欧州の枠を超えた建築の祭典 — BAU2015 その2
異空交感 第7回
小室 大輔(一級建築士事務所 エネクスレイン/enexrain 代表)
はじめに
 先号に引き続き、2015年1月にドイツのミュンヘンで開催された建築総合見本市BAU(バウ)について報告させていただく。なお先号でも触れたが、なお本稿は、日経BP 社が発行する『日経ホームビルダー』2015年3月号、および同社が運営する建設・不動産にかかわる総合サイトである「ケンプラッツ」にて、2015年2月17日と2月18日の2回に分けて掲載された拙稿を再構成したものであることをお断りしておく。
革新と継続性の融合
 BAUのような大型の見本市では、新しい技術に注目が集まることも多い。実際、私がBAUの視察に行くことを建築関係者に伝えると、「最新の技術を見てきて下さい」とか、「新しい技術があったら教えて下さい」と言われることが少なくない。長い年月を経て進化させて来た主力製品を全面的に押し出す会社がある一方で、技術の限界に挑戦した試作品や、数年後の市場を意識した製品を展示する企業もある。どこまでできるかを敢えて実直に検討し、試行錯誤を繰り返した結果を惜しげもなく見せる事例をBAUでは数多く見ることができる。
 たとえば、ハインツェグラス(HEINZEGLAS)社とウニグラス(UNIGLAS)社は、共同で製作したガラスが3枚で中空層が2層ある世界最大の断熱ガラスを、屋外にさりげなく展示していた(写真⑪)。幅が18m、高さは3.3m、重量は約4.5トンである。私の憶測だが、おそらく大きすぎて会場内に入れることができなかった可能性が高い。これだけ大きなガラスへの発注がすぐにあるとは決して思えないのだが、それを潔く展示することで、将来、その技術力を生かせる機会を探っているのではないだろうか。  同じくガラスの分野で革新的な技術力をもつゼーレ(seele)社は、開口部と一体となったガラス張りの外壁「アイコニック・スキン SFC」を開発し、会場内に展示していた(写真⑫、⑬)。アルミ製の枠の外側と内側にガラス板を施し、中空層となる部分には断熱材を入れたもので、いわゆるガラスとアルミを組み合わせた自立型の大型パネルである。これらを幅25-30mmの目地部材でつなぎ合わせることで、建築空間をつくり出すことが可能だという。既にさまざまな試験を行い、3層のモデルハウスの建設にも成功している(写真⑭)。
 写真⑮は、フラッハグラス・マルケンクライス(FLACHGLAS-MARKENKREIS)社による、ガラスの新たな可能性の提案である。一般の合わせガラスの裏側に特殊なシートを貼り、両側からLEDを当てることで、不思議な奥行感や幻想的な視覚効果が生まれる。文化施設や温浴施設、バーのカウンターなどに使われることが多いという。展示会場でテーブルのように水平に置かれている製品を見たところ、薄いガラスにもかかわらず、光が歪むことで青い水槽を覗き込んだような深みを感じることができた。その他、ひな壇状の展示空間に、開口部を積極的に展示していたのは、ドイツ企業のヘロアル(heroal)社である(写真⑯)。
 こういった展示を見ると、製品に対する需要の有無を短絡的に判断するのではなく、ガラスが持つ可能性を限りなく追求しようとする姿勢が感じられると同時に、自ら新しい市場を開拓していこうとする大胆な思考や意気込みに触れることができる。日本の社会にいると、一方向的な視点に陥ってしまうことも多いように感じられるのだが、柔軟な発想や思考に触れられることもBAUの魅力のひとつであろう。
⑪ ハインツェグラス社とウニグラス社による、世界最大の3層複層ガラス(幅18m/高さ3.3m/重量約4.5トン)。
⑫ ゼーレ社が新しく開発したアイコニック・スキンの展示。
⑬ 同上、ガラスとアルミを組み合わせた複合外壁パネル。
⑭ ゼーレ社による「アイコニック・スキン SFC」による3層のモデルハウス。
⑮ フラッハグラス・マルケンクライス社が製作したLED照明が偏光するガラス。
⑯ 開口部をひな壇状に並べたヘロアル社の展示会場。
継続することで高まる技術力
