VOICE
田口 吉則(東京都建築士事務所協会会誌・HP専門委員会委員長、江戸川支部副支部長、株式会社チーム建築設計)
まち歩きの楽しみには、建築を職業にしている者の特権がある。たとえば魅力ある建物を見つけたときは立ち止まり、しばし眼福を味わうことができるし、仲間同士ではあれやこれやと建築談義に花が咲く。
ひと駅前で降りて住宅地を歩く。サイディング張りの乾いた風景が続き、アクセントを与える各家の鉢植えの緑がせめてもの救いだ。そこでひとつ気になる建物を見つけた。こんな会話が想像できる楽しい住宅だ。(設計者)「図面1式できました。外観はこんな感じになります」/(施主)「いいですけれど、道路側のほうをかっこよくできませんか?」/「わかりました。頑張ります」/後日:「この窓を出窓にして、庇でアクセントをつけました。そしてこのタイルを貼ります」/「すばらしいですけれど、予算オーバーになりませんか?」/「……そうですね。もう少し考えてみます(設計料そんなに貰ってないのになあ)」/後日:「このタイルを横に1段貼ってアクセントをつけます。予算範囲内に納まります」/「こんな色のタイルを貼って目立ちすぎないですか? 他にやられたことはあるのですか?」/「初めてですけれど大丈夫だと思います」/(施主妻)「面白そうだからやってみましょうよ!」。1本の線(アースカラーの4色のレンガタイル)を外壁にいれるのに、少し勇気が要っただろう。外壁前面のエクテリアのブロックと植木とのバランスもいい。
「渡辺篤史の建もの探訪」(テレビ朝日)の渡辺篤史さんは、ある座談会で「これから日本の風景がどのようになっていくかは建築家の責任である」と述べていた。頭の痛い課題だ。風景をつくっているのは建築雑誌に載るような建物ではなく、ごく普通の建物である。どうすればいいのだろうか? それぞれの建物には必ず設計者がいて、たぶん差し障りのない「デザイン」をする。安い設計料と業務量の増加のなかで。そこでは葛藤もあるだろうが、少し頑張って、設計者の思いを伝えられるような建物が増えたら、まち歩きがもっと楽しくなると思うこのごろである。
来月号からデジタルハリウッド大学名誉教授の南雲治嘉先生の連載が始まる。南雲先生はデザイン理論・表現技術・色彩などの分野で新理論を打ち立て、研究と実践を行っている。皆さんの脳をきっと刺激してくれると思います。
田口 吉則(たぐち・よしのり)
東京都建築士事務所協会会誌・HP専門委員長、江戸川支部副支部長
1953年東京生まれ/(株)チーム建築設計代表取締役
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