ICT時代に建築士はどう生きるか 第5回
BIMのワークフロー
志手 一哉(芝浦工業大学教授)
BIMの標準ワークフローガイドライン
 2019年6月13日に多くの建築業界団体が結集して第1回が開催された国土交通省の建築BIM推進会議は、2020年度末までに6回の会議を重ね、日本におけるBIMの普及にむけてさまざまな取り組みを実施しています。2019年度の下半期からは、「部会1:BIM環境整備(国土交通省)」、「部会2:BIMオブジェクト標準検討(BIMライブラリ技術研究組合)」、「部会3:BIMを活用した建築確認検査(建築確認におけるBIM活用推進協議会)」、「部会4:BIMを活用したコストマネジメント(日本建築積算協会)」、「部会5:BIMの情報基盤整備(buildingSMART Japan)」の5つの部会を設置し、各分野で専門的な検討を重ねています(括弧内は主たる団体です)。
 その中で国土交通省が主たる団体として議論をしている部会1は、BIMを導入したプロジェクトの進め方に対するガイドラインを検討し、第4回建築BIM推進会議(メール開催)での審議を経て、2020年3月に『建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)』(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/content/001351965.pdf)を公表しました(本稿では、このガイドラインのことを「標準ワークフローガイドライン」と呼ぶことにします)。この標準ワークフローガイドラインを策定した目的は、「建築物のライフサイクルにおける、設計・施工・維持管理等の役割・責任分担を明確化するために、生産性の向上等につながるかたちでBIMを活用する上で標準的に想定されるワークフロー(以下「標準ワークフロー」)と、その活用に当たっての基本的考え方について、関係者間で共有すること」とされています。その意図として、建築ライフサイクルに今後BIMを積極的に活用することで、各主体の役割・責任分担にも変化が生じてくることが想定されています。そうした変化を前提に、将来的に多くの建築物の情報が、BIMにより広く産業や社会全般で蓄積され、総合・データベース化されていくことで、建築物のビッグデータとして非常に価値のある社会資産が積極的に活用される環境整備に期待を込めて、この標準ワークフローガイドラインは編纂されていると解釈できます。
 2020年度には、設計・施工等のプロセスを横断してBIMを活用する建築プロジェクトにおけるBIM導入の効果検証や課題分析等を試行的に行う取組を公募した「令和2年度BIMを活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」で採択された、8つのモデル事業と14の連携事業によって標準ワークフローガイドラインの検証が進められています。それと平行して、設計三会(日本建築士会連合会・日本建築士事務所協会連合会・日本建築家協会)が、標準ワークフローガイドラインの別添参考資料をベースに、設計の各段階におけるLODとLOI、設計から施⼯へ受け渡す具体的内容と引渡し時に残すべき具体的内容、設計業務に対するEIR(BIM発注者情報要件)とBEP(BIM実⾏計画書)のひな型の検討を進めています。建築BIM推進会議は、モデル事業と連携事業で得られる知見等のフィードバック、および部会2~5と設計三会の検討結果を踏まえつつ、標準ワークフローガイドラインを継続的に見直していく計画としています。
表1 標準ワークフローのパターンと契約方式の対比
(標準ワークフローガイドラインに記載されている各パターンに、国土交通省が公表している「多様な入札契約方式の活用に向けて」と題したリーフレットに記載されている契約方式を筆者があてはめてみたもの)
標準ワークフローで定義されている5つのパターン
 標準ワークフローガイドラインでは、「建築ライフサイクルでBIMの活用を進める上で重要なのは、プロセス間で必要なデジタル情報を適切に受け渡すこと」であるとし、プロセス間の連携レベルについて、代表的な5つのパターンを設定しています。表1は、標準ワークフローガイドラインに記載されている各パターンに、国土交通省が公表している「多様な入札契約方式の活用に向けて」(https://www.mlit.go.jp/common/001215612.pdf)と題したリーフレットに記載されている契約方式を筆者があてはめてみたものです。
