできません。Revit、Archicad、GLOOBE、Vectorworksなど、BIMオーサリングツールの特徴は、建物モデルと図面が一体になっていることです。建物モデルで設計を完了してから図面化すれば、作図、図面間の不整合に関するチェック、修正、質疑応答などの時間を短縮できる可能性があります。建物モデルで設計を進めるといっても、BIMオブジェクトの配置は平面ビューで行いますので、操作感は2次元CADで図面を描く場合と根本的に違うものではありません。そこで、BIMの導入に対する最初のゴール設定を、BIMオーサリングツールですべての図面を加筆なしでつくること、と定めてもいいのではないかと思います。
 BIMで図面とは議論が後退している印象を持つ方がいらっしゃるかもしれません。しかし、加筆をせずに図面をつくるためにはパラメータを整備して、その値が正確に入力されている必要があります。それが完備されているBIMデータは、施工や維持管理、法的チェックなどでデジタルデータを利用する足掛かりになります。建物モデルと図面が一体であるということは、「BIMオーサリングツールで加筆なしに図面をつくること」が建物情報のデジタル化の入口であると考えて差し支えないと思います。
 ただし、BIMオーサリングツールで従来とまったく同じ図面をつくることを目指してはいけません。BIMオーサリングツールで図面をつくるとは建物モデルで設計を完了してから図面をつくることであり、図面はBIMデータの表現の仕方の一例にすぎません。図面表現だけでなく、より合理的な表現や情報の伝え方も併せて考えていくことが重要となります。
BIMオーサリングツールで図面をつくる方法
 BIMオーサリングツールでは、BIMオブジェクトを配置して建物モデルを構築します。BIMオーサリングツールの中に建物モデルはひとつしかなく、それをさまざまなビューで見ているだけです。
 平面ビューで壁や窓を配置すれば、立面ビューにも断面ビューにも3Dビューにも壁や窓が表示されます。各ビューの表現を図面化するには、図面の種類や縮尺に合わせたBIMオブジェクトの表示内容や方法、注釈や図面記号などのタグ、タグに表記するパラメータなどを設定したテンプレートを利用します。加えて、そのテンプレートやタグが参照するパラメータや図面の種類や縮尺に合わせた表現を、BIMオブジェクトにセットしておかなくてはなりません。同じパラメータをあらゆる図面で共有すれば、平面図、立面図、断面図だけでなく、縮尺の違い、区画図や求積図、仕上表や建具表など、BIMオブジェクトを配置すれば半ば自動的につくることができる図面の範囲が広がります。
 効率よくテンプレートやパラメータの準備を進めるには、パラメータの名称や項目を業界標準に合わせていくのがベターです。現在、国土交通省の建築BIM推進会議をよりどころとして、意匠、構造、設備の別に主要団体がパラメータの共通化や統一化に向けた共同的な検討を進めています。また、テンプレートやBIMオブジェクトは、ベンダーやユーザーが公開していたり、それらと便利機能をセットにしたアドインが有償で提供されていたりします。
 BIMオーサリングツールで図面をつくるには、意匠、構造、設備のモデルを重ね合わせて、それらの間の不整合や干渉を解消しながら設計を進めることが肝要です。図面化してから確認するのでは、手戻りが多くなります。各分野のモデルは、意匠、構造、設備などで異なるBIMオーサリングツールでつくることも多いです。それらの間で不整合、干渉、納まりなどをチェックする時は、異なるファイル形式のBIMデータを重ね合わせることができるビューワーソフトを使うのが便利です。クラウドストレージで常に最新のBIMデータを共有し、それを各者が随時ダウンロードしてビューワーソフトで重ね合わせをすれば、設計上の問題をタイムリーに把握できます。各自が把握した問題や課題をチームコミュニケーションツールやオンライン会議アプリを使って共有すれば、タイムロスなく調整を進めることができるでしょう。異なる組織のメンバーがネット上に在席する仮想のプロジェクトルームを用意できるサービスもあります。このような情報共有環境は、BIMベンダーが提供している共同作業のサービスなどの利用も視野に入れ、費用と利便性を勘案しながら組織やプロジェクトに合ったやり方やルールを整えるのが良いと思います。
