欧州の枠を超えた建築の祭典 — BAU2015 その3
異空交感 第8回
小室 大輔(一級建築士事務所 エネクスレイン/enexrain 代表)
はじめに
 先々号と先号に引き続き、2015年1月にドイツのミュンヘンで開催された建築総合見本市BAU(バウ)について、3回目の報告をさせていただく。これまでの2回を簡単に振り返ると、1回目はBAUの概要について触れた。2回目は、BAUを通して見えてくるドイツの技術力や、これまで進化を続けてきたドイツの開口部、そしてドイツで開催される見本市の魅力について大まかにお伝えした。今回は、長年、ドイツが取り組んでいる化石燃料への依存度を低減しようとする背景や、ドイツの工業デザインについても述べてみたい。
化石燃料への依存度低減を追求
 この10年、ドイツ政府が建築に求めてきたものは、冒頭でも触れたように、化石燃料への依存をできるだけ減らすことである。
 日本と同様に、化石燃料のほとんどを輸入に頼らざるを得ないドイツは、いくつもの国を経由して届けられる1次エネルギーが、これから先も問題なく安定供給されることに対して常に不安を抱いている。言い換えれば、原油や天然ガスが、将来にわたっても、一定の価格を維持し続けることは難しいのではないかという意識が根底にある。中東諸国やガスの産出国の国勢に何か大きな変化が生じたり、それらの国々を取り巻く国際的状況が一変すれば、ドイツも他国も、原油やガスの輸入に多大な影響を被ることになる。だからこそ、ドイツは化石燃料の消費をできるだけ減らすという目標を掲げ、低燃費な社会を本気で築こうとしている。
 今回のBAUでは、ドイツの省エネルギー法を解説した講演の中で、ドイツ工業連盟のウルズラ・ザウメル氏は、ドイツの全住宅数のうち、その4分の3にあたる75%が1979年以前に建てられたものだと指摘し、その断熱性に乏しい住宅に対する対策が急務であることを強調していた(写真㉑)。
 だからこそ、ドイツはこの10年、断熱改修の工事費に対する長期の低金利融資を行うなど、積極的な政策を打ち出してきた。それはドイツ社会に深く浸透しており、大きな都市では、既存の建物に外側から断熱材を施すための外部足場を掛けた集合住宅を、容易く見つけることができる。
 上述したように、建築、あるいは社会全体で消費するエネルギーをできるだけ減らして行こうというドイツ政府の堅実な目標は、実はここ10年ほどは特に大きくは変化していない。むしろ、長期的な目標に向かって地道に継続し続けることが、結局は早道であると考えているようにも感じられる。そんな状況下で引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所の大規模な爆発事故は、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故で多大な影響を受けたドイツに極めて大きな衝撃を与えただけでなく、原子力への依存もやむを得ないかもしれないという流れに向かいつつあったドイツのエネルギー政策を根本的に覆すことになった。その後すぐに緑の党が躍進し、万一、事故が発生すれば、生命の存在を根幹的に揺るがす可能性の高い発電方式から脱却する決断を早々に下さざるを得なくなったドイツは、代替手段としての自然エネルギーの利用をより加速させ始めた。そういったドイツの迅速な対応に対して、事故を起こした当事者であり、そして被害者でもある日本の中から、賞賛の声が上がったことを忘れてはならない。
 ここで最近のドイツの建築における傾向について触れてみたい。日本では2000年代初頭から太陽光発電が急速に普及し、電力会社への売電の長所も注目されたことから、一時期は太陽光における発電量が世界一となった。ドイツも同様の傾向にあったが、売電価格が低くなった2010年くらいから、太陽光発電を設置する目的は、売電による初期投資の回収ではなく、むしろ自家消費を主たる目的とする自立型へと移行しているようだ。そのころから「プラスエネルギー住宅」が注目を集め始め、2011年以降は日本でも同様の取り組みが大きく取り沙汰される結果となった。
