第46回東京建築賞入選作品選考評
宮原 浩輔(一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事、一般社団法人東京都建築士事務所協会常任理事株式会社山田守建築事務所)
宮崎 浩(建築家、株式会社プランツアソシエイツ)
渡辺 真理(建築家、法政大学デザイン工学部建築学科教授、設計組織ADH共同代表)
岡本 賢(建築家、一般社団法人日本建築美術協会会長)
山梨 知彦(建築家、株式会社日建設計チーフデザインオフィサー、常務執行役員)
車戸 城二(建築家、(株)竹中工務店 常務執行役員)
金田 勝徳(構造家、株式会社構造計画プラス・ワン会長)
平倉 直子(建築家、平倉直子建築設計事務所主宰)
●第46回東京建築賞 東京都知事賞、一般二類部門|最優秀賞 早稲田大学37号館 早稲田アリーナ
設計|山下設計、山下設計・清水建設設計共同企業体

 歴史を誇る都内の大学の傾向として、年月と共に増え続ける建物群が決して広大ではないキャンパス空間を息詰まるものにしがちである。本計画は旧37号館・記念会堂の建て替えに当たり、アリーナ本体を完全に地中に埋設させることで、豊かな緑のランドスケープを創出しようとしたものである。
 地域に完全に開放された門を入ると自然と目に入る緑の丘に導かれ、ジグザグの緩やかなスロープを上がっていくと木立に囲まれた楕円形の「戸山の丘」に到達する。このシンプルな芝生の丘は、学生たちの自発的な学びの場であるラーニングコモンズの交流テラスとつながり、都民と学生が互いに触れ合い・交流する魅力的な外部空間となっている。
 地中に埋められたアリーナは、年間を通し15~20℃という安定した地熱を有効活用する躯体蓄熱+空調・換気システムを採用するなど、徹底した「小」エネルギー化が図られ、ZEB Readyを取得している。
 地域への開かれ方、環境への配慮、質の高いアリーナ空間など、地域環境の向上に高く寄与する施設であり、そのためのコストを惜しまなかった建築主の見識の高さを含め東京都知事賞に相応しい作品である。
選考委員|宮原 浩輔
●第46回東京建築賞 東京都建築士事務所協会会長賞、共同住宅部門|最優秀賞 新潟の集合住宅 Ⅲ
設計|細海拓也一級建築士事務所

 人は都市の住まい・集合住宅に何を求めるのか。外部の「ノイズ」を徹底的に排除し、自分の殻に閉じ籠るだけの住まい─世の中にはその種の住居が溢れ返っている。しかし、周辺環境のコンテクストから切り離された住居は個人と公共の断絶を促進するだけであり、外界との関係性に目を向けることで新たな可能性と共に心を豊かにする住まいとは対極にあるものだろう。
 本作品はそのような後ろ向きな住まい方に対するアンチテーゼとして発想されている。外から眺めれば、2・3層に分節された町屋的スケールとシャープでフラットな壁面がつくり出す陰影が、街の持つ歴史とそこに住まう人の息遣いを感じさせる。部屋に居る時は、柱・梁のビルディングフレームの力強さが10階建ての建築と都市のスケールを感じさせ、吹き抜けになっているインナーテラスが街のざわめきや隣人の存在を思い起こさせる。そのような内外が相互嵌入し影響しあう住まいの空間を設計者は目指したのだろう。
 この地で生まれ育った彼は、住まう人びとのリアルな息遣いによって愛する街が活性化することを希求し、そしてそれは成功したようだ。都市に住まうことの可能性を拡げた点を高く評価し、会長賞を授与するものである。
選考委員|宮原 浩輔
●第46回東京建築賞 新人賞 目黒八雲の長屋
設計|高池葉子建築設計事務所

