2020年新春特別対談
東京の未来にむけて
丸川 珠代 (参議院議員(東京都選挙区)、東京都建築士事務所協会顧問)
児玉 耕二(東京都建築士事務所協会会長、江東支部、株式会社久米設計)
対談風景。2019年11月12日、参議院議員会館にて。
東京の素晴らしさを世界に発信したい
児玉 耕二●令和になって初めての新年を迎えるにあたり、本会の顧問にご就任いただいた丸川先生にお話をうかがいます。これからの東京のまちづくりの向かうべき方向と、われわれ建築士事務所に求められるものについてうかがっていきたいと思います。
丸川 珠代●東京を選挙区として参議院に選出されている議員として、東京のまちづくりになくてはならない建築士事務所協会の皆様に顧問に選んでいただいたというのは、ほんとうに光栄なことだと思っております。特に昨年はラグビーワールドカップ、そして今年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックと、まさにここから東京の新しい未来が開けていくというときに、皆様方と一緒に仕事をさせていただけるというのは、夢と希望に溢れることだと思います。
 昨年のラグビーワールドカップですが、たいへん高い評価のできる大会で、まさに大成功だったと思います。私はもともとテレビ関係の仕事におりましたので、視聴率のことでいいますと、ラグビーの中継で40%代の数字を出せるということは誰も想像していなかった。特に日本とスコットランド戦だったと思いますが、最高瞬間視聴率が53%を上回りました。観客動員数も大会全体で170万人を超え、ファンゾーンにも100万人を超えるお客様が訪れたとのことです。よかったのは日本の各地方都市にも多くの方が足を運んでいただけたこと。世界の皆様が日本の文化のよさや、日本がいかに安心安全な国かを知っていただけたこと、まさに台風が通過したときに選手の皆様も観客の皆様もおられたわけですので、その災害対応能力の高さというものを実感していただけたのではないかと思います。
 今回は特に、鶴見川の多目的遊水池の中につくられた横浜国際総合競技場が立派にその機能を果たしたということが感動的でした。人工地盤の上に建つ高床式のスタジアムとのことでしたが、川の氾濫を防ぐ遊水池として機能しながら、暴風雨の翌朝には準備が進んで日本対スコットランドの試合ができたというのは、設計の妙と緻密な施設の管理の恩恵につきるもので、これは素晴らしいことだと思います。
 ここから今年の東京オリンピック・パラリンピックに向かって、日本のまちの素晴らしさを世界に発信していきたいと思います。都市間競争が進んでいく中で、このオリンピック・パラリンピックの機会を東京の国際競争力を高めるためにも大いに活用していきたいという思いです。
虫の目でまちの課題を把握し、鳥の目で都市を俯瞰する
児玉●私も東京に長く住んでいて、これからも住み続けたいと思っています。ただ住んでいらっしゃる方にとっては、未来に向かってもう少しよくなってほしいところはたくさんあるでしょう。それに対してわれわれが少しでも貢献できたら、という気持で東京の未来を見つめています。
丸川●未来を見つめる上では、住んでいる人のまちの中の目線、いわば虫の目と、都市全体を俯瞰する鳥の目の両方が必要だと思います。その意味では、建築士事務所の皆様方は、行政とも密にコミュニケーションを取りながら、個々のお客様のさまざまな願いを聞いておられる。まさに虫の目で見たまちの望みや課題を把握しながら、行政が考える未来の姿、そこにはいろんな制約がありますが、そういうものをどちらも把握していらっしゃるという意味では、非常に大切な専門家だと思っています。
 皆様方に今後、ご期待を申し上げたいことのひとつは高齢化への対応、これはユニバーサルデザインの深化です。加えて、高齢化が進む中で防災のあり方も考えていかなければいけません。阪神淡路大震災以降の首都の防災を考えるには地震が主たる課題はあったわけですが、昨年一昨年と西日本と東日本が台風により甚大な被害が出るなかで、それぞれ別々のものととして考えられていた環境問題と国土の問題の防災が、これからは一体として考えなければならない問題として取り組み始められています。安全安心を、防災の側面、環境の側面、そして高齢化の側面から見ていただけるような、3つのまちづくりのデザインで考えていただけたらと思います。
児玉●防災は災害時の対応だけではなくて、平常時から気をつけること、あるいは、親しむことで、初めていざという時に役立つものがたくさんあります。災害に備える一方で、今言われた虫の目という意味では、みんなでまちの中で生きていることを自覚して、助け合う工夫が必要だろうと思います。中には、災害への対応を通じてコミュニティがよりまとまることもあります。昨今の水害でも、普段知らなかった人に避難所でお目にかかって話をすることができたということもあったようですが、やはり普段からのコミュニケーションの中で、まちの防災をつくっていくことが必要だと思います。
マンションの課題を地域の課題として
丸川●今後マンションに住む人の高齢化が進む中で、住民のお互いの意思疎通ができているか否かでその後のマンションの未来が大きく変わると思います。私も築45年を越えて大規模修繕について議論してきたマンションに住んでいたこともあり、マンションの住人の中でのコミュニケーションに加えて、マンション個々の課題を地域の課題として、行政や、地域に携わる皆様が捉えてくださるかどうかがたいへん重要だと実感しています。