 特に最近では、蓄電池と併用することで、太陽光によって発電した電力を一時的に蓄え、必要なときに自家消費する試みも見受けられ始めた。売電を主な目的とするよりも、化石燃料によって生み出された電力の消費量を抑える方向ヘ転換する動きが進んでいる。
 その取組みのひとつが、2015年にフランクフルトのヴェストハーフェン地区に竣工する、アクティフ・シュタットハウス(Aktiv-Stadthaus)である(写真㉒)。この計画には、カッセルにあるHHS/ヘッガー・ヘッガー・シュライフ建築事務所の設計のもと、大学や企業の先駆的な研究に対して援助を行う機関のひとつである、ドイツ環境建築原子炉安全省の傘下にあるツークンフトバウ(ZukunftBAU)研究所がかかわっている。この建物は、奥行が約9mに対して幅が150m近くあり、非常に細長い形状をしている集合住宅で、総戸数は約70戸である。BAUの会場には、断面模型が展示されていた(写真㉓)。この住宅棟の最大の特徴は、外壁や屋根に設置された多数の太陽光発電パネルで、その最大発電量は250kWを予定している。太陽光による発電を積極的に自家消費し、外部からのエネルギー供給にできるだけ頼らない集合住宅を目指した先駆的な事例であり、完成すればさらに注目されることになるだろう。
㉑ 断熱改修の必要性に対する説明を熱心に聴講する参加者。
㉒ 太陽光による最大発電量が250kWにも及ぶフランクフルトに建設中の集合住宅、アクティフ・シュタットハウス。
㉓ 写真㉒の集合住宅の断面模型。
建築的工夫と徹底した断熱対策
 ここで話題を大きく変えて、建築におけるドイツと日本との大きな違いを改めて説明しておきたい。まずそのひとつが、ドイツの一般住宅には冷房設備がなく、暖房が主体であることだ。東京は北緯35度だが、ドイツは北緯50度前後に位置しており、その差は15度である。北海道よりもさらに7度ほど緯度が高い。夏の気温は35℃近くまで上昇する日もあるが、日較差が大きく、朝晩は気温が20℃前後まで下がることが多い。また夏期は湿度が低いため、日陰に入ればしのぎやすい。だから、冷房設備を備えた住宅は皆無である。むしろ、長い冬の暖房費を抑えることが重要であり、そのためには断熱性や気密性を高め、換気設備はできるだけ効率の高いものを使用することが望ましいと考えられている。ドイツで日本のように冷房を必要とするのは、新築の事務所建築や、不特定多数の人が訪れる内部発熱量の大きい大型商業施設などに限られる。特に夏は、日の出から日の入までの太陽の天空移動角度が大きく、晴れている日の日照時間は15時間を超えるため、冷房設備のある建物でも、冷房負荷を低減させる建築的工夫が欠かせない。そのひとつが、日射を的確に遮蔽するための外付け日除けであり、ドイツでは、多くの建物で採用されている(写真㉔/写真㉕)。これらは、建築的手法ながら、設備の役割を備えているともいえよう。
 日本とドイツの建築を比較して感じることを改めて述べさせていただくと、ドイツや北欧の暖房に対する低燃費手法は周囲の環境と屋内を遮断する「遮断型」と言い換えられるのではないかと思う。それと同時に開放的な建築に対するあこがれも根強く存在しており、それゆえに透明感あふれるガラス建築がドイツを中心として発展してきたといえる。
 これに対し、北日本を除き、ドイツとは気候の異なる地域が極めて多い日本では、夏の高温多湿な環境に対して屋内を開放することで改善を図ってきた歴史がある。「遮断」を主体とする寒い地方の建築の考え方と対比すると、これはいくつもの解決方法を組み合わせた「選択型」と言い換えられるのではないだろうか。こうした選択型の建築は温熱環境に関する解析が難しく、ときに時代遅れと誤解されることもある。また、開き続けることこそが日本の建築にふさわしいというこだわりも根強く残っている一面があるように思われる。日本でもドイツの高断熱・高気密建築が取り沙汰されて久しいが、それに対して少なからず抵抗を感じている人たちの多くは、もしかしたら開放系こそが日本の建築にふさわしいと思っているのかもしれない。その意識の違いを互いに融合させることは、とても難しい課題ではないだろうか……。