 情報を共有しながら設計を進めるために、BIMデータを入力する内容や順序について事前に話し合っておくと誤解が生じにくくなります。たとえば、空間の配置を確定するまでは天井や床をモデリングしない。柱や梁は意匠の建物モデルに仮定断面で入力しておき、構造計算後にST-Bridgeのデータをもらって意匠担当が入れ替える。表面仕上げや設備機器の仕様は部屋に紐づけたスプレッドシートで検討してからBIMデータに反映するなど、具体的な手順や方法を決めておくといいでしょう。
 英国のDRM(Design Responsibility Matrix)や米国のMET(Model Element Table)ほど厳密に計画を作成しなくてもいいと思いますが、BIMデータを入力する順序やデータの流れを明示して関係者間で共有しておかないと、何が正しい情報でどのような進捗なのかがわからなくなってしまいます。
より合理的な表現や情報の伝え方
 図面間の不整合や干渉の発生確率がゼロになるだけでも、プロジェクトに関わるすべての関係者の業務効率が大いに改善されます。ただし、BIMオーサリングツールですべての図面をつくることのメリットを最大化するには、従来の業務でやめられることが何かないかを改めて考える必要があると思います。以下に、筆者が思いつくまま5点ほど挙げてみました。普段の実務でさまざまな苦労をされているみなさまであれば、もっと多くのアイデアが出てくるのではないかと思います。検討した内容は、さまざまなプロジェクトで経験を積み重ねてデファクトスタンダードにしていくのがいいように思います。
①図面の体裁にこだわることをやめてみる
 図面だけで伝えたいことのすべてを表現しようとすれば、あらゆる情報を図面に表記しなくてはなりません。しかし、3Dビューや仕様のリストなど別の形で出力できる情報を併用した方が伝えたいことをより正確に伝達できるならば、図面の表現をもっと簡素にできるかもしれません。作図のためだけに入力するパラメータをなるべく少なくすることはBIMデータの入力手間を増やさないことにつながります。
②総合図をなくす
 そもそも総合図は、2次元CADで描いた意匠図、構造図、設備図間の不整合を把握するために行う作業です。BIMデータを重ね合わせてそのチェックをし、問題を解消しながら建物モデルをつくるわけですから、その結果を敢えて図面というわかりにくい表現にする必要性はありません。異なるファイルのデータをひとつのファイルに読み込んだり、見やすいように色分けしたり、凡例化したりすることには手間がかかります。調整結果は重ね合わせをした状態をビューワーで共有した方が発注者や施工者は理解しやすいかもしれません。
③設計が完了するまでは図面でのレビューをやめる
 BIMオーサリングツールで半自動的に図面をつくるとしても、図面としての体裁を整えるにはそれなりに手間がかかります。情報の充足、確定度、性能、仕様、デザインなどをチェックするのであれば、BIMオーサリングツールのビューを切り替えながらレビューをすれば、その場で指摘を修正できるかもしれません。一方で、部分のディテールはBIMオーサリングツールと別のツールで設計したり標準図を用いたりするのが効率的な場合もあります。建物情報と部分の情報の関係を上手く整理していくことも併せて考える必要があるでしょう。
④施工段階の設計変更をなくす
 BIMを導入したプロジェクトでは、竣工時の設計BIMがとても重要な意味を持ちます。設計変更に対するBIMデータの修正は設計者が行いますので、変更の抑制が自身の業務効率低下を防止することにつながります。発注者の要望による設計変更は仕方ないですが、BIMのビジュアライズ性を活かすなどしてそのような変更が生じる可能性を低減する工夫が重要です。また、施工者にとって設計変更は工事契約の変更です。BIMオーサリングツールで図面をつくるのであれば図面間の不整合に起因する設計変更はゼロでなくてはなりません。
⑤疑うことをやめてみる
 特に積算では、BIMデータから計算した数量と積算基準で計算した数量の差異を検証することが延々と続けられています。どのような入力をすればどのような数量がBIMデータから出るのかを整理して、差異の検証をそろそろやめてもいいのではないかと思います。また、求積図なども、記述ミスをしているかもしれない計算式を確認するよりも、デジタルデータで直接面積をあたる方が間違いない気がします。
BIMオーサリングツールという道具
 BIMはプロセス、とよくいいますし、それは間違いのない事実です。しかし、BIMのデータ入力に用いるBIMオーサリングツールは道具です。道具を使いこなすことで良い仕事をより効率的にこなすことができると思います。