児玉●まさにその通りで、戸建住宅のまちだと、道路や街灯は行政が整備するわけですけれど、それがマンションの敷地内や共用廊下となると、マンションの管理組合など、マンションだけで運営することになる。ただこれだけマンションが増えてくると、その共用部分はまちづくりの一環として考えないといけないのではないか。そこに行政がどのように関与できるかとともに、マンションの管理組合や住人の方が、そこはみんなのまちなんだという意識を持っていただくことが、これから必要になってくるのではないでしょうか。
丸川●長期修繕計画の作成ガイドラインとその標準様式を、国は平成20(2008)年に示して、マンションでは長期修繕計画を備えてくださいと発信したわけですが、現実問題として専門家がいなければ実際の現場に適用することがなかなか難しい。そう考えますと、建築士事務所協会の皆様が、地域の目になってそれぞれのマンションに力を貸していただかないと、いざという時に大きな出費が上積みされてしまうことになります。ここは建築士事務所協会の皆様に大いに期待しております。
児玉●中長期の修繕計画の策定の考え方は技術的にはあるのですが、どうしても費用の問題がいちばん大きくのしかかってきますので、そこをブレークスルーできるモデルづくりが必要です。事例がたくさん出てくればそれを参考に、それぞれのマンションの状況に応じて応用するということができると思います。今はまだハードルが高くて超えられないという事例の方が多いようです。それをなんとかひとつでもふたつでも超えながら、それが次の参考になっていけばいいと思っていますし、われわれもそれについて本格的に対応しなければいけないと考えています。
丸川●われわれ議員の間でも、まず合意形成の難しさというところに対して、法律をもって対処できないだろうかという議論をしているところです。まだまだ課題を抱えたまま動けないでいる事例が多い中で、個々のマンションの課題を地域の課題としても捉える方向で、どんな解決が見出せるかを、国として丁寧に事例を見ていく方向へもっていければと考えています。
空き家問題
建築士事務所をハブに住民に丁寧な対応を
丸川●空き家の状況を改めて見ますと、23区でも多摩地域でも10軒に1軒は空き家というのは、驚くべき数字ですね。東京に住みたい、住み替えたいという需要がある中で、ストックが有効に生かされていないというのは、これから大相続時代がやってくる中で、多くのさまざまな専門家の皆様の力を借りなければ解決できない大きな課題だと思っています。
 自分が住んでいる家にどんな法律の規制がかかっているかを理解されている方は少ないと思いますので、いざ相続に直面してみて、初めて建築規制や資産評価の問題、耐震診断や適切な維持管理のために誰の手を借りなければならないのかなど、次から次へ課題があることを認識します。これを、それぞれ個別の専門家に聞きながら進めていくというのは、一住人にとっては容易なことではありません。これをぜひ、建築士事務所の皆様方にハブとなっていただいて、所有者と向き合うことをお願いできたら嬉しいです。
児玉●東京都建築士事務所協会には各市区に対応した支部があり、いくつかの支部では「11士業」など建築士を含む専門家が集まって相談に応じたり、防災に取り組んでいます。その活動を見ていますと、建築士というのは、さまざまな問題を総合化することに長けているところがあります。相談に来られた方に、「それは相続の話なので弁護士に相談した方がいいですよ」とか、あるいは「それについては土地家屋調査士に調査してもらってください」と対応することがすでに動き始めています。今後はそれをより推進していきたいと思っています。
丸川●ワンストップはいちばんありがたいことで、建築士事務所協会の皆様が実際の現場で日々見ておられることは、たいへん幅広いものと理解しています。ぜひお力をお借りしてこの大相続時代を乗り越えていきたいと思います。
まちとの関係の中で考える
児玉●空き家問題も、その所有者が抱えている問題に真摯に対応していくとともに、まちの中にある空き家の存在を考えていくと、それをまちづくりに活かすことが可能なこともあります。空き家の解決も、まちとの関係の中で考えていきたいと思っています。
丸川●家の価値は、どんな家かということと、どこにあるかということだと感じています。ただ、どこにあるかということは、今までは、既にある価値にどう乗るかであったと思うのですが、まちをつくることにもっと積極的に関わっていく気持が所有者に芽生えてくるといいのかなと思いますね。
児玉●それはものすごく重要だと思います。自分の家だけなんとかすればいいという考えではなくて、隣近所を含めて家が成り立っていることを意識されている方は増えていると思いますし、先ほどの話にもありました防災に関する意識もその延長にあります。その中でわれわれも貢献できればと思っています。
公共施設の建て替えについて
丸川●公共の施設の建て替えがこ既に各自治体で進み始めています。自治体にとっても高齢化によって福祉の方向に財政支出が伸びていく一方で、施設の更新を進めないわけにいきません。防災拠点にもなる重要な施設を抱えている中で、施設の機能の見直しと、対応するエリアの見直しが連動していく時代だと思います。これについても行政にとって建築士事務所の皆様は、非常に頼りになる存在だと思います。23区および多摩地区で皆様方が関わられている中で、この公共施設の建築についてはどのようにご覧になっていますか?
