最終目的は健康と成長
色が生理的に刺激を与えていることを赤と青を例に前号で説明しました。多くの色の刺激がすべて解明されている訳ではありません。しかし、わかっている色だけでも、大いにデザインや建築に役に立ちます。色もまたホルモンと関係があることを検証しました。赤と青以外の色のホルモンとの関係については後で触れますが、その前に人だけが持つ五感の刺激が何のために必要なのか、考えてみましょう。
五感の刺激で無駄なものは何ひとつありません。人は絶え間なくこの刺激を受けています。夜寝ているときですら、五感からの刺激を受けています。
これらの刺激は、ホルモンの分泌につながっています。その刺激は情報であり、人の体はその情報を元に体全体のバランスをとったり、リセットを行ったりしています。これは人が生きていく上で欠かすことができない機能です。
その機能に対して色の役割は小さくはありません。五感が単なる感覚を与えるだけものではなく、人の生命活動を展開する上での重要な役割を担っているからです。その役割の具体的な目的を考えればわかります。五感の刺激情報は何の目的のために脳に伝えられているかということです。
その目的のひとつが人の健康を維持するということです。ホルモンのバランスをとり、健康不良な器官を回復させるのも刺激の持つ効果です。バランスが崩れれば、健康は損なわれます。そればかりでなく、病気の原因にもなります。
もうひとつの目的は、成長の促進です。五感による刺激で多くの部位から成長ホルモンが分泌されます。その結果いたるところで筋肉と骨を中心とした成長促進が行われます。成長は年々低下していきますが、死ぬまで必要な刺激です。
色はより健康で健やかな成長を促す生理的な力を持っています。もちろん、精神的な苦痛を和らげたり、よい睡眠が得られるようサポートしたりしますが、それも健康な人生を送るという目的に沿ったものです(図❶)、(図❷)。
健康への刺激「橙」「黄橙」の作用
健康に直接関わっているのが、橙です。橙は660~680nmの周波数の色です。この周波数は脳の視床下部を経て、膵臓に刺激情報が送られます。ここで主にインシュリンが分泌されます。インシュリンといえば糖尿病の治療にも用いられる重要なホルモンです。体内で多くなった糖分の消費を促進させます。アルコールの拒否反応を強めるという働きもあり、糖尿病を患う人には適しているといえます。もちろんこれで糖尿病が完治するわけではありません。橙を見ることで、糖分が減ったり、酒を飲むのを控えたりするのを補助してくれるということです。
インシュリンは体全体にエネルギーを送出するのを促進します。当然、健康な状態が維持されます。橙を見ていると赤とは違う元気が湧いてきます。赤はアドレナリンの分泌を促し、血流を促進することで気持ちの高鳴りが生じますが、橙は健康に必要なエネルギーの供給で元気な気持ちになります。ただ、健康な人は酒を拒否するどころか、不足した糖分を補う分、酒が飲みたくなることもあります。つまり橙の刺激の効果は単一ではないということです。これは他の色についてもいえます。
黄橙は、橙と近い位置にあります。630~660nmの周波数は橙と同時に受けることがあります。ただ、この周波数は視床下部から直接胃に刺激情報が伝えられ、胃でグレリンというホルモンをつくります。
グレリンが誕生すると胃は食欲を感じます。「お腹が空いた」と意識するのはこのグレリンの影響です。松果体は時間がくると胃に刺激情報を送りグレリンをつくり、空腹を感じさせます。よく腹時計といわれていますが、松果体は体内時計のシステムに関係しています。
お昼時に黄橙を見るとより空腹感を増進させます。食欲が減退しているとき、この色で食欲への刺激を高めることができます。食欲を増進させるということで健康へのサポート役を果たしているといえます。
レストランなど飲食店が橙や黄橙を看板などに用いるのはその効果を体験的に知られていたからといわれています(図❸)。
嫌なことを忘れさす「黄」「黄緑」
黄色は有彩色の中で最も明るい色です。この周波数580~630nmの黄は明朗な色といわれてきました。もちろんその明るさに原因があるのですが、最も大きな原因はその周波数による刺激によって分泌されるエンドルフィンというホルモンにあります。ホルモンの中でも、不思議な力を持っているのがエンドルフィンです。脳内麻薬の一種で、正常な働きをマヒさせるホルモンです。これによって、悲しみとか、辛さをマヒさせてしまいます。つまり悲しみを笑顔に変えるのがエンドルフィンであり、黄なのです。
たとえば失恋したときに最も効果的なのは黄を見ることだといえます。人は笑っているときエンドルフィンが最も多く分泌されているということです。笑っているとき、辛いことを忘れているのはそのためです。
