社労士豆知識 第27回
自宅での労働とフレックスタイム制について
佐々木 隆(佐々木社会保険労務士事務所 所長)
風呂敷残業は労働時間?
自宅で仕事を行うことを、いわゆる「風呂敷残業」という場合があります。通常は職場で仕事を行い、時間外に跨がる場合も職場内で完結させるはずなのですが、いろいろなケースにより職場外で仕事を行う場合(行わざるを得ない場合も)があると思います。たとえば、「ノー残業デーで強制的に職場が消灯されてしまい仕事を行いたくてもできない場合」、「その日にプライベートの予定があり、残業ができないので自宅に持ち帰る場合」、「職場よりも自宅の方が気が楽だし電話もないので仕事が捗る場合」などです。
所定労働時間とか時間外労働というのは、すべて労働基準法の下で構成されなければならないものです。ではこの労働時間の定義を非常に簡単にまとめると、「使用者の指揮命令下の置かれているか否か」ということであり、少なくともこの条件を満たせば労働時間にあたるという解釈になります。この「使用者の指揮命令に置かれているか否か」については、もう少し掘り下げてみると、

① 職場という一定の場所的な拘束があるか。
② 所定労働時間や休日・休憩時間の決まりがありその時間的な拘束があるか。
③ 服装や身なり、話し方、業務中の飲食禁止などの規律的拘束があるか。
④ 仕事を行う上での業務の仕方、方法など業務遂行上の拘束があるか。
⑤上司等からの指揮・業務監督を受けている等の監督的な拘束があるか。

といったことが必要になるといわれています。明らかに上司等の指揮命令において、たとえば、「明日の始業時間までにこの書類をこのレベルまで完成させなさい。今日はノー残業デーだから、自宅に帰って仕事をし、分からない点や業務が終了した場合は上司の携帯に連絡を入れるように」といったケースの場合は、上記の①、③は満たさないということになりますが、指揮命令の下、自宅で行うことにやむを得ない事由があり、職場にいるのと同じ拘束性が認められるので、この時間は労働時間とみなせると思います。ただし、自宅の方が効率がいいからとか、プライベートの予定のため残業ができずに自宅で行うといった場合は、先に述べた通り、労働基準法の労働時間に該当しない可能性もあると思われます。
世間では意外と自宅業務を行っている労働者が少なくないと思いますが、思わぬところでトラブルの原因になりかねないので、業務の必要性や指揮命令の存在などを十分に注意して確認する必要があります。そこで、職場での就労を効率よく行うフレックスタイム制度を説明します。
フレックスタイム制度の導入
フレックスタイム制度(以下FT制)という言葉は有名ですが、細かな内容についてはよくわからないという意見を耳にします。そこでFT制の中身について基礎的なケーススタディを交えて解説したいと思います。
そもそもFT制とは何かというと、労働者が自由に就業時間の設定を行えることにより、通勤ラッシュの回避、朝型・夜型などの労働者個人の生活リズムの調和、無駄な時間外労働の減少など、仕事生活と個人生活のバランスを上手にとりながら生産的活動を目指すことを目的としてドイツで考案されたものです。部署単位や個人単位によって仕事の時間帯が異なる場合の企業においては、実に有効的な制度といえます。ただし、日本で変形労働時間制を導入している企業は約52%で、そのうちFT制を導入しているのは約5%となっていますので、なかなか浸透していないのが現実です。
FT制を導入したい場合はどうすればいいのかというと、就業規則やその他これに準ずるものにより、「始業および終業の時刻を労働者の決定に委ねる」定めをし、以下の事項を労使協定に定める必要があります。

① FT制の対象労働者の範囲
② 1か月以内の清算期間
③ 清算期間中の総労働時間
④ 標準となる1日の労働時間の長さ
⑤ コアタイム(以下、CT)を定める場合にはその時間帯の開始および終了の時刻
⑥ フレキシブルタイム(以下、FT)を定める場合は、その時間帯の開始および終了の時刻