 パターン①と②は、設計施工分離方式です。設計施工分離方式におけるBIM活用のパターン①に、維持管理段階におけるBIMの活用が加わるパターン②では、維持管理BIM作成者がプロジェクトに参画します。維持管理BIM作成者は、設計の成果物のひとつであるBIMデータに、施工者から提供される施工段階で確定する維持管理・運用に必要な情報を入力し、維持管理・運用に必要なBIMの成果物を作成します。設計完了時のBIMデータは、設計者が設計成果図書とあわせて発注者に引き渡し、発注者が施工者や維持管理BIM作成者に引き渡すとされています。この設計の成果物には、設計が確定している範囲やモデリング・入力ルールを明示した文書も含まれます。
 パターン③は、施工技術コンサルティング業者として、工事請負契約を前提としない施工者が設計段階に関与するやり方で、ECI方式に似ていると思います。この方式で設計者は、施工技術コンサルティング業者と設計BIMの必要な部分を共有・協議し、施工技術コンサルティング業者からの提案とその採否に基づいてBIMの修正を行うとされています。設計者から発注者、発注者から施工者や維持管理BIM作成者に設計の成果物を引き渡す流れはパターン②と同じです。
 パターン④は、例が挙げられているように、いわゆるデザインビルドの想定です。デザインビルドの請負者は、設計事務所とゼネコンが共同企業体を組成する場合もあれば、ゼネコンが設計込みで施工を請け負う場合もあります。後者の場合、発注者がCM会社(事業コンサルティング業者)に発注者支援業務を委託する場合も多いと思います。また、コストプラスフィー契約やオープンブックなど、性能発注におけるコストの妥当性を確認する方法も視野に入れたワークフローを検討する余地があると思います。このパターンには、特定目的会社(SPC)が設計・施工・維持管理・運用を一括で引き受けるPFIも含まれると思います。
 パターン⑤は、実施設計段階に施工者が設計を担うことなく施工図を含めた生産設計を行うやり方が記述されています。このやり方は、国土交通省が想定している多様な入札方式にその形を見ることはできませんが、米国や英国で広がっている施工者によるプレコンストラクションサービスが近しいと思います。設計から施工へとBIMを通じてデジタル情報が一貫して利用されるには、実施設計と生産設計でBIMオブジェクトのパラメータやそれを活用するテンプレートを共通化することの有効性が認識され始めています。また、建築に係る技術が高度化するほど、エンジニアや特定の専門工事会社による設計支援の有効性が高まります。現在の標準ワークフローガイドラインでは、パターン⑤においても発注者と設計者、施工者、維持管理BIM作成者の間における設計の成果物のやり取りに関する記載はパターン②と大きく違いませんが、実施設計と生産設計の同時進行を可能とするワークフローや設計支援に対する契約に関する議論が必要だと思います。
表2 業務区分の8ステージ
(8つのステージの名称をRIBA Plan of Work 2020と標準ワークフローガイドラインで比較したもの)
業務区分であるステージ
 標準ワークフローガイドラインでは、業務区分を8つのステージに分けていると本連載の第1回(『コア東京』2020年6月号(http://coretokyoweb.jp/?page=article&id=899))で触れました。設計から維持管理におけるプロセスを8つのステージに分ける考え方は、英国王立建築家協会(Royal Institute of British Architects:RIBA)のプロジェクト遂行のフレームワークであるRIBA Plan of Work 2020(https://www.architecture.com/knowledge-and-resources/resources-landing-page/riba-plan-of-work)と同じです。表2は、8つのステージの名称をRIBA Plan of Work 2020と標準ワークフローガイドラインで比較したものです。RIBA Plan of Work 2020で特徴的なのは、Stage3の名称が「Spatial Coordination」と命名されていることだと思います。RIBAによればこのステージの目的は、「建物の製造と建設に必要な詳細情報の準備に焦点が移る前に、設計を空間的に調整すること」と説明されています。つまり、建築を構成するさまざまな要素の関係を「空間相互の関係づけ」として処理すれば、その空間に機能を与える技術的な設計(Stage4:Technical Design)は、設計者、エンジニア、施工者、特定の専門工事会社などで同時的に進行できると解釈できます。BIMを使用した情報管理の国際規格であるISO19650-1においても、同時作業を可能とするには、各タスクチームが担当するシステム、コンポーネントまたは建設要素を「配置することが望ましい空間的境界」を定義することが望ましいとの付記があります。それを補足する挿絵には、BOX形状のマスモデルで、建築要素、構造体、設備配管や機器の位置取りを調整している様子が示されています。