 BIMの多様な使い方で真っ先に思い浮かぶのは数量の把握ではないでしょうか。最終的な積算は専門家に任せるとしても、BIMデータから得られる数量を用いて比較的精度の良い概算を手間なく計算できれば、効率的に設計を進めることができます。しかし、必要な数量が何でもかんでもBIMデータから得られるわけではありません。BIMデータから得ることができる数量は、BIMオブジェクトの個数、長さ、面積、体積などです。それらの数量を利用して概算に用いる主たる材料の数量を計算します。あらかじめそれらの計算式を整理しておけば、それがある種のモデリングガイドになるかもしれません。また、部屋や建物要素のオブジェクトごとに、それを構成する主たる材料の組み合わせパターンと合成単価の代表的なものをグレードごとに整理しておくと、設計の初期段階における概算に役立つと思います。この整理は、工事費の概算だけでなくLCCの概算などいくつかの用途を考えることができますので、ユースケースを積み重ねたいところです。また、計算式や材料の組み合わせパターンを利用する際にBIMオブジェクトを分類する体系があると便利です。一方で、外壁の面積、掘削や埋め戻しの土量など、BIMデータから得られる数量では容易に計算できない概算項目を知っておくことも重要です。できないことを把握しておけば、何らかの代替手法を考えることができます。
 表計算ソフトでたくさんの関数を使いこなす人とそうでない人では、同じ成果物をつくるにしてもデータの入力や整理の時間が何倍も違います。さらに、簡易なプログラミングを併用できる人とそうでない人の間には、できることとそのスピードに歴然とした差が生じます。デジタル情報を扱う仕事では、ソフトウェアの使いこなしが作業能率や成果物の質に大きな影響を及ぼします。BIMオーサリングツールも同様に、繰り返し作業を自動化したり、パラメータ値を効率よく入力したり、必要なパラメータ値を効率よく抜き出したりする機能やアドインを知っていたり使いこなせたりすることが仕事の質を左右します。また、壁で囲まれた部分に天井や床を入力するというように、モデリングの手順をロジカルに記述できる作業であれば、ビジュアルプログラミングなどを利用した作業の自動化も可能だと思います。個人が作成したプログラムを共有すれば、組織のデータ処理能力は向上していく気がしています。
BIMが業務に浸透するために
 BIMの利用者が多くなればなるほど、経済学でいうネットワーク外部性が生まれ、BIMから得られる便益が増加します。しかし、BIMを導入したプロセスにどれだけ高尚な目標を掲げても、業務を楽にするとか高度化するなど、個人のモチベーションが高まることが伴わないとBIMの利用は広がりません。そのためには、自分自身の道具としてBIMオーサリングツールを使うことが重要です。自らが使わないのにBIMを導入するメリットを見出そうとしてもわかるわけがありません。これは設計者だけでなく、発注者も施工者も同じことがいえます。実務者がBIMオーサリングツールを使う経験を積み重ねていけば、新しい発想が生まれます。また、これまでの連載で述べてきたようなパラメータや分類体系などの業界標準の必要性が腑に落ちるのではないかと思います。
 2019年6月に発足した国土交通省の建築BIM推進会議では、2021年4月までに「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」を中心に、「設計BIMワークフローガイドライン 建築設計三会提言」、「JSCA BIM仕様(構造BIMパラメータリスト)」、「構造設計業務で必要な属性項目・名称の整理(BLCJ 構造標準)」、「BLCJ 設備部会2020年度編成Ver1.5X「仕様属性情報一覧」「機器分類コード一覧」(BLCJ 設備2020年度仕様書)」、「分類体系 Uniclass2015 日本語訳」などの補足資料群、令和2年度のモデル事業/連携事業の説明資料や報告書などのユースケースが短期間に蓄積されました。これらを参考にしつつBIMの経験の積み重ねに着手することが、ICT時代に生きる建築士に求められているのではないかと思います。
最後に
 連載の締めくくりとして、筆者が大学で実施しているBIMの教育について紹介したいと思います。筆者の専門分野は建築生産なので、コンストラクションマネジメントを対象とした内容です。設計分野と関係のない部分も多いと思いますが、何かの参考程度にはなれば幸いです。
