欧州の枠を超えた建築の祭典 — BAU2015 その1
異空交感 第6回
小室 大輔(一級建築士事務所 エネクスレイン/enexrain 代表)
建築の総合見本市BAU
 2年に1度、南ドイツのミュンヘンで開かれる建築の総合見本市BAU(バウ=国際建築・建材・建築システム専門見本市)が、2015年1月19日から24日まで、6日間にわたって、ミュンヘン見本市会場で開催された。 このBAUは、ドイツ国内で催される建築に関する20あまりの見本市の中でも最大規模を誇り、建築に関わる革新的な製品や、低燃費技術に対するさまざまな取り組みが展示されるため、毎回、多くの入場者が訪れる。 今回、このBAUを取材する機会を得たことから、3回にわたってその様子を報告したい。
 なお本稿は、日経BP社が発行する『日経ホームビルダー』2015年3月号、および同社が運営する建設・不動産にかかわる総合サイトである「ケンプラッツ」にて、2015年2月17日と2月18日の2回に分けて掲載された拙稿を再構成したものであることをお断りしておく。
入場者25万人/出展2千社
──欧州最大級の建築見本市
 建築を専門とする方に、改めてBAUの意味を説明する必要はないとは思うが、念のため触れておくと、BAUとはドイツ語で、建設や構造、あるいは住まいや塒(ねぐら)といった建築に関わる全般的な意味を持つ重要な単語で、よく知られた例としてBAUHAUS(バウハウス)を挙げることができる。
 そのBAUということばを、そのまま見本市の名称として使用したこの建築総合展は、パリで開催される同様の展覧会であるBATIMAT(バティマット)と並び、欧州でも最大級の建築見本市である。 年間を通してさまざまな見本市が開催されるミュンヘン見本市会場(Messe München)は、ミュンヘン市内から東へ約10kmに位置しており、中央駅からは地下鉄で20分ほどである。敷地は約40万m2で、16棟の展示空間が配置されている。ひとつの展示棟は、幅が約70m、奥行が150mほどあり、総延べ面積は約18万m2に達する。 また、東側と西側にあるエントランスホールは1kmほど離れており、それぞれ地下鉄の駅と連結している。今回のBAUは、西側エントランス脇にある別棟を加えた全17棟を使って開催された。
 BAUの歴史は1964年まで遡る。今回、半世紀という重要な節目にあたり、入場者が過去最高の25万人を突破し、ドイツ以外からの来場者数は7万人を超えた。また、建築士事務所や設計関係の来場者は約6万5千人であり、BAUが建築設計者のための見本市として大きな役割を担っていることも示された。 出展社数は2千社を超え、参加国数は46カ国である。その規模や入場者数、そして内容を見ると、EU圏以外の建築さえも牽引する巨大な見本市としての地位を不動のものとしただけでなく、もはやEUを代表する「建築の祭典」と位置づけられるだろう。
ドイツ国外の入場者数が増加
 今回の入場者数が、前回の2013年の開催から1万6千人増えて、過去最高を記録したことに対し、BAUの最高責任者であるプァイファー博士は、次のように述べている。 「今回の結果は、出展者と来場者の双方の期待をはるかに超えたものであり、BAUが、EUという枠に留まることのないきわめて重要な見本市であることを示した。トルコや中国、あるいはサウジアラビアからの来場者が飛躍的に伸びたことも大きい」。 また、出展者の諮問委員会の会長を務めるシェーファー氏も同様の見解を示し、「世界を牽引する重要な展示会のひとつであるBAUは、今回、入場者の特性と国際性の両面がさらに飛躍する結果となった」と結論づけた。
 前回の入場者数を上回った要因には、ドイツ国内からの来場者の増加は無論、上述したようにドイツ以外の国からの入場者数が飛躍的に増えたことが大きく関係しており、その数は7万2千人に達した。 この結果は2013年に対し20%の伸びであり、入場者の3人にひとりは、ドイツ国外からBAUを視察しに来たことになる。なお、国別の来場者数は次の通りである。オーストリア(11,923人)、イタリア(未発表だがトルコよりも上位)、トルコ(3,694人)、ポーランド(2,578人)、ロシア(2,474人)、チェコ(2,381人)、スロバキア(2,362人)、中国(2,083人)、イギリス(1,536人)、オランダ(1,450人)、ベルギー(1,330人)、韓国(912人)、サウジアラビア(477人)、アラブ首長国連邦/UAE(423人)。 この内、中国、韓国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦からの来場者は、13年に比べてほぼ倍増している。前回は、日本から約750名の視察者が訪れていたが、今回はそれほど多くは来場しなかったようだ。