 話題を戻したい。暖房費を抑えるために、ドイツの建築業界が取り組む手法は明確だ。外壁であれば断熱材を厚くする。厚みが問題になるなら、薄くて断熱性の高いものの開発に力を注ぐ。今回のBAUでは、外断熱一体型湿式構法の先駆者であるシュトー(Sto)社は、熱橋が懸念される部分を意図的に厚くした断熱材を展示していた(写真㉖)。外表面は平らである必要はないという新たな提案である。またこれは同社だけに限ったことではないが、外付け日除けの収納部の周囲もしっかりと断熱した断面模型を見ると、ドイツの断熱に対する徹底ぶりを感じていただけるのではないかと思う(写真㉗)。
 熱貫流率の最も大きな部位である窓の断熱性能を上げるには、説明するまでもなく、2枚のガラスを3枚にして空気層を増やすことである。さらには低放射率膜を施す、アルゴンガスに代表される不活性ガスを封入する、といった対策が取られているが、もしかしたら4枚ガラスの窓が、既に開発段階に入っている可能性もないとは言い切れない。
 ここで重要なことは、ドイツもかつては断熱性の悪い窓ばかりであったということである。それを地道に解決してきたのだ。何も急にガラスが3枚になったわけではない。そのゆっくりだが確実な取り組みこそ、ドイツの人たちが最も大切にしていることではないかと思う。
 こうした取り組みの持続性は、もしかしたら人の寿命よりも長く存在し続ける建築が数多く残されている環境と大きな関係があるのかもしれない。BAUを視察するとそんなことを感じてしまう。
㉔ 外付け日除けの分野でドイツ市場を牽引するヴァレーマ社の可動ブラインド。
㉕ ヴァレーマ社が開発した可動折り上げ式の外付け日除け。
㉖ シュトー社が提案する熱橋防止用の外断熱材。
㉗ 外付け日除けの収納部の周囲も断熱する。
削ぎ落としを追求するドイツのデザイン
 デザイナーではない私がその分野について私見を述べさせていただくのは、いささか僭越になってしまうのだが、建築を含めて、さまざまなドイツのデザインを見て感じられることを、これまでの経験からひと言で表すと、「削ぎ落とし」であろうか。専門家の方々から、それは違うと指摘を受けてしまうかもしれないが、その背景には、建築の分野だけに留まらず、工業製品に対しても首尾一貫したデザインへのこだわりがあるように見える。
 それらを簡単に語ることは到底できないけれども、20世紀初頭に世界の注目を浴びたバウハウスの歴史が、いまもなお命脈を保っているからではないだろうか。日ごろ目に入るもの、実際に手で触るもの、生活空間の中に存在するものの多くが、しっかりとした工業製品としての水準を保っているように感じられる。
 美しいデザインといえば、機能を損なってでも華麗さを追求するイタリアの製品や車などを真っ先に挙げる方も多いと思うが、それと同じくらいに、ドイツのデザインには、一切の妥協を許さない面がある。主に女性が使う家電製品ひとつにしても、それらは機能とデザインが追求し尽くされた工業製品でなければならない。
 自動車を例に挙げると、日本では女性を意識した車が数多くつくられている。母親が小さな子供と一緒に乗ることを前提に開発された車は、丸みがあり、乗り降りのしやすさを追求し、いたるところに収納を備え、使いやすさや安全性を徹底的に考え抜いた機能やデザインが盛り込まれているように見える。それは日本の自動車産業の一部を支えているわけだが、私が調べた限りドイツでは女性向けの車はつくられていない。その理由のひとつは、女性が運転しても格好良い車づくりをしているからだと思う。男女の間に差はなく、常に1対1の関係を求められることが多いドイツ社会では、女性向けの車は必要ないのだ。