児玉●たとえば、かつては学校は学校としてつくっていましたが、その建て替えには、23区は土地がないこともあって、小学校をつくるならそこに図書館や、児童館、地域のコミュニティ施設を併設する動きがあります。
丸川●古くなったプールを温水プールにバージョンアップして地域に開放する動きもありますね。
児玉●再利用が可能な建物の躯体を残してコンバージョンによって新しい施設に生まれ変わる例も増えています。
丸川●私たちも、できる限り地域にとってよりよい選択ができるように、柔軟な対応ができるような補助や支援を目指していかなければいけないと思っております。好事例といいますか、東京ならではの課題を解決できるような方向をぜひお示しいただければありがたいと思っています。
 私は介護の分野に力を注いでいますが、東京で団塊の世代の介護が必要になり始めるのが5年後から10年後であり、その需要を受けとめるには、都心においても小規模施設がいくつもまちの中にあるという地域を実現していかなければいけません。それに向けて規制も変えていかなければならないと思っているところです。ぜひ、まちづくりのプロにお力添えをいただいて、地域の特性に合ったものを用意していきたいと思っています。
児玉●長い将来を考えたとき、われわれはスケルトン・インフィルという言い方をしますが、構造躯体をしっかりとつくりながら、その中の使い方はいろいろ変えられるというシステムが考えられます。5年後10年後に向けてそういった施設をつくったとしても、さらに20年後、30年後に需要が変わったときに、中を変えられることが必要だと思います。技術的にはいろいろ進歩していますので、それは可能だと思います。
バリアフリー都市東京へ、都市景観と防災
児玉●最近東京が世界から評価されていることのひとつに、まちがきれいだということがあります。きれいというのは、統一性という意味合いと、足もとを見れば人が歩きやすい、あるいは親しみやすい工夫がなされているということではないか。その意味ではまちにはきちっとした骨格と馴染みやすい個性の両方が必要なのだと思っています。
 今、東京オリンピック・パラリンピックという更新の機会に、都市構造のなかでもバリアフリー化が進んでいます。1964年の前のオリンピックのときは、道路をつくる、インフラをつくることが主眼であったといえますが、今は、インフラの部分はリニューアルの時代になって、新しい価値観で変えていく。つまり、日本橋の上の首都高速のあり方を考える時代になっています。今は工事中でたいへんですが、鉄道駅やその周辺のバリアフリー化はすでにものすごい勢いで進んでいますね。
丸川●私が東京オリンピック・パラリンピック競技大会担当大臣のときに、ユニバーサルデザイン行動計画をつくって、国土交通省の皆様に大いにご協力いただきました。いまそれが皆様のところに届いている状況かと思います。
児玉●まさに届いてきて、ずいぶんきれいになった、わかりやすくなったと思います。
丸川●政府としても2030年には6千万人の外国人観光客をお迎えしたいといっています。それにはまさにユニバーサルデザインで、また日本に、東京に来たいと思ってもらえるまちをつくることが要だと思います。
児玉●国内的には高齢者、身体障がい者の方も楽しめる、参加できるまちにすることに目の届く時代になっています。さらに、景観の問題、緑地の問題も重要です。都市の魅力というと都市機能やイベントに目が行きがちですけれども、住むまちと考えると、憩いの場となる緑地やきれいな川など環境的な側面が何より重要であり、そこに都市防災が併せて整備されることで、もう一段上のまちづくりが進むのだと思います。
丸川●都市景観に緑や水辺を生かしながら、そこに防災の機能を持たせるということは、潤いのあるまちづくりにとって大事な考え方だと思います。
児玉●最初に丸川先生が言われました虫の目と鳥の目で見た東京がつながるようなまちづくりが進むことに期待したいですし、それに対して私たち建築士事務所としても力を尽くしたいと思っています。
本日は貴重なお話しをありがとうございました。
丸川珠代(まるかわ・たまよ)
参議院議員、東京都建築士事務所協会顧問
1971年 兵庫県生まれ/東京大学経済学部卒業後、(株)テレビ朝日入社/2007年 参議院議員初当選(東京都選挙区)/2015年 環境大臣・内閣府特命大臣/2016年 東京オリンピック・東京パラリンピック担当大臣/現在、参議院議員3期目(東京都選挙区)
児玉 耕二(こだま・こうじ)
東京都建築士事務所協会会長、江東支部、株式会社久米設計
1951年 宮崎県生まれ/東京大学大学院修士課程修了/1976年株式会社久米設計入社/同取締役副社長を経て現在、同監査役/2017年11月に一般社団法人東京都建築士事務所協会会長に就任
タグ:対談