社労士豆知識 第43回
治療と仕事の両立支援について(1)
市原 剛央(産業医・労働衛生コンサルタント)
 治療と仕事の両立、という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 現在、厚生労働省が肝いりで進めている事業のひとつで、「病気の治療をしながら仕事も続ける」ことを企業に対して要請し、後押し・サポートを進めるものです。
こういった取り組みが必要となったのは、病気を抱える労働者が増加したことと、これからも増加することが見込まれること、そしてこれからの日本ではそういった人たちにも働いてもらわなければ、社会保障的にも労働力的にも成り立たなくなってくるからです。
病気を抱える労働者の実態と未来予測
 平成25(2013)年の調査によれば、病気を理由に1カ月以上休業している社員がいる企業の割合はメンタルヘルスで約4割、がんで約2割、脳血管疾患で1割以上と非常に多いものでした。
 さらに、近年では健康診断において、動脈硬化のリスクとなる(=心臓や脳の病気につながる)メタボリックな異常を持つ人がどんどん増加しており、血圧では6人に1人、コレステロールは3人に1人が異常と判断されました。
 これほどまでに病気を抱える労働者が増えた最大の原因は、労働者の高齢化です。年齢を重ねれば重ねるだけ、病気になる人が増えるのはご理解いただけるかと思いますが、実際のデータ(グラフ参照)もこれを裏付けています。
年齢別10万人あたりの受診者数
 若いころは健康だった人も、歳を重ねれば血圧が高くなったり、腰が痛くなったり、がんになったりと、さまざまな病気・不調を抱えることになります。病院に通うほどではなかったとしても、体への影響は隠せません。今や健康診断の結果で何らかの「異常」を指摘されている人のほうが、「正常」な人よりも多い状態です(平成30/2018年で、55%が有所見者)。
 それだけ病気を抱える労働者が増えているにも関わらず、会社の受け入れ体制整備はなかなか進んでいないのが現状です。平成26(2014)年の政府調査では、がんで通院をしながら仕事を続けることができる、と考える人は28.9%と3割にも満たない状態でした。
 今までの日本であれば病気を抱える労働者をあえて雇用し続けなくても、若い世代がたくさんいたため、若くて健康な労働力がいくらでも雇用できました。
 ですが、これからは違います。ご存知のように、日本の少子高齢化はとどまるところを知りません。20代の人口はわずか20年(1995年→2014年)で、1,457万人から1,009万人と7割以下に減少しており、その後も下げ止まる傾向を見せていません。
 こういった状況により、年金や健康保険などの社会保険を支える労働者が不足することから、政府では65歳以上への定年制延長を検討中です。この法案は来年の審議入りが見込まれ、近い将来に可決されるでしょう。そうなると、労働者のさらなる高齢化は待ったなしです。労働者がさらに高齢化すれば、病気を抱える労働者の数はますます増えることになります。
 したがって、若年労働者が減少し、高齢労働者が増加する未来においては、会社が病気の治療と仕事の両立に真剣に取り組まなければ、人材確保は不可能に近いということがおわかりいただけるかと思います。
治療と仕事の両立支援について──法的な観点
 実は現在でも、病気を持ちながら仕事をする人を支援することは、企業に対して法的に要請されています。それが障害者雇用制度です。ご存知のように、企業は2019年現在で100人の従業員に対して2.2人以上の障害者(手帳保持者)を雇用する義務があります。
 企業は障害者だということを知って雇用しているわけですから、その労働者に対して病気を悪化させない、治療や仕事に差し支えがないようにさまざまな配慮をしなければなりません。
 また、この配慮義務は必ずしも障害者手帳を持っている人だけに限りません。平成28(2016)年に制定された障害者差別解消法により、企業は手帳を持っていない人であっても障害に苦しんでいる労働者に対して、「合理的配慮」を提供する義務を負います。
 合理的配慮の具体的な内容は、労働者本人の障害の程度や企業の規模・業種によって異なります。無理をする必要はありませんが、何もしなくてもいいわけではありませんので、顧問社労士や産業医などと連携して確認・設定をしてください。
市原 剛央(いちはら・ごお)
医師・医学博士・産業医・社会保険労務士・労働衛生コンサルタント・パワーハラスメント防止コンサルタント認定講師 他、労働衛生関連の資格多数。産業医として都内を中心に20社以上の健康管理を行っている。労働法への関心が高く、社会保険労務士試験にも合格し、登録している。安全衛生委員会の立ち上げから労基署対応、有害物質対応、健康経営へのアドバイスなど、企業ニーズに合わせて様々なアドバイスを行っている。
カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士