色彩のふしぎ 第6回
無彩色の効果──色の世界を2分する有彩色と無彩色。持っている性格は全く異なるが、表裏一体の関係が美を作り出している。
南雲 治嘉(デジタルハリウッド大学名誉教授)
写真1 大都会の色。
無彩色の役割
 色には色味のある有彩色と色味のない無彩色があります。有彩色は赤青黄というような色味のある色、無彩色は黒白灰という色味のない色です。こんなことは改めて言うまでもありませんが、では有彩色と無彩色はどのような関係があり、どのように機能しているのかとなると怪しくなります。
 特に無彩色が持つ効果は、曖昧のまま使用されています。「かっこいい」、「しゃれて見える」、「こだわり」などの理由で黒を選んだりしますが、黒の力を理解している人は残念ながら少ないです。感覚で選んでも結果がよければいいのですが、うまく納まらない時は四苦八苦することになります。
 周囲を見回すと意外に多くの無彩色のものを見つけることができます。打ち放しのコンクリート、アスファルトの道路、黒の建物などいたるところに存在しています。また、日本人は特に黒の服を好んでいる関係で街を歩けば無彩色を必ず目にすることができます。
 日本の自治体にはそれぞれ景観に関する条例が制定されており、おおむね次のように書かれています。「住宅地域、商業系地域、工業地域においては低彩度や無彩色を基調とする。一般的に彩度の低い色や無彩色は、落ち着いた印象を与えやすいため、基調となる色彩とすることが望まれる」ということです。
 一見正しいようにも見えますが気になる部分もあります。ここで定めている景観色の制定の仕方があまりにも機械的で住む人の気持ちを反映させていないのに驚きます。「落ち着いた印象を与える」から、無彩色をというところが間違っています。そんな意味で無彩色があるのではありません。
 本来は住民と共にその土地の風土や歴史を取り入れながらどのようなイメージにつくり上げていくかが景観デザインの基本です。使う色を決めるのではなく、住民が描く理想のイメージを実現するために色を使うということです。現行の景観法で環境を制御していけば重たい環境が生まれ、精気が失われてしまうでしょう。
 最悪なのは都市の個性が失われ、日本中のどの都市も同じ雰囲気になることです。都市には歴史があり、伝統や風土があります。無彩色を効果的に使い、ほどよく彩度の高い色も使い、活気のある環境を目指すことも忘れてはなりません。ちなみに東京都の景観法は平成18(2006)年に施行しています。まだ科学的な色彩がない頃でした。景観法を根本からつくり直さなければならない時期に来ていると思います。イメージを基本に置いたものにする必要があります(写真1)。
写真2 焚き火。
写真3 中国の墨づくり(安徽省西安より)。
写真4 雪舟「山水長巻」(1486年)。
無彩色の芸術性
 有彩色は人類が誕生した時にはすでに周囲に存在していました。色が付いている状態が当たり前であれば、その色が失われていくときの恐ろしさを人類は味わっていたのだと思います。色が見えるのは昼間です。
 昼間から夕方、そして夜。色が次第に失われて行き、やがて無色の闇。無彩色の世界は恐怖ではあっても、そこから朝が生まれてくる闇を畏敬の念を持って捉えられていたことでしょう。木を燃やし明かりと暖を得て、安心して眠りにつけました。焚き火の跡には白や灰、そして黒の炭が残っています。色を失うと無彩色になるという摂理をこうしたことから学んだのです(写真2)。
 中国では物を燃やしてできる煤から墨を発明し、黒による文化が発達することになります。書道や水墨画は無彩色の極地ともいえるものです。水墨画は世界でも類を見ない芸術であり、日本にも大きな影響を与えました。
 水墨画は夜と昼の橋渡しとなり深遠な世界を生み出しています。日本では雪舟が山水画として確立し、日本の芸術観を育みました。墨の濃淡で描き出されるのは自然観や思想でした。無彩色を芸術として高めることができたのは美術史の中でも特筆されることです。
 日本と中国は無彩色を高度な芸術に築き上げた国です。その影響はいたるところに見られます(写真3、4)。
 写真は最初モノクロでした。映画もテレビもそうです。やがてカラーとなり、モノクロは過去のものとなっていきました。モノクロからカラーの世界を想像する力は確実に失われました。しかし、カラーに変わらなかった水墨画や書道はいまだに輝きを失っていません。
