世界コンバージョン建築巡り 第21回
バンクーバー──歴史は浅いが、コンバージョンによって人気都市に変容
小林 克弘(東京都立大学(旧首都大学東京)名誉教授)
バンクーバー略地図
はじめに
 カナダ西岸の都市、バンクーバーは、北米有数の国際都市であり、近年ではさまざまな都市人気ランキングで上位に入る。しかし、都市の歴史は浅く、イギリスの探検家ジョージ・バンクーバーが18世紀末に、近辺の測量調査を行ったことに始まり、その後、海上交易や製材産業で成長し、1867年のカナダの独立に伴って、重要性を増した。
 1885年に大陸横断鉄道の終着駅となり、正式名称がバンクーバーとなるが、1886年に大火によって多くの建物が消失した。1914年のパナマ運河完成によって、交易拠点としての重要性がさらに増し、都市再生も進み、1986年の国際交通博覧会の開催や香港返還に伴う中国人の移住の受け入れなどを経て、現在、バンクーバー市の人口は60万人強、都市圏人口200万人を超える都市となった。
 バンクーバーは、歴史は浅いが、急成長を続ける都市であり、近年では、多くの建築の転用活用が都市の人気の向上に貢献している。
バンクーバーの旧市街地ギャズタウンの蒸気時計
 古く見えるが、1977年にカナダの時計職人が街のシンボルとして制作した。1994年には、北海道小樽市に、同じ作者による蒸気時計が設置されている。
2 アルハンブラ
街路側全景。区画一体を商業施設・事務所に転用した事例。通りに面した建築を保存しながら、ヴォリュームを間引くことで区画内部へ人を引き込む。
3 アルハンブラ
ギャスタウンの由来となったギャシー・ジャックの像。1986年に「アルハンブラ」の前の広場に建てられた。
4 アルハンブラ
中庭。テラスやガラスのヴォリュームが増築されている。通りから見えないようにセットバックした中層棟。
5 レイニー・アートギャラリー
街路沿い全景。ギャスタウンに近接するチャイナタウンに残る最古の煉瓦造の元住居をオフィスとアートギャラリーに転用。
6 レイニー・アートギャラリー
街路沿いの棟の屋上庭園。奥に6階建ての既存棟が見える。
7 レイニー・アートギャラリー
奥の棟1階のギャラリーは既存建物の2階床を撤去しコンクリート壁で補強。棟間を内部化して設けられたトップライト。
8 ウッドワーズ再開発
歴史的建築を組み込みながら、ギャスタウン近くの一街区全体の再開発を行った事例。1903年に建設された大型ショッピング・センターを、商業施設、居住施設、文化施設の複合施設としての再開発。
ウッドワーズ再開発(中央)とギャスタウン(左)を展望する。チャイナタウンは、ウッドワーズ再開発の奥に位置する。
9 ウッドワーズ再開発
ウッドワーズ再開発の高層住居棟。既存建築の煉瓦の色に合わせた外壁。
10 ウッドワーズ再開発
ウッドワーズ再開発に残る既存建築。銀行や行政のオフィスに転用されている。
11 ウッドワーズ再開発
ウッドワーズ再開発の中央に設けられたアトリウム。既存建築は手前側にある。
12 バンクーバー美術館
外観全景。旧州立裁判所を、1983年に美術館に転用。改修デザインは、著名なカナダ人建築家アーサー・エリクソンが担当。
13 バンクーバー美術館
エントランス奥にある中央階段室。旧州立裁判所の主要な内部空間を生かす。
14 ラウンドハウス
鉄道車両操車場施設をコミュニティ・センターへ転用した事例。
円形の外部操車場を広場として活用。広場に面した車庫部分は大空間の多目的スタジオ。
15 ラウンドハウス
操車場広場の反対側にエントランスがある。
16 ラウンドハウス
多目的スタジオに転用操車場広場に面した車庫部分。
17 ラウンドハウス
奥の車庫部分は、仕切られて会議室や保育室等のスペースがつくられた。
コンバージョンによる旧市街地の再生