 革新的な技術や製品を追い求める一方で、継続することで少しずつ技術力を高めて来た建築部材もある。その典型的なもののひとつがドレーキップ窓だろう。おそらくほとんどの方がご存知だと思うが、念のために補足すると、ドレーキップ窓というのは、ひとつのレバーハンドルで、内倒しと内開きが可能な開口部で、典型的なドイツの窓である。「ドレー」は回転させること、「キップ」は傾かせることを意味する。
 そのドレーキップ窓の開閉機能を担う金具を製作するグレッチ・ウニタス(GU)社は、平行押出し窓のパラレルアウト(Parallel Out)を展示していた(写真⑰)。対応可能な高さは最大で4.5m、重量は400kgまで耐えられるという。片開きの窓に比べて換気効果が大きいため、自然換気用だけでなく、水平屋根の採光や排煙口としても幅広く利用されている。二重ファサードの外側の開口部にも適しており、傾斜した外壁にも設置できるという特徴を持っている。窓を支える金具というのは、一見、地味にも見えるが、そこに隠された技術力を垣間みる思いである。
 同じように、窓やファサード、扉といった開口部だけでなく、それらの可動に必要な金具を手掛けている会社が、ルール工業地帯に本拠地を構えるWSS社である。写真⑱をよく見ていただければ分かるように、開口部を、下開き、横開き、上開き、平行押出しの4方向に開くことができる。それを可能にしているのが、排煙口の開閉によく用いられるチェーン状の電気式押し出し装置である。開閉速度は遅いが、小型で窓枠に取り付けられることから、ドイツではあらゆる窓に設置されている。
⑰ グレッチ・ウニタス社の金物を使った平行押出し開口部。
⑱ WSS社が提案する各4方向への開きを実現する開口部。
ドイツにおける窓の重要性
 それほどまでに窓を開け閉めできることにこだわる理由は、ドイツの人たちの多くが、執務空間でも自然換気を好むからである。これは日本との大きな違いのひとつであろう。
 日本では、蒸し暑い夏や外気温の低い冬に、空調の効いた仕事場の窓を開ける頻度は少ないと思われるから、日本の職場環境に窓の開閉の重要度を挙げる人は、それほど多くはないのではないだろうか。春や秋の気候の良い時期であれば、爽やかな外の空気を入れることはあるかも知れないが、私が見てきた限り、事務所ビルにおいて、そういった光景に出会えたことはほとんどないし、そもそも窓を開けられない建物が実に多い。事務所ビルの温熱環境は、空調設備が調整すれば良いのであって、開口部を勝手に開閉すると、空調によってもたらされた適度な温度を乱すことになる。また、開口部を開け閉めできるようにすると工事費が上がるため、開閉機能がない方が安価で、壊れることもなく、施工も楽であるとの考えも蔓延している気がするのである。
 それとは対照的な話をお伝えしたい。ボンにあるヘルムート・ヤーンが手がけた超高層の「ポストタワー」は、典型的な二重ファサード(ダブルスキン)構造を有しており、どの階でも内側の窓を開けて自然換気を行うことができるようになっている。何度となく視察に訪れるうちに、案内をいただく広報の女性と顔見知りになったので、職場での窓の開閉の頻度について質問をしてみたところ、私見ながらと前置きした上で、彼女は次のように述べてくれた。
 「個人的に、ダクトを経由して供給される空気があまり好きではありません。理由は、空調機から執務室や、他の空間に吹き出された空気は、最終的にはまとめて空調機に戻され、そしてまた供給されるので、それが循環している間に、何かウィルスやバクテリアのようなものが拡散してしまう気がするのです。これは空調のことをあまり知らない私の単なる偏見だとわかってはいるのですが、窓を開けて自然の空気を入れることの方が、私には安心感があって好きなのです。私の周りの同僚たちも、窓は頻繁に開けています。季節の良い時期には、窓から見える自然と爽やかな空気の両方を楽しめるのです……」。
世界に誇るドイツの窓
 その女性の考え方は決して特異ではない。同じように考えているドイツ人はきわめて多い。しかも、空調の風を嫌う人も少なくない。要するに、自宅で可能な窓の開け閉めを職場の環境にも求めるのである。朝起きて、窓を開けて換気する。天気の良い日には、外の心地よい風を取込む。適度な換気を促すために、窓を内倒しの状態にしておく。そういった普段の生活の中で何気なく行っている窓の開閉の習慣を、ドイツの人は執務空間においても継続したいのである。だから、ドイツの超高層建築のほぼすべてにおいて、自然換気を行える工夫がなされている。それが二重ファサードの開発と進化につながったことは言うまでもない。ドイツでは、どんな窓でも必ず開閉できる機能を持っていなければならないのだ。だからこそ、ドイツの開口部は留まることなく進化し続けて行くのである。