 その考え方は、家電製品にも大いに当てはまる。女性が使うからといって、丸みを帯びたデザインは求められていない。主に女性が使う家電製品であっても、ドイツでは、格好良さが重要なのである。日本では、ときに「かわいさ」が求められ、それが蔓延している風潮も見受けられなくもないが、それはドイツ社会にはまったく当てはまらない。
 そのほんの一例として、電気関連の制御装置におけるデザインと市場を牽引するギラ(GIRA)社の製品を紹介したい。日本ではほとんど見ることのないコンセント付きのスイッチがドイツで長く使われているが、その新商品は白樺とリノリウムを貼り合わせたものである (写真㉘)。カメラ付きドアホンも、直線を意識しつつ、スピーカ部分だけは丸で仕上げたデザインは実に美しく、そして素直に格好良いと思えるのではないだろうか(写真㉙)。他にも、室温表示機能がついたスイッチや、照明やブラインドの制御などが1カ所で可能なものもある(写真㉚)。
 ドイツのデザインについて本当に大雑把にまとめさせていただくと、ドイツの社会には、「たくさんは必要ない」と考える風潮があるのではないかと私は感じている。だから、デザインにも削ぎ落とされたものを求めるのではないだろうか。BAUは、ドイツの工業製品に対するデザインについても大いに学ぶことのできる場であろう。
㉘ 電気関連の制御装置を手掛けるギラ社のコンセント一体型スイッチ。
㉙ ギラ社の洗練された堅いデザインのカメラ付きドアフォン。
㉚ ギラ社が手がける典型的な多機能スイッチ。
魅力あふれるドイツの見本市
 BAUを訪れると、建築に携わっている人たちが日本以外にも数え切れないほどいて、それぞれが何らかのかたちで物づくりに関わっている事実を思い知らされる。わずか6日間の展示会のために巨大な展示施設を構築する姿勢からも、彼らの本気度が伝わってくるようだ。特にドイツ企業は、自らつくり上げた製品をあたかも芸術作品のように展示していることが多い。それはときに表面的に見えることもあるのだが、説明をしてくれるスタッフに質問して意見や情報を交換すると、その裏には揺るぎない自信が満ち溢れていることを実感できる。
 BAUの視察は重要であり有意義だ。しかし、ドイツの建築に対する答えはBAUの中だけにあるわけではない。会場内で、日本からの視察に参加された方から、ドイツにおける樹脂サッシの普及率について尋ねられたときにもそれを感じた。統計的な数値を知ることも大切だが、一歩外に出て通りを歩けば、意外と簡単に答えは見えてくる。大抵の住宅で樹脂サッシが使われていることが一目瞭然なのだ。安価で維持管理しやすいことが樹脂サッシ普及の理由であり、ドイツではそれを回収し、再利用する市場も機能している。そうした何気ない光景のなかに、ドイツの建築に対する答えが潜んでいるのではないだろうか。
 BAUの会場には、既に次回の開催時期を示した横断幕が掲げられていた。2年後の2017年1月16日から21日までの6日間である。ウェブサイトの表紙にも既に次回の期日は掲載されており、間もなく次のBAUへ向けた新たな準備が始まるのだろう。読者の皆さんも、次の機会にはぜひBAUを訪れ、ドイツの建築を取り巻く状況に触れてみられてはいかがだろうか。
 もちろん、美味しい地ビールを飲みながら、建築、ドイツ、あるいは日本について語ることも重要な課題のひとつとなることだろう。
掲載の写真はすべて筆者撮影
小室 大輔(こむろ・だいすけ)
札幌市出身。1993年、武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科修士課程修了。専攻は建築環境学。梓設計で設備設計者として勤務後、ドイツのHHSプランナー+アルヒテクテン、ガーターマン+ショッスィヒ・ウント・パートナーを経て、2007年に一級建築士事務所エネクスレイン/enexrainを東京に開設。2009年にケルン工科大学建築学科の「建築保存と再生」課程修了。
記事カテゴリー:海外情報
タグ:ドイツ, BAU