① ミュンヘン見本市会場西側エントランス、朝9時30分の入場開始を待つ人びと。
横断幕には、すでに2年後の開催時期が表示してある。
BAUの概要
 写真①を見ていただければ分かるように、朝9時30分の入場開始に合わせて、西側エントランスには多くの人たちが集まった。外は寒いけれども一歩中に入ると熱気さえ感じられる。また、上部の横断幕には、すでに2年後の開催時期である2017年1月16日から21日という日付が入っている。入場と同時に、次回の会期を印象づける狙いがあるのだろう。
 西側エントランスに最も近いB1ホールに入ると、ファサード構法に関する設計から、製品開発、施工に関する助言などを幅広く手掛けるドイツを代表する大企業であるシューコ(SCHÜCO)社の巨大な展示が待ち受けている(写真② ③)。ここは連日、数多くの来場者で溢れかえっていた。私も説明を聞きたかったのだが、担当者を見つけるのも難しく諦めざるを得なかった。 また、展示空間の上層部には顧客専用の打ち合わせ室や接待用のラウンジが用意されており、どこも盛況であった。
 写真④は、BAUの会場内ではなく、西エントランスの2階にあるVIPルーム用の視線制御用の縦ルーバーである。
完全に閉じてしまうのではなく、外部廊下とのつながりも意識しつつ、人の視線や動きを、さりげなく演出する洒落たデザインのひとつであろう。
 ドイツを中心として、世界中に拠点を持つゲーツェ(GEZE)社は、窓やファサード、建具類を総合的に扱う会社で、巨大な展示会場に設けられた事務所や商業施設用の建具類に多くの人が関心を寄せていた(写真⑤)。 写真⑥は、日本でも天窓で馴染みの深いヴェルックス(VELUX)社が開発した、バルコニーが外側に張り出す大型の天窓装置である。三角屋根の多いドイツでは、最上階は鉛直窓のない天窓だけの屋根裏部屋も多いため、少しでも開放感を求めたいという需要に応える製品であろう。引きも切らず訪れる人たちが、熱心に質問し、説明に聞き入る姿が印象的であった。 ドイツ国内の外付け日除け市場の約60%を占めるヴァレーマ(WAREMA)社は、折り上げ式の大型日除けを展示していた(写真⑦)。開口部の全面を覆う日除けが、中央で水平に折れ曲がりながら上がることで水平日除けとなる。鉛直方向だけでなく、水平方向にも動かせる。
 窓の断面模型を美しく展示していたのは創業以来80年の歴史があるクネーア・ズードフェンスター(KNEER SÜDFENSTER)社である(写真⑧)。南ドイツに3拠点を持ち、600名の従業員が、窓と住宅用の扉を製作している。 樹脂系、木質系、木とアルミとの複合サッシの日産数は1,500台を誇る。壁にはドイツ語で、「広い視野を持って住もう」と書かれている。窓を製作する会社だけに、意味深い表現である。写真⑨は、前出のシューコ社が手がける外壁の枠内にも断熱材を施したサッシの断面模型である。徹底した断熱を施すことで熱橋を防止し、化石燃料の消費を削減すると共に、温熱環境を改善しようとする実直な姿勢がうかがえる。 写真⑩も同社の製品で、ガラスのファサードの前面に大型の日除けを設けた例である。ドイツの夏の太陽高度は低く、日照時間が長いため、適切な外付け日除けを設けることによって冷房負荷の増加を防ぐ手法である。
② ミュンヘン見本市会場西側エントランスに最も近いB1ホール。ファサード設計から製品開発、施工に関する助言など幅広く手掛けるドイツを代表する大企業シューコ(SCHÜCO)社の2階建ての展示空間。
③ 人があふれるシューコ(SCHÜCO)社のブース。
④ 西エントランスの2階にあるVIPルーム用の視線制御用の縦ルーバー。
⑤ 窓やファサード、建具類を総合的に扱う世界中に拠点を持つゲーツェ(GEZE)社。
⑥ ヴェルックス(VELUX)社が開発した、バルコニーが外側に張り出す大型の天窓装置。