黄は人を朗らかにさせますが、黄を見すぎると過剰にエンドルフィンが出て、発作を引き起こすこともまれにあります。
黄緑もまた人をポジティブにしてくれる色です。周波数530~580nmの黄緑の刺激は、主に下垂体での成長ホルモンの分泌を促進させます。成長ホルモンは骨の拡張により身長を伸ばし、筋肉の発育を促進させます。
成長に必要なのは肉体的なことだけではありません。思考力の大元である脳の発達も欠かすことができません。成長ホルモンの果たしている役割はきわめて大きいのです。
前述の通り、成長ホルモンは死ぬまで分泌され続く、人には欠かすことのできないホルモンのひとつなのです。成長していく時期の幼児や子どもにとっては特に十分に分泌させなければなりません。
黄緑は若葉の色です。春から初夏にかけては子どもたちの成長にとって絶好の季節といえます。子どもたちを野原や野山で遊ばせるのは色から見ても大切なことだということがわかります。
子供部屋にはわずかでもいいので目につくところに黄緑を置いてあげてほしいです(図❹)。
再生と鎮静を促す「緑」「青紫」
緑は周波数500~530nmの色です。この周波数は人の細胞の再生に関係しています。副交感神経を経て副腎でアセチルコリンやコルチゾールといったホルモンの分泌を促進させます。これらのホルモンは脳に蓄積された疲労やストレスでダメージを受けている細胞を修復する働きがあります。森林浴は体にいいとか緑には癒されるという言葉をよく聞きます。これまではその根拠を示してくれるものがありませんでしたが、色が持っている生理作用が解明され、その効果の裏付けがとれるようになりました。
疲れを除去し復活させてくれる色ですが、アメリカの病院などでは傷の回復に緑の照明を用いています。緑の電磁波の細胞の再生における効果が応用されています。緑の照明を投射すると通常の3倍早く傷口がふさがれるとされています。このように色は目から入ってくるだけでなく肌からも入ってくるということがわかっています(図❺)。
傷口の回復には赤の血流の促進を利用した治療用照明も使われています。こうした研究はアメリカのハーバード大学医学部が盛んです。結果をすぐに実戦の場で応用するのがアメリカのいいところです。
緑が思慮深い色とか学問の色といわれていますが、根拠はありません。ストレスの解消になるため、思考するのに役立つことは確かです。
青紫は周波数430~450nmの色です。この色の効果は黄橙と真逆になります。つまり、食欲を抑えるホルモンの分泌を促します。視床下部を通り直接胃に刺激情報を与え、オブスタチンというホルモンを生産させるのです。オブスタチンは食欲を抑える効果があります。人は空腹感を感じると不機嫌になります。長時間こらえると集中心が薄れ、いらだちが増します。これは本能的なことで、人は食べなければエネルギーが得られず、そのままだといずれ餓死します。その恐怖が潜在的にあるため、空腹感は歓迎できないものです。
食欲を抑えれば空腹感を感じなくて済みます。空腹感がなければいらだちも収まり集中心が高まります。こうした効果は未来を考える余裕を作るため、未来的なイメージに結ばれやすくなります。青と同じように青年的なイメージや理知的なイメージは集中する作用から生まれていると思われます(図❻)。
このオブスタチンは実は黄橙のグレリンと同質のもので異なる周波数の刺激で性格が違うものになっています。
女性への影響が大きい「紫」「赤紫」
紫は周波数380~430nmの色です。紫は副腎に刺激を与えノルアドレナリンを分泌させます。ノルアドレナリンはアドレナリンと同質のものですが、アドレナリンと真逆の関係にあります。興奮を抑え睡眠に入りやすい状態をつくります。
赤と異なるのは気持ちを高揚させるのではなく、落ち込みしやすい状態にするため、人に不安感を感じさせます。危険への警告とも受け取れる信号を発信します。ある意味不安と恐怖を感じさせる色であり、一般的には忌避する人が多い色です。
皇帝などが用いた理由は、自分を恐れ多い存在に見させるために利用したと考えられます。後に貴族たちも身につけることによって庶民とは異なる存在であると感じさせようとしたのでしょう。それからは貴族的なイメージや上品といったイメージが刷り込まれていきました(図❼)。
紫は覚醒と睡眠にも関与しています。青のセロトニンと同様に目覚めさせるときと睡眠に誘うときに多く分泌されます。睡眠に入るときはメラトニンが影響しますがこのホルモンはセロトニンと同質であり睡眠を誘うホルモンとして有名です。
紫のノルアドレナリンの作用として怒りを増幅させるところがあります。また危険性が高い隣接する紫外線とかぶる部分があり、回避したいと思わせる色になっています。