 バンクーバーのダウンタウンの中心として発展した歴史地区は、ギャスタウンと呼ばれる。イギリス人船長で、1867年にこの地区に酒場を開いた"ギャシー"・ジャック・デイトンという人物の名を由来とする。
 ギャスタウンは、1886年の大火後の復興を経て、バンクーバーの中心であり続けるが、第二次世界大戦後は、治安が悪い時期もあった。現在では、治安もよくなり、次々にコンバージョンによる再生がなされている。ギャスタウンのシンボルである蒸気時計(1)は、古いように見えるが、1977年につくられたものである。
 ギャスタウンの「アルハンブラ」(2 - 4)という転用事例の正面に、1986年に「ギャシー・ジャック」の像が立てられた。この事例は、区画一体を、商業施設・事務所に転用した事例であり、通りに面した建築を保存しながら、ヴォリュームを間引くことで区画内部へ引き込む経路を確保し、内部の中庭に面してテラスやガラスのヴォリュームが増築されている。通りから見えないようにセットバックした中層棟を建設することで、容積を確保している。
 「レイニー・アートギャラリー」(5 - 7)は、ギャスタウンに近接するチャイナタウンに残る煉瓦造建築物の住居を不動産会社のオフィスとアートギャラリーに転用した事例である。街路沿いの3階建ての既存建築の西側部分は、中華街で現存する最古の建築であり、1888年に建てられ、その後、1901年に裏側に増築がなされ、全体は住居および倉庫として使用された。元の所有者は、貿易商および白人社会に中国人労働者を斡旋する仕事をしていた人物であり、所有者と4人の妻、23人の子どもが住んだといわれる。部屋の一部は、自らの子どもおよび中華街の子どものための最初の学校として機能し、その部屋は現在では、会議室となっている。奥の6階建ての1階にあるギャラリーの高い天井は、既存建築の床を抜いてつくられ、構造補強として、コンクリート壁が導入された。棟の間の隙間は、部分的に増築されて内部空間化されているが、トップライトを設けることで、ライトウェルとしての役割を果たしている。街路沿いの歴史的な外観や主要な内部空間を補修保存しながら、施設全体を刷新した秀作である。
 「ウッドワーズ再開発」(8 - 11)は、歴史的建築を組み込みながら、ギャスタウン近くの一街区全体の再開発を行った事例である。この街区は、1903年に建設された大型ショッピング・センターであったが、郊外に大型ショッピング・モールが建設されるに伴って次第に衰退していき、1993年に倒産を余儀なくされた。地区全体は、バンクーバー市によって買い取られ、商業施設、居住施設、文化施設の複合施設に再開発された。旧施設は複数の建物で構成されていたが、そのほとんどは解体され、角地に建つ建物が保存され、その通り側の2面ファサードは原の赤基調の煉瓦タイルの外壁として保存されつつ、銀行や行政のオフィスに転用された。新築部分も既存の赤煉瓦外壁に調和させるべく赤基調の煉瓦パネル・鉄骨・金属製パネルを用いて外観を構成する。街区の内側は既存部分と新築部分に赤色鉄骨のガラス屋根がかけられ、その大空間が全体のエントランス・ホールとなっている。
 「バンクーバー美術館」(12、13)は、20世紀初頭に建てられた旧州立裁判所を、1983年に美術館に転用した事例であり、改修デザインは、著名なカナダ人建築家アーサー・エリクソンが担当した。バンクーバーの中心部に立地し、改修に際しては、新古典主義の既存建築の大半を保存しつつ、エントランス部分の増築に加えて、周辺の都市施設とつながる地下道の整備などの都市計画に配慮した大掛かりな改修がなされた。本館内部は、中央の階段室と吹き抜けを中心に展示室を配し、既存の構成や重要な歴史的要素を巧く活用しながら、美術館への転用がなされている。
