給与計算事務の注意点(開設編)
社労士豆知識 第12回
河原 正(河原社会保険労務士事務所 代表)
 個人事業主を含む小規模事業経営者の方にとって、従業員を初めて雇い入れるときは、とても誇らしく、同時に身の引き締まる思いを感じられることと思います。今回は初めて従業員を雇い入れる際の注意点を、給与計算事務の視点から確認したいと思います。
ステップ1
 まずは当該従業員が、給与支払の対象者となるかどうかを確認します。原則雇用契約を結んだ者(法人の場合は役員も含む)が、給与計算対象者となります。委託契約や請負契約の場合は、その報酬は給与所得になりませんので、計算上一緒の括りにしないよう注意が必要です。
ステップ2
 給与計算には、守るべき5つの原則があります。以下の原則を守った上で締め日、支給日など各種ルールを任意に設定します。
 1. 通貨で支払う
  現物や手形、ポイント付与などでの支払いは認められません。また、口座振り込みも厳密には同意が必要となります。
 2. 直接本人に支払う
  たとえば未成年者であっても親に支払うことは原則禁じられています。
 3. 全額本人に支払う
  法定控除(所得税、住民税、社会保険料、雇用保険料)以外、本人の同意なしに給与から天引することは原則禁じられています。たとえば借金取りが会社にやって来て、勝手に給与の一部を渡してしまったり振り込んだりする行為は禁じられています。
 4. 毎月1回以上支給日を設ける
  たとえば年俸制の支払を、年6回(偶数月)に分割して支給する行為は禁じられています。
 5. 一定期日に支払う
  たとえば「当月末日締め翌20日から25日の間に支給」というルールは原則禁じられています。
ステップ3
 所轄の税務署に、「給与支払事務所等の開設届出届」を提出しますと、給与から天引きした預かり所得税を毎月納付するための納付書が事業所所在地に定期的に届くようになります(源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請を追加で提出しますと6か月に1回の納付で済みます)。
ステップ4
 当該従業員が、この会社が主たる勤務先であるかどうかを確認します。主たる勤務先である場合は扶養控除等申告書を提出してもらい、甲欄ルールで所得税額を計算・控除します。主でなく従たる勤務先である場合(他に主たる勤務先がある場合)は、乙欄ルールで計算します。なお、乙欄の場合は給与額が少額であっても必ず控除する所得税が発生しますので注意してください(つまり、所得税の納付処理が毎月必ず発生することになります)。納付処理を怠ってしまいますと延滞税が発生する場合があります。
ステップ5
 当該従業員の働き方(雇用契約上の契約期間及び所定労働日数や所定労働時間など)によっては、社会保険(健康保険、厚生年金保険)や雇用保険に新規加入をする必要があります。また、役員以外は原則労災保険の加入が必須となりますので、所轄の年金事務所、労働基準監督署、ハローワークへそれぞれお問い合わせの上、手続が必要となります(なお、社会保険労務士へご相談下されば1回で済みます!)。
ステップ6
 従業員の給与額は任意に設定可能ですが、最低限の金額(最低賃金といいます)は上回る必要があります。最低賃金は時給で公表されており、日給制や月給制の場合は時間単価に換算して比較確認することになります。平成27年9月現在の東京都の最低賃金は時給888円(10月以降907円の見込み)です(私が社会人デビューした時は730円くらいでした)。毎年10月ごろに改定されますので、定期的な確認が必要です。
その他
 誌面の都合で詳しくは記載できませんが、その他の注意点です。
 ○支給日が土日祝日と重なる場合は、原則その前営業日の支給が望ましい。
 ○当該従業員が交通費を払って通勤する場合、基本給一本ではなく通勤手当と区分して支給することが望ましい(従業員の所得税がその分軽減されます)。
 ○所定外労働の発生の可能性がある場合は、基本給とみなし残業手当の二本立にしておくことが望ましい(キチンと残業代計算処理ができている場合は除きます。また、この場合は基本給部分のみで最低賃金を上回ることが必要になる可能性があります)。
 給与計算事務は従業員にとって最も重要な事項を決定する作業です。きちんとした組織体制確立のため、細かく大変な業務ですがひとつひとつ、少しずつでも適正化を図っていきましょう。
川原 正(かわはら・ただし)
1974年東京都生まれ/大学卒業後、企業人事総務担当・大手給与計算アウトソーシング会社2社を経て、2006年4月に河原社会保険労務士事務所を開設/好きなスポーツ:登山、ゴルフ、テニス、野球
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士