 日本人が無彩色を好むのは、その歴史を持っているからです。服に黒が多いのも、建物に黒が多いのも、そうした歴史があるからです。無彩色を愛し、無彩色を使いこなしている民族であることは間違いありません。
写真5 誕生。
すべてを持っている白
 「頭が真っ白」、「身の潔白」など何もない状態に白を当てることが多いのですが、実際には白はすべての色を持っており、人のホルモンに大きな影響を与えています。現在の科学では宇宙はビッグバーンによって誕生したことになっていますが、何もない暗黒から光(白)が誕生したことになります。白が誕生を感じさせるのは、暗黒の夜から太陽が誕生し朝がやってくるという既成概念があるからでしょう。
 白は光そのもので、すべてを持っています。人は光、つまり白なくして生きていくことはできません。あらゆるものが光から生まれてきます。誕生は純粋無垢の状態であり、白にはそうした意味が込められています。
 そのため白は純潔とか清潔感を感じさせる力があります。その力は、好感度を高めるのに役立ちます。白が好きということは、白のそうした性質や力を好んでいるということです。清廉潔白というイメージが強く、よく言われているような冷淡というイメージはありません(写真5)。
 ただ、正義感が強く自分の主張を曲げない完璧主義であり、最初は接近しづらい雰囲気があります。医者が着ている白衣には、清潔感と信頼できる誠意が感じられます。仕事に対する誠実な姿勢は、白が持っている神聖さから来ていると言えます。
 白を見ると色のすべてのエネルギーを取り入れるため、前向きな気持ちにさせます。白い部屋はやる気に影響を与え、気持ちを常にフレッシュにします。
 白は光の反射率も高く、空間を明るく見せるとともに広く見せます。白は膨張色であり進出色ということで白い部屋は狭く見えるという色彩学者もいますが、白の空間は光の空間であり宇宙的な広がりに通じているため、広く感じます。つまり明るさは広さに影響します。白が空間に用いられる理由です。
 汚れが目立つ色ですが、白を使うメリットが大きいため、よく用いられています。
写真6 湯島聖堂。
写真7 黒の部屋。
黒の特徴
 黒は、中国の始皇帝は、黒から太陽を始め万物が生まれるとし、最も重要な色と定めました。黒が最上位の色であり、皇帝が使う色とされていました。この考え方は宇宙が漆黒の闇からビッグバーンによって誕生したとする説に共通したものがあります。
 始皇帝は当時の中国思想を代表していたと考えられますが、かなり進んだ思想を持っていたことが分かっています。彼の死後の世界でもある兵馬俑の現代科学でなければ製造できない青色が使われており、科学も相当進歩していたと考えられます。
 黒は最上級の色という概念は中国よりも日本で発達しました。古代中国の黒に対する概念はそのまま受け継ぎ、高級感や格式を意味する色として定着しました(写真6)。
 黒を使うときにお洒落に感じるのはこの歴史から来るものと考えられます。黒の感じ方にはもうひとつ電磁波としてのものがありますが、それは後述します。
 黒は視覚的な重量が重く、軽快なイメージはありません。落ち着いたイメージを与えるので、格式を重視する場合に使用しています。無駄な光を吸収するためギャラリーのような空間では作品をしっかり見せるのに効果を発揮します。
 ほどよい照明が必要な一般の生活空間では、使用するのを控えられています。重量感とともに閉塞感が生じてしまうからです。部分的に使うと、空間のメリハリを付けたり、白との配色では明暗のコントラストによってモダンなイメージを生み出すことができます。
 黒を好む人は、芸術性があるとされる一方でナルシストの傾向があるともいわれています。他人との交流には積極的ですが自分の意見を通そうとする特徴があります(写真7)。
写真8 灰の中の色。
灰の意外な素顔
 灰は一般的には嫌う人が多いといわれていますが、事実はかなり異なります。確かに嗜好色の統計では、嫌いな色として茶色とともに上位にランクされています。
 しかし、グラフをよく見ると嫌いな色がないという人の数が80%以上で灰と茶は両者とも10%以内なのです。つまり、人はあまり嫌いな色を意識していないということを示しています。灰を嫌いな人がいたとしても10人に1人ぐらいなので、それほど気にするデータではないのです。
