健康経営とは
近年、「健康経営」という言葉をマスコミ等で耳にすることも増えてきたかと思います。「健康経営」とは従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的実践することをいうのですが、会社にとってどのようなメリットがあるのか、などについて説明します。誰でも、健康で働きたい(働いてもらいたい)と思っているのは当然だと思いますが、実際は法令で定められた健康診断は行っているが、それ以外は特に健康経営などを行う時間や金銭的余裕がないと考えている会社が多いのではないでしょうか。
しかし、健康経営とは金銭的余裕がなくても少し健康を意識していただくだけですぐに始められます。
また、下記のような効果も期待できます。
・休職や離職の防止
・作業効率化及び生産性向上
・労務コストや残業代の減少
・大企業との健康格差の是正
健康経営を始めることにより会社としての企業イメージも向上しますし、外部にアピールすることで優秀な人材確保にも役立つ可能性もあります。
構造的課題と健康経営
日本が抱える構造的課題から見ていきましょう。構造的課題のポイントは次の3点です。① 「健康経営」は、「従業員の健康を守ることが、会社の労働生産性を上げる」という観点から、大企業を中心に関心が高まっているが、中小企業での認知度はまだ低い。
② 生産年齢人口の減少、従業員の高齢化、人手不足の対応策として、従業員の健康維持・増進は、企業が取り組むべき課題となっている。
③ 国民医療費、企業の保険料負担を抑えるためにも「健康経営」が求められている。
今まで自身の「健康」は自分自身で留意すること、従業員の自己責任と捉えられていたと思いますが、これからは積極的に健康経営に取り組む必要があると考えられます。
中小企業にこそ健康経営
それでは、どの程度健康経営が認知されているか「健康経営の認知度」を見てみましょう。平成25(2013)年1月の調査(図①)では、東証一部上場企業226社のうち81.5%が「健康経営の内容まで熟知または見聞きしたことはある」と答えています。現在は調査から4年経っているので、認知率はさらに上がっているでしょう。
それに比べて、下記の通り中小企業ではまだまだ認知度が低いのが実状です。
図②の通り約6割の中小企業経営者が「健康経営という言葉を聞いたことがない」と回答しています。これは、健康経営の認知度が8割超だった大企業と比べて、かなり開きのある数字といえます。
しかし、本来は大企業よりも中小企業にこそ健康経営の考え方が必要と考えます。その理由は、下記の通りです。
① 従業員数が少ない中小企業では、急な欠勤や休職などによる事業運営への影響が大きい。
② 大企業のように年齢構成が一定でない場合が多く、特に若年層が少ない企業にとっては健康リスクが高い。
③ 長期休職などへの対応が中小企業では困難な場合も多く、休職がそのまま退職に至った場合には、人材確保のための人材採用に費用や時間を費やすことになる。
生産性の向上と健康経営
生産年齢人口の減少と従業員の高齢化について見てみましょう。図③の「日本の将来推計人口」を見ると、生産年齢人口である15〜64歳の男女の数は減り続けています。この減少は今後も長期的に続くと予想されます。
また、人材不足はどの業種でも起こっています。有効求人倍率の推移を見てみましょう。
近年の景気拡大により、幅広い業種において、すでに人材の確保が問題となってきています。
図④の有効求人倍率の推移を見ますと、平成21(2009)年〜平成22(2010)年ごろは買い手市場でしたが、それ以降は売り手市場で人手不足となっており、平成28(2016)年には1.36倍と上昇しています。これはバブル期を超えて平成2(1990)年以降でいちばん高い数値となっています。従業員の高齢化や有効求人倍率の状況により人材不足が続くと、下記の通り企業にも与える影響が大きくなることが想定されます。
① 長時間労働
② 有給休暇等の休暇取得の妨げ
③ 従業員のモチベーション低下
④ 優秀な従業員の流出
これらの状態が続くと、世間でいわれているブラック企業化が進む可能性が高くなります。
健康経営にはこうした事態を未然に防ぐ効果が期待できます。まずは健康経営の取り組みとして、社内外に「従業員の健康を大切にする会社である」というメッセージを発信することからスタートするといいでしょう。
また、健康経営実践のメリットとして、生産性向上の視点も欠かせません。
従来のコスト管理、コスト節減的な医療費適正化の発想から脱却することが大切です。
健康経営は、「人」を組織における貴重な「資産」と考え、従業員の健康の維持・増進を「人的な資本」に対する積極的な「投資」と捉える考え方となります。
この健康経営の考え方を企業の経営方針にしっかりと位置付けて実践することが重要です。
また、健康経営を実践することで、休職のみならず業務の能率が落ちている状態を減らす効果が期待できます。つまり、健康経営の実践は、生産性の向上につながってくるといえます。
従業員の健康維持・増進のための対策は
健康維持を実践するための対策についても、正しく理解されていない面があります。従業員の健康維持・推進を実施する際の問題点を尋ねた調査では、図⑤のとおり「経費がかかる」、「時間確保が困難」、「費用対効果が不明」などが挙げられています。
しかし、従業員の健康維持・増進策は、コスト・ゼロからでも始めることができるものもあります。
健康維持・増進のために、コストのかかるシステムを導入する必要は必ずしもありません。定期的に従業員同士で健康について話し合う機会を設けたり、体重計や血圧計を社内に設置したりするだけでも従業員の健康づくりにつながります。
特に経営者が従業員の健康について常に関心を持ち、健診結果についても十分把握することも重要です。
健康経営は今後急速に加速するものと考えられます。企業として何から始めていいか分からない場合は、東京商工会議所で「健康経営アドバイザー」の派遣を行っています。これは、健康経営診断、事業計画立案、体制整備、健康づくり施策等の情報提供や実践支援を行う制度です。
このような外部機関なども有効に活用して、ぜひ一度「健康経営」に取り組んでみませんか?
山本 浩二(やまもと・こうじ)
特定社会保険労務士、社会保険労務士法人 山本労務管理事務所 所長。法人会等各種セミナー講師を始め、労使紛争問題(残業問題、解雇トラブル等)や労働組合対策を得意分野として多数の企業の顧問を務める。