⑦ ドイツ国内の外付け日除け市場の約60%を占めるヴァレーマ(WAREMA)社の、折り上げ式の大型日除け。
⑧ 窓の断面模型を美しく展示していた創業以来80年の歴史があるクネーア・ズードフェンスター(KNEER SÜDFENSTER)社。
⑨ シューコ社が手がける外壁の枠内にも断熱材を施したサッシの断面模型。徹底した断熱が施されている。
⑩ 外付け日除けを一体化させたシューコ社のファサード断面模型。
幅広い年齢層が来場
 BAUの特徴や面白さ、あるいは訪れるべき理由はいくつもあるが、第一に、来場する人たちの年齢層の幅が広いことを挙げたい。日本の一般的な展示会では、同業の関係者を見かけることが多いように思う。また、見本市の内容にもよるけれども、建築関係が中心の見本市の場合、来場者の大半は会社員の男性が占めるという傾向があるのではないだろうか。それに対しBAUは、建築や建設関連の専門分野だけでなく、建築と人、あるいは住まうということに関する総合展ということもあって、訪れる人たちの職業や世代は実に多様である。主催者の発表によると来場者の業種は40以上にも上る。その多くは、無論、建築業界に携わる人がほとんどだが、社会科見学と思われる中学生や高校生、職業訓練中と思われる若い人のほか、子ども連れの家族や女性のグループ、年配の夫婦など、一般の人たちの姿も数多く目についた。
 その理由は、普段の生活における娯楽が少ないドイツだから、美術館や博物館を訪れるような感覚で、お金を払ってでもこのような祭事に足を運ぶのだと、少し穿った見方で冗談半分にからかう向きもある。しかし、日々の生活の中で、ドイツ以外から7万人以上の来場者がある欧州を代表する巨大な展示会を訪れることができるのは、実はきわめて豊かで贅沢なことなのではないかと思う。子どものころから洗練された工業製品に触れ、工夫を凝らした展示手法などを目にする機会に恵まれているからこそ、ドイツの人たちの建築に対する意識が全般的に高いといえるのではないか。
デザイン感覚を磨く場として
 少し大げさに感じられるかもしれないが、こういった展示会を通じて、デザイン的に良いものや本物に触れること、あるいは資源やその使い方などに思考を巡らすことは、人の感覚を研ぎ澄ますだけでなく、自らの価値観をも築き上げることにつながる気がする。
 専門家はもちろんのこと、夫婦や家族、あるいは友人同士といった仲間でBAUを訪れ、出展者の一覧表から見るべき展示を探し出して、その企業が提供する技術や製品に触れる。あるいは目的もなく巨大な展示空間を巡って、興味のあるものが見つかると、そこで質問をする。それに対する回答を得ながら、意見も交えて情報交換を行う。BAUを訪れると、そんな何気ないことが実はとても大切なことのように思えてくるのである。
 3層ガラスの窓を見て、熱貫流率の低さと断熱性の大切さを学ぶ。見ようと意識しなくても、壁や屋根の断面模型が、否が応でも目に入ってくる。それは、家が建ったあと、見えなくなってしまう部分の大切さを意識することにつながる。いくつもの展示を見て回ることで、各社の製品に対する揺るぎない自信を感じ、洗練された展示手法を見ることで、デザイン感覚が磨かれることもあるだろう。
 BAUの会場を離れたあとも、食事をしながら見てきた展示や製品について議論を交わす。そうしたごく当たり前のことが、建築をより深く知るための基本であり、建築や住まい方への意識を高めることにつながるのではないかと思う。そういった背景こそが、現在、ドイツ政府が継続的に行っている省エネルギー法の改正や、断熱改修推進への理解を、しっかりと下支えすることにつながっているのではないだろうか。
① ⑧ 写真提供:Messe München GmbH
上記以外の写真:筆者撮影
小室 大輔(こむろ・だいすけ)
札幌市出身。1993年、武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科修士課程修了。専攻は建築環境学。梓設計で設備設計者として勤務後、ドイツのHHSプランナー+アルヒテクテン、ガーターマン+ショッスィヒ・ウント・パートナーを経て、2007年に一級建築士事務所エネクスレイン/enexrainを東京に開設。2009年にケルン工科大学建築学科の「建築保存と再生」課程修了。
記事カテゴリー:海外情報
タグ:ドイツ, BAU