 曖昧な部分があると、白でもない、黒でもない、灰だということでよくないイメージにされてしまったといえます。いわゆる「グレーゾーン」です。「灰色の都会」、「灰色の人生」、「灰色の空」このネガティブなイメージは灰にとってはいい迷惑です。
 無彩色の中で、白と黒は別格で明快なコントラストを見せますが、灰は地味という印象が強い。もちろん白に近い灰や黒に近い灰もあるので、すべてが地味ではありません。派手さがない色は地味という言葉でひとくくりにされています。
 灰の特徴として、派手さがないだけ、刺激がないということです。刺激が少ない色は人の目になじみやすいものになります。灰の空間は意外に落ち着いて、居心地がいいものになります。クールさはまったくありませんが、ナチュラルなイメージをもたらします。
 他の無彩色同様どの有彩色とも馴染むことができます。色味が多い空間に統一感を与えるのも灰の特徴です。ただし、メインカラーにはし辛いため基調色やワンポイント、緩衝帯のように使うのが効果的です。
 仮に空間全体を灰にしたときは、有彩色のアクセントカラーを配色するといいでしょう。
 灰が好きな人は、自然派(ナチュラル)、目立つのが嫌いというタイプです。人当たりがいいので、人間的に厭味がなく、信頼を受けます。控えめでデリケートな傾向にあります(写真8)。
写真9 日本では相変わらず黒の服で溢れている。
無彩色の力
 最近は白い建造物も多くなってきました。白は光の3原色である赤(R)緑(G)青(B)をフルに持っている色です。光そのものなので、太陽光と同じ生理的な影響を与えます。人にとっては不可欠な色であり、人の生きるエネルギーともなっています。
 白も無彩色ですが、その機能は隣接する有彩色の性質をさらに拡大することです。白と赤の配色では赤の生理作用が拡大します。白と青であれば青のセロトニン効果を拡大し清潔なイメージにつながっています。これは無彩色の仲間の黒や灰も同様です。
 白の場合、配色に白が加わると、全体を活性化し、生命感を与えます。たとえくすんでいるかのように見える配色であっても、活性化するため生き生きしているように見えます。白のボリュームが大きすぎると、過剰なホルモンの分泌を防ぐため瞼が閉じます。
 無彩色の最も大きな効果は多くの有彩色がある空間をひとつにまとめる力があることです。有彩色が多くなると空間の一体感が損なわれますが、それを無彩色が補います。白や灰、黒が使われるのは一体感を持たせるためというのがほとんどです。
 色味のバランスがとれないときは、無彩色を使うことでバランスをとることができます。有彩色と合わせた場合、最もバランスがとれるのは黒です。黒を使うと、確かに全体がうまくまとまります。しかもしゃれた感じに見えます。これが、黒が多く使われる理由です。
 黒はRGBが0です。人に何の刺激も与えない色です。これはある意味使うのが楽な色といえます。黒をよく着る人は、楽だから着るという理由をあげます。しかし、危険なのは黒しか着られなくなってしまうというリスクがあることを知っておきましょう(写真9)。
 この現象は建築やデザイン全般にもいえます。黒を使い慣れてくると有彩色の使い方がわからなくなっていきます。黒を使うのは最も簡単なため複雑な有彩色の配色がスムーズにできなくなっていきます。
 デザインの世界では黒を「逃げ色」と呼んでいます。配色に困ったら黒でごまかすという意味です。プロは有彩色で勝負しますが、そのほうが個性を出せるからです。良い形ができても黒を塗ればどれも個性を失います。
 もちろん黒を使った方が効果的な場合もあります。要は色も適材適所に用いることです。白も黒も灰も、慣れすぎると有彩色が使えなくなるという、どこか麻薬に似ているといえます。
 次回、いよいよ配色の手順について解説します。
南雲 治嘉(なぐも・はるよし)
デジタルハリウッド大学・大学院名誉教授、南雲治嘉研究室長(先端色彩研究チーム/基礎デザイン研究チーム)、上海音楽学院客員教授、中国傳媒大学教授 先端デザイン研究室、一般社団法人日本カラーイメージ協会理事長、株式会社ハルメージ代表取締役社長
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業
著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)
カテゴリー:その他の読み物
タグ:色彩