VOICE
『コア東京』2015年11月号編集後記
倉持 健夫(東京都建築士事務所協会編集専門委員会/(株)倉持設計工房)
今年の初夏に、散策がてら鎌倉を訪れたときのこと。鶴岡八幡宮はちょうど牡丹の花の時期であったせいか、鎌倉駅は人が多く賑わっていた。「竹の庭」で有名な鎌倉の報国寺にも立ち寄った。
 境内の入口に拝観受付があるのだが、終日が長蛇の列で、受付には1時間近くを要した。何とか受付を済ませ、境内に入り歩き始めた時の印象が忘れられない。その日、ほかのいくつかの寺社を訪れていた私は、明らかに他とは違う、静寂という気の空間を感じた。人はこれほど多いのに、静寂を感じる空間。この感覚を文章で伝えることは難しいながらも、あえて視覚的に感じたことを言うと、境内のあらゆる庭の、充分に行き届いた手入れが、実に凛とした気を出しているということと、小石、岩、苔、多種の木々と小さな植物の配置には予想以上の気配り・計算があるのではないかということだった。
 一斉に何かの植物花が咲き乱れたりするような、そういう庭ではない。この季節にはこの場所の小さな花が咲く、そして来月はここの木が芽を吹く、冬にはこの木の花が咲く、そんな事を充分に考えて作られた庭なのだと感じた。本来は「竹の庭」を見に行った私であったが、そこに辿り着くまでの庭の散策で、十分静寂な心になった。竹の庭ももちろん見応えがあった。
主役となる事柄を数多く並べれば、見た目が華やかで写真映えする空間になることは間違いない。一方で、日本の侘びさびという感覚がいかに静寂で美しいか、ということを感じる出来事だった。
 「五感で感じる」とは、まさにこのような事例だと思う。実際にどうだったのか知る由もないが、千利休と秀吉のそれぞれが思う「美」への相違は、こんなことだったのかもしれない。
(倉持 健夫)
倉持 健夫(くらもち・たけお)
株式会社倉持設計工房、東京都建築士事務所協会編集専門委員、墨田支部
1970年生まれ/1992年 浅野工学専門学校 建築工学科卒業