東京建築賞・第41回建築作品コンクール総評
栗生 明(東京建築賞選考委員会委員長)
 「東京建築賞」第41回建築作品コンクールには、戸建住宅部門9作品、共同住宅部門14作品、一般一類部門11作品、一般二類部門13作品。総計47作品の応募がありました。
 第一次の書類審査では、書類のみではその価値を理解しづらい作品も、見落とすことのないよう慎重に選考し、実地調査で確認することを心がけました。
 第二次審査は、例年通り、まず東京都知事賞の選考から始めました。東京都知事賞は東京都内に建ち、その存在が広く都民にアピールする建築をという審査基準から、実際に現地審査に行った審査員の意見を尊重しつつ、さまざまな角度から議論をし、今年度は「
お茶の水ソラシティ
」を選考することに決定しました。
 実はこの作品は第一次審査で外されそうになった作品でした。しかし、一部の委員から建築本体の評価のみでなく、再開発として、既存環境との関係など都市的な評価、開発前と開発後の人びとの流れや賑わい、地域環境の変化などについて、現地で説明を受け確認したいとの意見が出たことで、実地調査することになったものです。
 東京メトロ千代田線と丸ノ内線が地下を通過する困難な敷地に建てられた建築ですが、以前の建築に比べると大きくセットバックすることで、傾斜した敷地にも馴染んだ地上と地下の立体緑化広場ができ上がりました。このことによって周辺の歴史的環境である湯島天神、神田明神、湯島聖堂、聖橋、ニコライ堂が視覚的にも、空間的にも繋がり、この地域に相応しい快適な都市空間が実現しています。
 バリアフリーの計画はもちろん、雨に濡れずに回遊できる動線計画は、同時期に進められていた別街区の「WATERRAS(ワテラス)」との一体化により、JR御茶ノ水駅界隈から淡路町界隈まで、車の動線と交錯しない新しい人の流れができ、都市の賑わいに貢献しています。
 また、既存の樹木を生かしつつ、緑化率を高めると同時に、既存の蔵の移設保存や石垣の再利用など、きめ細かい歴史的時間に対する配慮により、落ち着いた環境になっています。さらに、エリアマネージメントの拠点として機能し、地域の歴史案内や周辺施設紹介など地域情報を発信する「OchaNAVI」の存在も特筆に価します。
 昨年の東京都知事賞は「東京駅丸の内駅舎保存・復原」でした。これが東京都における「保存・復原」建築のひとつのモデルだとすると、今年の「御茶ノ水ソラシティ」は東京都の「都市再開発」建築のひとつのモデルになり得るものとして評価されました。
 戸建住宅部門は力作ぞろいの中で「
西原の壁
」が最優秀に選ばれました。
 両側を道路に挟まれた3m幅の南北に長い敷地です。道路から身を守る分厚い東西の2枚のコンクリート外壁は、スギ板仮枠を僅かに凹凸させて組むことで、コンクリート打ち放しの冷たく硬いイメージではなく、木の優しい肌触りが感じられます。内部は南北に光も風も抜ける立体的ワンルーム空間になっており、狭さを感じさせず、どこでも居場所が設定できる快適さが確保されていました。近隣環境との適切な応答により、極小敷地における都市型住宅の優れた解答になっています。
 共同住宅部門では最優秀賞はなく、「
りびんぐの家──人を繋げる共用リビング──
」と「
月島荘
」が優秀賞となりました。2作品とも快適な共用スペースの設えにさまざまな工夫が見られ、集まって住むことの喜びが伝わってきます。特に「月島荘」は複数企業の社員寮が空間の共有により異業種間の交流が期待できるなど、新たなコンセプトによるプログラムの創出と実現が評価されました。
 一般一類部門の最優秀賞は「
山武市立しらはたこども園
」が選ばれました。
 九十九里海岸からあまり遠くない平地に建てられたこの建築の最大テーマは「津波対策」です。ここでは、緊急時に園児たちを素早く安全に退避させるための工夫と技術がたいへん優れていました。耐震性能を確保した壁と、津波によって流されることを前提とした壁に分けることで、津波を受け流し、屋上に避難した園児をまもる一方、骨格が守られることで修復復旧も早いと考えられます。4つの幼稚園、保育園の統合に難色を示していたそれぞれの地域住民が、この開放感あふれる快適な子ども園の完成を歓んで受け入れたことにより、地域統合のシンボルとして機能していることは素晴らしい成果であったと考えられます。
 一般二類部門の最優秀賞は「
洗足学園音楽大学 Silver mountain & Red cliff
」が選ばれました。
 音楽大学のキャンパスの新しいメインゲートとして建設されたこの建築は、キャンパスと近隣環境の境界に位置することで、新しいタウンスケープをつくり出し、その固有で魅力的な造形により地域のアイコンとなっています。タイトルの「銀の山と赤の絶壁」という地形的造形モチーフを実現するための設計密度と施工精度は賞賛に値します。また、音楽大学のリハーサル室としての利用を越えて、地域に広く開放され、多くの公開コンサートが開かれるなど、大学の地域貢献の拠点として活用されている点も高く評価されました。
 すべての受賞作に共通することは、建築が敷地内だけに閉じるのではなく、近隣環境との連続性や、地域社会との連携を前提としてさまざまな工夫を重ね、提案をし、実現したものであり、結果として地域からも歓びをもって受容されているものであったということです。
栗生 明(くりゅう・あきら)
1947年千葉県生まれ/1973年早稲田大学大学院修了後、槇総合計画事務所/1979年Kアトリエ設立/1987年栗生総合計画事務所に改称、現在、代表取締役/1989年「カーニバルショーケース」で新日本建築家協会新人賞、1996年「植村直己冒険館」で日本建築学会作品賞、2003年「平等院宝物館鳳翔館」で日本芸術院賞、2006年「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」で村野藤吾賞ほか、受賞多数
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