 東京、目黒八雲の典型的な戸建て住宅が立ち並ぶ地区に計画された18戸からなる中規模の長屋プロジェクトである。敷地は旗竿敷地のため、前面道路からは広さを感じ取りにくいが、実際には周辺の戸建て住戸の区画よりひと回り大きい。計画の最大の特徴は、建築全体を地下階で一体としながらも、地上部を3棟のボリュームに分割することで、周辺の住宅スケールとこの建物の見えがかりを違和感なく中和させている点にある。このようなまちなみに新しく計画する施設のあり方として高く評価したい。
 隣棟間の幅と高さの関係からか、アプローチは少々閉じ気味であるが、基本的にメゾネットで計画された住戸内に入ると状況は一変する。壁式構造であるが、十字型の戸境壁を主たる構造壁とすることで、床スラブがなくても外周耐力壁面外の安定性が確保されており、吹き抜けや大開口による明るくオープンな空間がもたらされている。
 設計者が「縁側」と呼ぶ住戸内の外周部に設えられた屋外的な感覚の中間領域は、パネル状のカーテンで開閉できるシステムとなっており、実際の面積からは想像できない豊かな内部空間を形成している。審査では、すべての住戸タイプを見ることはできなかったが、多様な住み方が容易に想像できた。
 前面道路から住戸群までのアプローチのまとめ方等、もうひと工夫すべきところはあるものの、新人賞にふさわしいチャレンジングで魅力的な作品である。
選考委員|宮崎 浩
●第46回東京建築賞 リノベーション賞、一般一類部門|優秀賞 ミナガワビレッジ
設計|神本豊秋+再生建築研究所

 表参道周辺は、ハイスタイルのブランドが軒を連ねる表参道と、その両側に広がる住宅規模の商業施設と小規模オフィスビルのコントラストが、かえって不思議なアンバランスの魅力を醸し出している。ミナガワビレッジも表参道のすぐ裏にあったオーナー住宅とアパートの改修プロジェクトである。建て替えてしまったほうがプロジェクトの進行としてはよほど簡単だったろうが、この設計者は、建築家青木茂の元で学んだ「リファイン建築」を武器に、既存建物にこだわるという意思を鮮明にすることでプロポーザルに勝ち残った。それにしても、設計者の入念な調査作業により、一敷地一建物という大原則が1964年の東京オリンピック前には一時期緩和されていたことを突き止めたという大発見なくしてはこのプロジェクトは成立しなかったに違いない。設計者自らがキーテナントとなって竣工後もプロジェクトを牽引している点でも、新しいリノベーションのありかたを示すこととして評価したい。
選考委員|渡辺 真理
●第46回東京建築賞 戸建住宅部門|最優秀賞 K2 house
設計|A.A.E.

 建築家の自邸である。大規模開発によって生れた開放的な街区に面した木造密集住宅地の一角にある3角形敷地に計画された。敢えて難しい敷地形状に挑戦することで、個性的で新鮮な住宅が生まれた。
 敷地の中央にリビング、寝室、水廻り、諸室をコンパクトにまとめた四角形の構築物を配置し、その3辺に3角形のバットレスの様な張り出しスペースをつくることで、ユニークな内部空間を創出している。ニワと呼ばれるこの三角形のスペースは、エントランスホールと階段・ダイニング・ハナレというテラス状の諸室となって、中央の四角形の諸室に接続している。
 2カ所のニワは高い吹き抜けとスカイライトによって明るく爽やかな居室となり、1カ所は外部空間が切れ込んでいて周囲の環境を内部に感じさせる。季節による風向を微細に計算して内部居室に取り込み、敷地の周囲に植込まれた緑を吹き抜けて清々しい空気を感じる。リビングは周囲から一段下げることによって生じる落ち着いた居心地よさ等、さまざまな手法を駆使して小規模な住宅の中に空間の多様性をつくり上げた。外装はすべて白銀の鋼板で覆い、周辺住宅地の中でアーティスティックな風貌を際立たせている。シンプルな構造システムから多様な内部空間を生み出し、自らが家族と共に楽しく暮せるスペースを創出することに、培った知験を駆使してつくり上げた意欲作である。
選考委員|岡本 賢
●第46回東京建築賞 戸建住宅部門|優秀賞 CASKET
設計|浜﨑工務店