 一方、標準ワークフローガイドラインでは、S3が「機能・性能に基づいた一般図(平面、立面、断面)の確定」と定義され、「このステージでは設計内容(3Dモデルの属性情報)がほぼ固まり、目標コストの確認を行う」との説明があります。したがって、一般図の出図を除けば、S3の主たる業務は機能や性能を考慮した空間的な調整といえるでしょう。このように、RIBA Plan of Work 2020のStage3と標準ワークフローガイドラインのS3は類似した概念です。そうであるならば、「工事を的確に行うことが可能な設計図書の作成」と位置付けられているS4は、各要素の技術的な設計を行うステージと考えられます。このステージでは、エンジニア、ゼネコン、専門工事会社、製造者などに参画してもらい、部分的な実施設計や生産設計の業務を委託することも想定できます。その業務委託契約を、建築の構成要素ごとに、S3から行うのか、S4から行うのか、行わないのかという選択ができることも、実施設計を2段階に分けたことの効用だと思います。
図1 RIBAが提供しているDesign Responsibility Matrix(DRM)
Design Responsibility Matrix
 10年近く前のことになりますが、発注方式をテーマとした国際会議に参加したときに拝聴した、英国から参加されていた先生の意見が心に残っています。その先生は、どのステージでどのような専門家とどのような契約を締結するのかは膨大な組み合わせ問題になる、というような趣旨のことを仰っていました。当時は、そんなものかとぼんやりとした理解しかできませんでしたが、BIMを切り口として英国の建設プロセスを色々と調べていく中でDRM(Design Responsibility Matrix)の存在を知り、腑に落ちたような気になりました。
 RIBA Plan of Workの要素として提供されているDRMは、縦軸がUniclass2015のSystems(Ss)テーブルで分類された建物の構成要素、横軸がRIBA Plan of WorkのStage2〜4で構成されたマトリクスです(図1)。それらの交点に、各段階における各要素の設計に対する責任を持つ者と、その者が責任を持つ検討内容をLOD(Level of Detail)とLOI(Level of Information)で設定します。DRMを含むRIBA Plan of Work 2020 – Toolboxには、DRMを作成することで、各当事者の報酬が各段階で合意された成果物と「各当事者が責任を負う設計の領域に基づいていることを確認し、契約を介して設計チームのメンバー間および特定のサブコントラクターに設計業務を割り当てることができる」と説明があります。Uniclass2015のSsテーブルはBIMオブジェクトに対応する分類ですので、BIMオブジェクトの単位で設計責任を分担する思想が垣間見えます。
 設計の責任範囲をもっとも明確にできるのは、プロジェクトの関係者が確定情報をシーケンシャルに引き渡す方法です。しかし、建物に求められる省エネ・環境性能の高度化や工事における施工性の向上が求められる中で部分の設計が高度化し、在来工法に近いほど各々の検討結果が相互に影響を与え合うことが多くなっています。そのようなプロジェクトでシーケンシャルに設計情報を引き渡そうとしても、確定できない内容の積み残しを施工段階で設計したり、仮定した設計を変更したりすることが多くなりかねません。施工中の設計変更はBIMデータを部分的につくり直すことになり、工程が差し迫っている中でその工数や時間を割けないので、とり急いで図面だけを修正して対応せざるを得ないということをゼネコンやサブコンから聞くこともあります。