 筆者が担当しているBIMの科目は2年次後期のBIM演習1と3年次前期のBIM演習2です。BIM演習1では、BIMオーサリングツールで建物モデルを入力する方法を14回にわたり学習します。その中では壁式構造の建物とラーメン構造の建物の2例を題材とし、建物の構成要素を入力する方法や簡易な図面化とレンダリングに取り組みます。この演習は、BIMオーサリングツールの使い方の基礎を身に付けることが目標で、対象学年の9割近くの学生が履修しています。
 その中から4割程度の学生がBIM演習2を履修します。この科目は、BIMの感触を掴むために3つのテーマを設定しています。ひとつ目は、グループ単位で意匠と構造の統合モデルを入力しながらBIMオブジェクトの事前準備、図面や集計におけるパラメータのつかい方、分業の仕方について演習をします。それなりの規模の建物を共同作業で6回で完成させます。ふたつ目は、ビューワーソフトの使い方で、閲覧の基本操作、4Dシミュレーション、干渉チェックなどを体験します。3つ目は、ビジュアルプログラミングの基礎で、パラメータの操作やリストの理解に重点を置いて6回で学修します。これらの演習を通じて学生がBIMの概念を理解してくれることを期待しています。
 3年次の後期には研究室ごとのゼミナールがあり、筆者のゼミではBIMを利用した見積り演習を行っています。このゼミの履修者は、各々が有名な住宅作品を選び、BIMオーサリングツールで建物モデルをつくります。建物モデルを入力後、BIMオブジェクトの数量を出力し、その数量から公共建築工事内訳書標準書式にしたがって材料の積算をします。材料の数量を積算後、工事仕様を設定し、コスト情報誌や物価本を調べながら単価を決めていきます。その過程でBIMオブジェクトのパラメータやその値を追記しながら材料の数量計算を繰り返し、最終的に設備と外構を除いた見積書を完成させます。このゼミは、学生がコスト感覚を身に付けるだけでなく、構成要素の仕様をどのようにBIMオブジェクトに持たせるべきかを経験的に理解することを目標としています。
 4年生になると卒業研究の学生が研究室に所属します。卒研ゼミでは、サブゼミナールとして、仮想施工計画演習、AIスクール、デジタルファブリケーションなどを設定し、学生にはこれらのいずれかを選択することを義務付けています。仮想施工計画演習では、5D-BIMソフトウェアを利用してコストと工程の一体的な計画を学びつつ、分類体系の利用についても知識を深めます。AIスクールは、プログラミングの初心者であってもAIの経験ができるように他大学の研究室と共同で1年かけて取り組みます。デジタルファブリケーションは3Dプリンタ、CNCルータ、3Dスキャナなどを使って何かやろうという研究室内のサークル的なノリです。卒業研究のテーマは十人十色となりますが、BIMに関するテーマを選択した学生は、諸外国の最新動向、BIMに関する各種標準や規格の理解、ビジュアルプログラミングを利用した課題解決などを対象とすることが多いです。その中から大学院に進学した精鋭たちに留学生や社会人博士が加わってBIMに関する議論を深めています。
 多くの大学がBIMに取り組んでいて、BIMの経験を積んだ若者が全国各地で社会に出ていきます。彼らにさらなる経験の場を実践ベースで与えることは企業の役割です。また、経験の場を若者に与えるだけでなく、ICT時代に合ったやり方を認めることもベテランに課された責務ではないかと思います。そうしたベテランの同世代としてなにがしかの責任を感じつつ、ここに連載を閉じたいと思います。
志手 一哉(しで・かずや)
芝浦工業大学教授
1971年生まれ/1992年 国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業/2009年 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科専門職学位課程修了、博士(工学)/1992年に株式会社竹中工務店入社/2014年 芝浦工業大学准教授着任を経て、2017年4月より現職/共同執筆に『ファシリティマネジャーのためのBIM活用ガイドライン』公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会、2019年、『建築ものづくり論- Architecture as "Architecture"』有斐閣、2015年など
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