ここでCTとは労働者全員が労働しなければならない時間帯をいい、FTとは労働者がその選択により労働することができる時間帯をいます。図解に示すと以下のようになります。
「始業および終業の時刻を労働者の決定に委ねる」定めをするとなってはいますが、いずれか一方のみを委ねることはできません。また、CTとFTについては必須ではなく、定めなくても制度上は問題ありませが、実際には事業場の入るビルの安全管理上や職場規律、労務管理上の各種必要性から定める必要はあると思います。ちなみに労使協定については届出の必要はありません。
前述の①については、対象となる労働者の範囲について法令上の制限はないので、企業内で自由に定めてよいことになっています。個人単位でも部署単位でも構いません。
②にあるように清算期間の上限は1カ月以内です。1週間単位、半月単位で清算期間を定めても問題ありません。
③の総労働時間は、清算期間を平均して1週間の労働時間が法定労働時間40時間の範囲内となるように定める必要があります。計算式でみると、フレックス期間中の総働時間=週法定労働時間×(清算期間中の歴日数÷7日)となり、例でいうと31日の月は、40時間×(31日÷7日)=177時間となります。
④は、年次有給休暇の取得の際に何時間労働したかの基準を定めたりするために決めておく労働時間です。
⑤CT、⑥FTは先ほど説明した通りです。
なお、労働時間の決定を労働者に委ねているとはいえ、使用者には労働時間を把握する義務はありますし、休憩時間については一斉付与の原則の適用のない事業場等を除いては、通常の事業場と同じように一斉に与えなければなりません。
適用解除の取り決め
先ほどFT制は非常に有効な時間管理の仕方だと述べましたが、対象労働者によっては逆効果になる場合があります。たとえば遅刻や欠勤が多い者にFT制を利用させるのは難しいでしょう。実際にはこの手の問題が原因でFT制を断念する企業も少なくありません。
ここで重要なのは労使協定で対象労働者を絞り込むことなのですが、名指しで特定の人を対象から外すというのも無理があります。よって、FT制の対象労働者の範囲の中に、「直近1年間に無遅刻無欠勤である者」、「FT制を利用中にコアタイム就業違反を行った場合は、FT制の対象労働者から除外する」等の適用解除の取り決めをしておくことが必要かと思います。
FT制における労働時間の清算
FT制は、清算期間において均した場合に週法定労働時間が40時間を超えなければいいことになっています。たとえば4月であれば、40時間×30日/7日=171時間が総労働時間の上限、5月であれば、40時間×31日/7日=177時間が上限となります。ここで、たとえば所定労働時間が160時間の事業所でFT制を導入した場合に、4月に実際には170時間労働したとなると、10時間分を時間外労働として計上する必要があります。では、実際に150時間しか労働しなかった場合はというと、10時間を次月に繰り越してよいとされています。すなわち5月に160+10=170時間(31日の場合は177時間が上限なのでOK)でFT制を導入できるわけです。

FT制で休日労働や深夜労働をした場合の清算
ご存知の通り、労働基準法では週1日の法定休日が定められていますが、これはFT制においても同様です。よって、清算期間内において週7日勤務をしている場合は法定休日の労働時間が発生しますので、3割5分増の手当が必要になります。法定休日以外の休日(たとえば所定休日の土曜日)に労働していたとしても、先ほどの均して週40時間を超えていなければ清算は不要となります。FT制における深夜労働についても、該当時間については2割5分増の賃金が必要となるのでこの点には注意が必要です。
FT制で出張を行った際の労働時間の管理
出張時など労働時間が算定しづらい場合には、基本労働時間を労使協定で定めておきます。具体例は下記の通りです。
基本労働時間:1日の基本労働時間は8時間とする。なお有給休暇を取得した日及び事業場外労働に従事して労働時間を算定し難いときは、基本労働時間労働したものとみなす。

以上でFT制の基礎的な概要を説明しましたが、ご興味がある場合は東京都社会保険労務士会台東支部までご連絡をいただければと思います。
佐々木 隆(ささき・りゅう)
特定社会保険労務士、土木施工管理技士1級、佐々木社会保険労務士事務所所長
1970年生まれ/1995年理系大学を卒業後、通信工事を主に手がける建設会社に11年勤務/2007年 台東区上野にて佐々木社会保険労務士事務所を設立
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士