 ここで、ドイツの窓に関する有名な発言を紹介したい。ドイツのメルケル首相は、首相に任命される前の2004年に行われた『ビルト(BILD)』という雑誌のインタビューにおいて、「ドイツと聞いて連想するものは?」という質問に対して、こう答えている。
 「気密のしっかりした窓です。これほどまでに頑丈で美しい窓をつくることのできる国は他にはありません」。
 かつて断熱性も気密性もほとんどなかったドイツの窓は、金具の開発と地道な技術力のお陰で、内開きと引き倒しが可能になった。雨の多い日本では内開きの窓は難しいと思われているが、ドイツの日常生活で実際に使ってみると、使い勝手の良い非常に優れた開口部であることが分かる。まさに世界に誇れる窓であり、技術力を常に向上させてきた継続性はドイツの建築を陰で支えていると言っても過言ではないだろう。
ドイツの見本市の魅力
 ベルリン在住の建築ジャーナリストで、東京やドイツ以外の国の建築にも精通しているウルフ・マイヤー氏に、BAUの会場で会う機会を得たので、ドイツで開かれる見本市の魅力を尋ねてみた(写真⑲)。
 マイヤー氏によると、世界中で開催される展示会のうち、その3分の1近くがドイツで行われているという。それには欧州の中央に位置している地理的条件が大いに関係していることは間違いないのだが、マイヤー氏は他にも理由があると指摘する。まず、見本市の運営は、私企業ではなく、各都市や自治体が関与していることが多く、ドイツの大きな都市では見本市が頻繁に開かれているため、互いに良き競合関係にあること。また、ドイツにとって輸出産業がきわめて重要であることから、実際に展示会で顔を合わせることは信頼を構築する貴重な機会となること。そして、競合相手の製品を確認したり、その技術力の状況などを比較できるという多様な面を持っている。
 他にも交通網や宿泊施設が充実していることも大きな影響力がある。ドイツは無料のアウトバーンが縦横無尽に張り巡らされているから、車での移動も便利で苦にならない。実際、駐車場にはオランダやベルギーから来ている車も目についた。また、鉄道や飛行機の便も多く、駅や空港からの交通手段もまったく問題がない。私の宿泊先は、ミュンヘン空港の近くであったため、空港とBAUを結ぶ連絡バスを利用したのだが、朝8時から夕方19時近くまで30分おきに運行され、常に満員であった。そして、旅行者をいつでも迎え入れてくれる清潔で安全な宿泊施設が数多くあるから、欧州でも旅がしやすい国のひとつであることは間違いない。あらゆる基盤がしっかりと構築されており、それらのすべてが相乗効果を生み出しているからこそ、ドイツで行われる見本市には多くの人が訪れるのであろう。
 そして本号の最後に、今回のBAUには、日本の隣国である韓国から900名近くが参加したことをお伝えしたい。前回は500名であったからほぼ倍増である。BAUが公開している記念写真を掲載して、さらに次号へとつなげたい(写真⑳)。
⑲ ベルリン在住の建築ジャーナリスト、ウルフ・マイヤー氏。
⑳ BAUが公開している韓国からの視察団の記念写真。
写真⑫ 撮影:Olaf Becker / BAU2015 / Messe München GmbH
写真⑭ 撮影:René Mueller
写真⑯、⑳; : Messe München GmbH
上記以外の写真:筆者撮影
小室 大輔(こむろ・だいすけ)
札幌市出身。1993年、武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科修士課程修了。専攻は建築環境学。梓設計で設備設計者として勤務後、ドイツのHHSプランナー+アルヒテクテン、ガーターマン+ショッスィヒ・ウント・パートナーを経て、2007年に一級建築士事務所エネクスレイン/enexrainを東京に開設。2009年にケルン工科大学建築学科の「建築保存と再生」課程修了。
記事カテゴリー:海外情報
タグ:ドイツ, BAU