赤紫は周波数750~800nmの色です。人が色として見られるのは780nmなので、赤と隣接しておりほとんどが赤外線として存在していることになります。この色はスペクトル上には存在していません。しかし、赤の効果と一緒です。視床下部から副腎への刺激でアドレナリンを分泌させています。同時に松果体などにも伝達され女性ホルモンのエストロゲンを分泌させるため、女性的な生理作用が大きいです。エストロゲンについては桃(ピンク)で触れますが、赤紫が女性的に感じられるのはそのためです。気持ちを穏やかに高潮させ、温和でやさしい気持ちを持たせます。
恋心に近いワクワクした気持ちを生み出すホルモンの作用を支えています。多くの場合女性が持つものやファッションに取り入れられています。
若返りを支える「桃」
桃は周波数が確定されない色です。桃というよりピンクといった方がピントくるかもしれません。もちろんスペクトルにはありません。基本的には赤ですが、赤の量を減らすとピンクになります。ピンクは女性にも男性にも重要な色です。特に女性はピンクの力を再認識すべきで、女性の美しさをつくる色といってもいいでしょう。
視床下部を経て下垂体や松果体あるいは卵巣に伝達される刺激情報はエストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンを分泌させます。この女性ホルモンは皮膚や筋肉の若返りを推進します。
ピンクを好きでよく見るという女性10人とほとんど見ないという女性10人を集め、肌の状態調査を雑誌社と組んで行いました。年齢は40~50歳、いわゆるお肌の曲がり角を過ぎた方々です。調査の仕方は肌の状態、保湿などを5段階で評価するものです。驚くべきことにピンク好きの女性のグループの平均4.8ポイント、ピンクを見ないグループは3.1ポイントで圧倒的にピンクを見ている人たちの肌はきれいでした。
肌は30歳を過ぎたあたりから老化や角質化が始まります。女性ホルモンが多い人は若々しさを維持します。これは男性でも同様です。大方ピンク好きの人の肌はきれいです。
もうひとつ、髪の毛も女性ホルモンによって育成されていますが、ピンク好きの男性の髪の毛は老人になっても多いです。髪の毛が薄くなり始めたら、1日に15分以上ピンクを見る習慣を身につけると脱毛をある程度くい止めることが可能です。
卵巣にも影響しスムーズな出産を支えます。そして何より優しさが増加します。語弊があるかもしれませんが女性的になるということです。アメリカやドイツの刑務所の独房はピンクで塗られています。囚人を優しくさせるためです(図❽)。
ピンクによるホルモンの分泌は、エストロゲンやプロゲステロンだけの作用ではなくもっと複雑な生理作用が関与していると考えられています。
デザインに色彩生理を応用する
有彩色11色のホルモンとの関係を見てきました。心理的なものは個人によってかなり異なるものがあります。色彩生理は民族や人種が違っても人間なら皆一緒です。それをデザインに応用することでクライアントの要望に的確に応えることができます。色は1色で使われることは私たちの生活では皆無です。複数の色の組み合わせ、それを配色といいますが、配色することでクライアントの要望するイメージをつくることができます。ひとつの空間が3色で構成されていればその3色の生理的な刺激を受けることになります。
ある色を大きな面積で視野に入れるとすれば、その色の生理的な効果が強まります。配色の仕方についていずれ詳しく説明します。また、ここまで紹介してきた11色の他にも生理的な作用はあります。いわゆる原色を混色して作る2次色の生理的な作用はまだ手つかずで残っています。色彩生理学はまだまだ新しい領域です。しかし、ここにある11色だけでも配色デザインでは大きな効果を上げることができます。
次回は無彩色の効果に迫ります。
南雲 治嘉(なぐも・はるよし)
デジタルハリウッド大学・大学院名誉教授、南雲治嘉研究室長(先端色彩研究チーム/基礎デザイン研究チーム)、上海音楽学院客員教授、中国傳媒大学教授 先端デザイン研究室、一般社団法人日本カラーイメージ協会理事長、株式会社ハルメージ代表取締役社長
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業 著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)
1944年 東京生まれ/1968年 金沢市立金沢美術工芸大学産業美術学科卒業 著書『デジタル色彩デザイン』(2016年)/『新版カラーイメージチャート』(2016年)