 応募書類のぎらついた金属箱状の外観と棺桶とも読み取れる名称から、どちらかといえば「キワモノ」で、現地審査でがっかりするのではなかろうかと高を括っていた。だが実際に斜面地に広がるややせせこましい古い住宅地を訪ねてみると、金属の外観は実際には鈍く輝き、周囲の風景を鈍く写し込むことで自らの存在感を消し、雑多な住宅地の中にある種の静寂を生み出していた。内部はほぼ全周に設けられた地窓により内外の連続を保ちつつも、修道僧の住処のごとき清さとでもいうものに満ちた空間を生み出すことに成功していた。ただし生活感がないのではなく、主が巧みに住みこなしていることである種の非常に禁欲的な生活臭もある。この主をしてこの住宅が存在する、という住まいと主の理想的な関係が生まれているのだ。さらにいえば、応募書類を見た際にはインパクトを持った全体の形や図式に目が行きがちであったが、実際に訪れてみると、目に入ってくるのはむしろ素材の選択の適切さや、それを実態の建築へと納める丁寧なディテールであり、モノとしての誠実さを感じた。うかがってみると、建築家自らが工務店を経営し施工にあたっているという。近頃では稀なモノとしての誠実さの中に主とのリエゾンを納めた、質の高い清貧な宝石箱として高く評価したいと思った。
選考委員|山梨 知彦
●第46回東京建築賞 戸建住宅部門|優秀賞 コート・ハウス
設計|松岡聡田村裕希

 40年前に開発されたニュータウンの一画に建つ戸建て住宅の建て替えである。建売分譲を主とした一帯の住宅にある共通パターンを注意深く分析、理詰めに反応する一方、建主は設計者の両親であるため、多少の冒険が許された。中央の四角い"コート"に向けて、リビング、ダイニング、キッチン、水回り、階段に至る諸機能がプラグインする形で放射状に突き刺さっている。それらの機能はプラグ側からコート側に半分突き出す形でレイアウトされているため、コートが利用モードに沿って多様な機能に変容することが期待されている。こうした求心性の高いプランでは建物周辺に残る空間が残余となってしまうことが多いが、周辺環境のコンテクストを周到に読み込んで、坪庭やバルコニー周辺に活用するなど、敷地全体を効果的に使い切る努力も感じられた。この中央のコートは、多様な利用モードが折り重なることで、さらに豊かになる潜在力を秘めていると思われるものの、NLDK的住宅のプロトタイプに生じた疑問に、半ずらしのプラグイン型機能ダイアグラムという明確なアイデアで答えようとしていて、住宅のあり様を手探りする挑戦が高く評価された。
選考委員|車戸 城二
●第46回東京建築賞 共同住宅部門|優秀賞 つながるテラス
– MADO TERRACE DOMA TERRACE –
設計|ビーフンデザイン+プラグ建築研究所

 この設計者は毎年のように刺激的な集合住宅の作品を応募してくる常連である。ぼくもかつてこの設計者設計の集合住宅の審査に関与したことがある。ところが、今年は趣向が少し違った。既存の集合住宅を改修し、さらに大きく増築したということだったのだが、単なる改修増築ではなかった。敷地内に「ロジ」をつくったのである。「ロジ」沿いの1階には地域の人びとのたまり場となるような店舗が入ることのできる店舗付き住宅を計画し、設計者がいわばプロモーターとなって該当する入居者を募ることで、活気のある「ロジ」づくりを主導している。「住まいに地域の人びとの居場所となるような小さな商業をドッキングさせることがエリアづくりにつながる」という新しいまちづくりの手法を実践している点で、この設計者が「次のステージ」に到達したことを感じさせる作品である。
選考委員|渡辺 真理
●第46回東京建築賞 一般一類部門|最優秀賞 日本海事検定協会本部ビル
設計|竹中工務店

 東京駅八重洲口から伸びる八重洲通りと、その裏通りに挟まれた間口10m、奥行き23m、高さ38mのコンパクトな直方体の建築である。周辺に同じような規模の建築が建ち並ぶまちなみの中に、うもれてしまうのではと思わせる事務所ビルであるが、南面の表通りに面して白色に統一されたファサードがその存在を際立たせている。
ファサードを特徴づけているのは、建屋幅10mの全長に架け渡された奥行きの深いPCaPC造のルーバーである。このルーバーは日射を遮蔽しながら、階ごとに机、作業台、リフレッシュエリアのカウンターになど多様な用途に用いられ、執務空間に心地よい変化をもたらしている。
 平面形状は極めて単純で、執務室以外の諸室を裏通りに面する北側に集約し、EVシャフト裏側に設けられた通路に立つと、北側に広がるまちなみを望むことができる。そして広い表通りに面した南側には視線を遮るものがなく、狭隘さを感じさせない執務空間を生みだしている。
 構造は免震構造としているが、敷地一杯に建てられる免震構造であることと、地下階を既存躯体の内側に収める必要から、一階の柱を内側に傾斜させている。このため搭状比が6を超える悪条件ながらも、建物の重心を下げるなど、免震アイソレーターに引き抜き力を生じさせない工夫が施されている。
 その他、環境に対する配慮はいうまでもなく、快適な執務空間を生み出すためのさまざまな工夫は、事務所ビルを知り尽くした設計者の高い力量とその成果を十分感じさせ、最優秀賞を贈るものである。
選考委員|金田 勝徳
●第46回東京建築賞 一般二類部門|優秀賞 新柏クリニック
設計|竹中工務店