 「ラウンドハウス」(14 - 17) は、鉄道車両操車場施設をコミュニティ・センターへ転用した事例である。外部操車場を円形広場として生かし、広場に面した車庫部分を大空間の多目的スタジオにして、背後の引き込み車庫部分を会議室や保育室等のスペースに細分化して活用している。木造の小屋組みを既存のまま保持して、経年変化した構成材を空間の魅力として活かしながら、歴史的施設の転用活用を行っている事例である。
18 グランビル・パブリック・マーケット
正面全景。
バンクーバー中心部から湾を挟んだ西側にあるかつての工場島グランビル・アイランドは、コンバージョンにより今や、市民の憩いの場、観光地となっている。グランビル・パブリック・マーケットはその中心施設。
19 グランビル・パブリック・マーケット
内部空間。
20 グランビル・パブリック・マーケット
湾に面したテラスよりバンクーバー中心市街を見る。
21 エミリー・カー大学
工場を教育施設に転用した事例。グランビル・パブリック・マーケットに近接したグランビル・アイランドに建つ。左がコンバージョン棟、右が新築棟。大学の移転に伴い、現在は、別用途に転用されている。
22 エミリー・カー大学
新築棟からコンバージョン棟を眺める。
23 エミリー・カー大学
コンバージョン棟内のエントランス・ホール。
24 エミリー・カー大学
コンバージョン棟内の展示空間。
25 ソルト・ビル
外観全景。製塩工場と倉庫が、イベントホールを経て、レストランに転用されている。
26 ソルト・ビル
内部空間。木造小屋組みと金属製の設備配管が共存する。
27 イクイノックス・ギャラリー
外観全景。重機工場を展示施設へと転用した事例。
28 イクイノックス・ギャラリー
展示室。白い間仕切りで分節されつつも、上部では空間の広がりが感じられる。トップライトを新設することで、ギャラリーとしての照度を確保。
産業建築からの転用事例
 バンクーバー中心部から、湾を挟んで西側に位置するグランビル・アイランドは、元は造船業の工場群や関連倉庫が建ち並ぶ工場島であった。1970年代から、産業の衰退に伴って、島全体の再生が始まり、結果的に産業建築の集積した島全体を、コンバージョンによって商業施設やアトリエ、大学等の用途に転用することに成功し、今や、市民の憩いの場、観光地となっている。
 「グランビル・パブリック・マーケット」(18 - 20)は、その中心的存在であり、内部では木造の架構が表現され、湾に面したテラスが快適な憩いの場所として整備されて、多くの人びとで賑わう施設になった。その近くに建つ「エミリー・カー大学」(21 - 24) は、工場を教育施設に転用した事例であり、メインエントランスから入ると2層吹き抜けのコンコースギャラリーへと繋がる。吹き抜けの周りに教室や工房の諸室が配されており、既存の高い天井とハイサイドライトを活かした転用を行っている。向かいには、新校舎が建てられたが、現在では大学が移転した結果、両施設は別用途に転用されている。
 「ソルト・ビル」(25、26)は、製塩工場・倉庫をレストランへと転用した事例である。2010年に開催されたバンクーバー冬季オリンピックに際して整備され、当初は多目的ホールとして使用された。内部空間は巨大な木造小屋組みが特徴的であり、金属製の設備配管も付加され、線材が強調された内部デザインとなっている。工場の大空間にキッチンや食料倉庫を箱型ヴォリュームとして挿入して機能面での整備を行いつつ、空間に適切な分節を与えている。外部には対面する広場に開放できるテラスが設置され、地域の拠点としての雰囲気を生み出している。
 「イクイノックス・ギャラリー」(27、28) は、郊外に位置する重機工場を展示施設へと転用した事例である。既存の大空間を展示スペースとして活用するため、低層部は白い間仕切りで分節されているが、上部では空間の広がりが保持されている。天井には元々の機器類を保存して工場としての記憶を残しつつ、トップライトを新設することで、ギャラリーとしての照度を確保している。
29 シティ・スクエア
20世紀初頭に建設された2棟の学校を商業施設に転用した事例。正面。右が既存建築。
