代々木の空
思い出のスケッチ #289
河野 有悟(東京都建築士事務所協会台東支部/河野有悟建築計画室)
 東京には広い空がとても少ない。よく言われていることで、建築の専門家によらずとも耳にする機会は少なくない。高いビルに登って周りを見渡すと、地平線までびっしり建物で埋め尽くされている。大きな空地には大きな空がある。空地を確保するということは、「空」を確保するということにも繋がる。
 スケッチは国立代々木競技場。メインの第一体育館と背後の第二体育館が、位置をずらして並んでいる。描いたのは二〇数年前で、一九六四年と二〇二〇年のふたつの東京オリンピックのほぼ中間期にあたる。五〇余年間にわたる東京周辺の変化をイメージするとき、その前半は、余白の土地が少なくなることで「空」が少なくなった。後半は、建築や街区の更新の時期にかかり、建築は高さを増し、既に切り取られていた空もさらに狭くなる。空と共にあった屋根のつくる風景も今はない。
 国立代々木競技場の屋根の持つ存在感や、その建築が生み出す風景については、十分に語られてきているが、今、このスケッチを振り返ると、ゆったりとしたオープンスペースに空と共にある「屋根」の存在が「空」をより感じさせているのかもしれないと、改めて思われた。何もない空よりも屋根と共にあることで、人の上に広がる「空」という存在がはっきりと感じられるのかもしれない。
 二〇数年前、圧倒的に広い場所でイーゼルにパネルを立て、暑い七月の空の下で建築写生をしていた。一万人以上も入る建築を前に、その存在をゆったりとひきうける空地があって、あれだけ大きなボリュームに対してしっかり距離をとって望むことができた。空地のおかげか屋根の存在か、ここでの空は五〇余年間にわたる都市の変化の影響がとても少なく感じられる。
河野 有悟(こうの・ゆうご)
建築家、河野有悟建築計画室代表
東京都生まれ/1995年武蔵野美術大学建築学科卒業/1995-98年早川邦彦建築研究室/1998-2002年武蔵野美術大学建築学科助手/2002年-河野有悟建築計画室