 透析患者にとって治療の時間(週3回、1回5時間)をゆったりと気持ちよく過ごす場とすること。それが叶えられる病院に私は出会えた。病を得ても心は癒される。病院オーナーの理想と設計チームの力量によるものであり、こうした病院建築が経営的に成り立ち、スタッフや患者の支持を得て、今後増えていくことに期待する。病院に続く植栽の施された広場、近くには糖尿病外来も計画が始まっており、集合体として、このエリアが良好なまちなみを形成する可能性も評価した。
 水平に伸びやかに広がる透析室の木質空間は、インテリアや構造のみならず、外観をも構成し、田園風景の中で際立った存在感を示している。
 ベッドと医療器具の配置や収め方、空調設備に自然換気を加えて空気の質を整える等々、建築を形成するさまざまな機能がこのコンセプトのもとにまとめられており、ひとつの空間コンセプトを共有する徹底した姿勢が、新しい提案につながった。
 確かな技術を背景にさりげなく生まれた心温まる診療空間を優秀賞とします。
選考委員|平倉 直子
宮原 浩輔(みやはら・こうすけ)
一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事、一般社団法人東京都建築士事務所協会常任理事、株式会社山田守建築事務所代表取締役社長
1956年鹿児島県生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、株式会社山田守建築事務所入社/現在、同代表取締役社長
宮崎 浩(みやざき・ひろし)
建築家、株式会社プランツアソシエイツ
1952年 福岡県生まれ/1975年 早稲田大学理工学部建築学科卒業/1977年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了/1977〜89年 株式会社槇総合計画事務所/1989年 株式会社プランツアソシエイツ設立/1990〜2010年 早稲田大学非常勤講師/2011〜13年 同大学大学院客員教授
渡辺 真理(わたなべ・まこと)
建築家、法政大学デザイン工学部建築学科教授、設計組織ADH共同代表
群馬県前橋市生まれ/1977年 京都大学大学院修了/1979年 ハーバード大学デザイン学部大学院修了/磯崎新アトリエを経て、設計組織ADHを木下庸子と設立
岡本 賢(おかもと・まさる)
建築家、一般社団法人日本建築美術協会会長
1939年東京都生まれ/1964年 名古屋工業大学建築学科卒業後、株式会社久米建築事務所(現・株式会社久米設計)/1999年 同代表取締役社長/2006年 社団法人東京都建築士事務所協会副会長/2014年 一般社団法人日本建築美術協会会長
山梨 知彦(やまなし・ともひこ)
建築家、株式会社日建設計チーフデザインオフィサー、常務執行役員
1960年 神奈川県生まれ/東京藝術大学美術学部建築学科卒業/東京大学大学院都市工学専攻修了/1986年 日建設計
車戸 城二(くるまど・じょうじ)
建築家、(株)竹中工務店 常務執行役員
1956年生まれ/1979年 早稲田大学卒業/1981年 同大学院修了後、株式会社竹中工務店/1988年 カリフォルニア大学バークレー校建築学修士課程修了/1989年 コロンビア大学都市デザイン修士課程修了/2011年 株式会社竹中工務店設計部長/現在、同社常務執行役員
金田 勝徳(かねだ・かつのり)
構造家、株式会社構造計画プラス・ワン会長
1968年 日本大学理工学部建築学科卒業/1968〜86年 石本建築事務所/1986〜88年TIS&Partners/1988年〜現在 構造計画プラス・ワン/2005〜10年 芝浦工業大学工学部特任教授/2010〜14年 日本大学理工学部特任教授、工学博士
平倉 直子(ひらくら・なおこ)
建築家、平倉直子建築設計事務所主宰
1950年 東京都生まれ/日本女子大学住居学科卒業/日本女子大学、関東学院大学、東京大学、早稲田大学等の非常勤講師を歴任
カテゴリー:東京建築賞