30 シティ・スクエア
側面。既存建築2棟の間に、十字形平面のガラスのアトリウムが挿入されている。
31 シティ・スクエア
アトリウム内部。既存建築の背面が、内部壁面として利用される。
32 マウント・プレザント長老派教会
外観。教会全体が、増築を伴って集合住宅に変貌。
33 マウント・プレザント長老派教会
塔の左がエントランス、右は増築棟。
34 バークレイ・メイナー地区
バンクーバーの中心部北側のかつての郊外。19世紀末から20世紀初頭に建てられた高級住宅群数棟を保存しつつ転用活用している事例。高級住宅が、病院に転用された後に、現在ではシニア向けコミュニティ・センターに。
35 バークレイ・メイナー地区
ハウス・ミュージアムとして保存公開されている住宅。
郊外での転用事例
 「シティ・スクエア」(29 - 31)は、20世紀初頭に建設された2棟の学校を商業施設に転用した事例である。既存棟と増築棟の間に十字形平面のガラスのアトリウムを挿入して一体の建築とすることで、ユニークな商業施設を生み出すことに成功した。アトリウムでは既存施設の外壁が内壁として利用され、その壁面とガラスが新旧の対比を創出している。アトリウムと既存施設を接続するために既存施設に穿たれた大きな開口部には、構造補強を行うなど、既存施設を有効に活用するための工夫が随所になされている。
 「マウント・プレザント長老派教会」(32、33)は、ロマネスクとゴシック双方の特徴を持つ折衷様式の教会堂が管理運営できなくなったことで、1989年には劇場となり、さらに、1994年に集合住宅へと転用されたという独特の転用履歴をもつ。集合住宅への転用に際して、教会堂の脇に4層の増築棟が建設されている。元の教会堂のエントランスが集合住宅の入口としても活用されており、礼拝堂内部も集合住宅の一部として利用されている。
 「バークレイ・メイナー地区」(34、35)は、現在では郊外といえないが、バンクーバーの中心部北側のかつての郊外において、19世紀末から20世紀初頭に建てられた高級住宅群数棟を保存しつつ転用活用している事例である。数棟の住宅の内、規模の大きい高級住宅が、病院に転用された後に、現在ではシニア向けコミュニティ・センターとして利用されている。別の棟は、ハウス・ミュージアムに転用されて、当時の生活の様子を今日に伝える場所として活用されている。
まとめ
 バンクーバーは、本連載で取り上げた都市の中でも、最も歴史が浅い都市のひとつであり、この数十年の都市整備によって、評価を大きく高めた都市である。この都市整備に際して、旧市街の再生や産業地区の更新において、コンバージョンが果たした役割は大きい。
 バンクーバーの転用事例にはふたつの特徴が見て取れる。ひとつは、木造の既存建築を活用した事例が多く、木の持つ素材感と架構をそのまま意匠的に活用しているという点である。製材の街として始まった、バンクーバーの歴史が反映された結果であろう。もうひとつは、既存建築への増築や既存建築を組み込んだ大規模開発も多く見られる点である。単体のコンバージョンに加えて、コンバージョンの有用性を引き出すさまざまな建築的工夫がなされている。既存建築の歴史が浅いこともあって、こうしたさまざまな建築的工夫を試すことができるのであろう。
小林 克弘(こばやし・かつひろ)
東京都立大学(旧首都大学東京)名誉教授
1955年 生まれ/1977年 東京大学工学部建築学科卒業/1985年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士/東京都立大学専任講師、助教授、教授を経て、2020年3月首都大学東京大学院都市環境科学研究科建築学域教授を定年退職/近著に『建築転生 世界のコンバージョン建築Ⅱ』鹿島出版会、2013年、『スカイスクレイパーズ──世界の高層建築の挑戦』鹿島出版会、2015年など