社労士豆知識 第44回
治療と仕事の両立支援について(2)
市原 剛央(産業医・労働衛生コンサルタント)
 前回は、今後の日本人の年齢推移や法的な側面から、治療と仕事の両立支援の必要性について述べました。
 今回は、実際に両立支援を行うにあたって、そのやり方や気をつけるべき点について解説します。
治療と仕事の両立支援について【実践】
 治療と仕事の両立支援にあたっては、厚生労働省からガイドラインや、事例を載せたポータルサイトなどが公開されています。
ガイドライン: https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000490701.pdf
ポータルサイト: https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/index.html
 まずはこういったサイトの事例を見ながら、自社でできることはなにか、自社の従業員のニーズが高そうなのはどんな施策なのか、を考えることから始めてみてはいかがでしょうか?
 たとえば女性従業員が圧倒的に多い職場であれば、乳がんとなっても働ける職場環境と制度の確立は非常に効果的だろうと予想されますが、前立腺がんに対する助成などはあまり意味がないでしょう。
 治療と仕事の両立支援だけに限定されずに、たとえば在宅勤務を一部取り入れるなどすれば、育児休業からの復帰や、台風や地震発生時のBCPの一環としても有効に機能するでしょう。  こういった取り組みについて、厚生労働省からの助成金も存在していましたし(障害者雇用安定助成金。現在は受付終了)、東京産業保健総合支援センターでは、相談員の訪問支援や、窓口での相談対応なども行っています。
 さらに言ってしまうと、障害者雇用がもっともうまくいくパターンのひとつが、今までずっと仕事をしてきたメンバーが不幸にして病気や怪我により障害者になったとき、といわれています。その人の人となりや、仕事の得意なところなどをよく知っているわけですから、納得できるかと思います。
 仕事と治療の両立支援についても、「障害者」雇用という枠にとらわれることなく、現在の従業員で病気休業中の人がいれば、どんな制度があれば働き続けやすいだろうか、と考えてみるのも非常に有効な方法のひとつです。
 こういった問題について、社労士はもちろん相談にのることができますので、積極的に検討していただければと思います。
治療と仕事の両立支援について【リスク】
 治療と仕事を両立させることについては、少なからぬリスクを孕んでいます。その最大のリスクは、仕事をさせることで本人の健康状態が悪化してしまう、いわゆる安全配慮義務違反です。
 安全配慮義務という言葉は最近有名になっているかと思うのですが、この義務はそういったことが事前に予想できたか(予見可能性)と、予想できたとしてその結果が回避できたか(結果回避可能性)のふたつから判断されます。また、安全には健康が含まれます。
 日本の労働安全衛生法は、会社に健康診断を実施することを義務付けていますが、その理由も安全配慮義務です。つまり、健康状態が極端に悪い人を働かせたら危ない(予見可能)ので、その場合は仕事を休ませろ(結果回避)ということです。
 治療と仕事を両立させるにあたっては、企業はその従業員が病気であることを当然知っていますから、働いている最中に病気が悪化してしまったりした場合は、企業の安全配慮義務違反が問われやすくなります。
 たとえばメンタル不調で治療中の従業員に、普通の人ならなんとか耐えられる程度のストレスがかかったため、メンタル不調が悪化してしまったケースや、がん治療のためにふらつきがある従業員に高所作業を行わせたところ、ふらついて落下したというようなケースでは、会社の安全配慮義務違反が認められる可能性が高いでしょう。
 主治医の診断書や、健診センターの医師による、就労に支障がない、という意見は、それぞれの企業における働き方や特殊性などを考慮していませんので、最終的にそのリスクは企業が引き受けざるを得ません。
 特に建築士など、建設業界では、長時間労働などが発生しやすいため、働かせるにあたっては十分な検討が必要です。
 さらに、治療と仕事の両立支援について進めていくと、健康な労働者から不公平を訴えるケースが出てくることがあります。会社という共同体の中で、助け合いが重要ではあったとしても、過度なもたれかかりになると、そういった不満が出てくることは当然ですし、そのまま継続することは働く環境を悪化させます。
 こういった不満を抑えるコツは、健康な人であっても同様に利用できる制度にすることですが、そこまではなかなか手が回らないことも多いかと思います。
 どこまでが会社として受け入れられることなのか、そのためにはどういった処遇にすればよいのか、その労働環境で病気になった労働者は問題なく働けるのか、などさまざまな要素について、人事や社労士、医師などで十分な検討をしてください。
市原 剛央(いちはら・ごお)
医師・医学博士・産業医・社会保険労務士・労働衛生コンサルタント・パワーハラスメント防止コンサルタント認定講師 他、労働衛生関連の資格多数。産業医として都内を中心に20社以上の健康管理を行っている。労働法への関心が高く、社会保険労務士試験にも合格し、登録している。安全衛生委員会の立ち上げから労基署対応、有害物質対応、健康経営へのアドバイスなど、企業ニーズに合わせて様々なアドバイスを行っている。
カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士