 効率的なコーディネーションを目的にBIMを導入するわけですので、施工段階の設計変更がBIMを通じたデジタル情報の一貫活用を阻害してはいけません。そのような非効率を避けるために、必要に応じてエンジニア、ゼネコン、専門工事会社、製造者などに設計協力のための契約を発注者に締結してもらい、協働で設計をまとめようということが、先に述べたDRMで想定されています。BIMワークフローで設計を従来よりも効率的に進めるには、どの部分の設計に誰が責任を負うかを正確に定義すると共に、その確定内容の信頼度であるLOR(Level of Reliability)をステージが終わるごとに明示することが重要になると思います。
モジュラー化
 設計段階で多様な関係者が協働するには、分業する範囲の独立性を確保することも必要になると思います。建物の構成要素相互の構造的な調整を戦略的に簡素化することをモジュラー化といいます。モジュラー化とは、構成要素群(モジュール)相互の関係を、密(インテグラル型)から粗(モジュラー型)に変えていくことです。たとえば、C工事としたテナント部分の設計が確定しないと設備の配線や配管のルートを確定できない、あるいは、カーテンウォールのディテールが決まらないと施工図や製作図を確定できない状態があるとします。建築を「納める」基本は、直接取り合う構成材相互の勝ち負けを決めることといわれることもありますが、ダクトや躯体はそのルートや形状をつくり手が自由に決められるため、負ける側に入るのかもしれません。RC造の場合、外装や内装との納まりに応じて増し打ちをしたり段差や欠き込みを設けたりすることで、それ等の接合部分に無駄のない形状をつくり出すことができます。一方で、躯体に細かな形状を施すよりもファスナーなどの接合部品に冗長性を持たせる方が異種材料間における調整をシンプルにできます。
 工期に余裕があるならば、すり合わせ型で設備や躯体の取り合いを調整する方が安価で良い性能を発揮できます。しかし、外装の設計に時間がかかるのであれば、接合部分を工夫してモジュラー化しておかないと躯体工事の準備に支障が生じます。また、接合部にオープンなルールを設定することで、個々の要素のデザインやその確定時期の自由度を高めることができます。さらに、標準化された接合部であれば、BIMオブジェクトの設計情報と製造用3次元CADの生産情報を連携しやすくなる可能性もあります。
 このようにモジュラー化は、オブジェクトを中心に関係者が設計責任を分担して同時進行でワークフローを進めていくBIMと整合的です。また、英国やシンガポールなどで注目されているBIMとDfMA(Design for Manufacture and Assembly)を関係づけた設計では、その方法論がモジュラー化の思想に基づいている必要があります。
まとめ
 BIMを端的に表現すれば、BIMオブジェクトと呼ばれるパーツを組み上げてコンピュータの中に建物を仮想建設していく手法です。このことは、BIMオブジェクトを配置した後はパーツ単位でパラメータ値を設計してその確度を上げていくことがBIMで情報を一貫して活用することの本質と理解することもできます。その効果を十分に発揮するためには、BIMオブジェクトのパラメータやテンプレートの共通化、データ共有や重ね合わせ方法、ソフトウエアのバージョンやファイル名称など運用のルールに加え、「誰が、いつ、どこで、どうやって、何を行うのか」の制度をプロジェクトごとにつくる必要があります。
 ICT時代の設計ワークフローでは、より一層の個人のデータマネジメント能力が求められるのかもしれません。一方で、BIMワークフローによる協働を実現するには、柔軟性のある成果報酬や業務契約、モジュラー化を支える技術開発、施工中の設計変更リスクの適正配分などがキーポイントになります。この部分の整備については建築業界を挙げた取り組みが必要だと思います。
志手 一哉(しで・かずや)
芝浦工業大学教授
1971年生まれ/1992年 国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業/2009年 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科専門職学位課程修了、博士(工学)/1992年に株式会社竹中工務店入社/2014年 芝浦工業大学准教授着任を経て、2017年4月より現職/共同執筆に『ファシリティマネジャーのためのBIM活用ガイドライン』公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会、2019年、『建築ものづくり論- Architecture as "Architecture"』有斐閣、2015年など
カテゴリー:その他の読み物
タグ:BIM