社労士豆知識 第40回
意外と知られていないパワハラ事件その後の話
松澤 晋平(松澤社会保険労務士事務所)
勤務間インターバル制度導入イメージ
厚生労働省「勤務間インターバル制度」ページより転載
 平成26(2014)年夏ごろの話ですが、大手エステティックサロンA社の代表によるパワハラ時の録音とされる音声記録が労働者側から公開され、一時、新聞やニュースで話題となったことがありました。労働者に対して、「この業界の実態では労働基準法に沿わせたら絶対に会社が成り立たない」、「誰も知らないでしょ36協定」、「残業代を払わないが、がんばった分を払う」といった、当時社労士受験生だった筆者にとって、とんでもない経営者もいたものだと思わせる発言を行ったものでした。
 A社代表が世間からバッシングを受ける中、同業他社のB社は法令遵守を掲げ、A社代表の発言を真っ向から否定するようなコンプライアンス重視の自社の取り組みをアピールし、ホワイト企業として企業評価を向上させました。B社は厚生労働省が推進する、働く方々の健康確保とワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の推進における「勤務間インターバル制度」の自主的な導入企業として、同省発行の導入事例集に掲載されています。
 なおB社の勤務間インターバル制度の導入はエステ業界内では初の導入で、業務終了後9時間の休息を義務付け、休息時間が11時間とれない日が月11日超の場合には健康指導、業務変更、異動などの措置を行うのだそうです。
 そんなコンプライアンス遵守をアピールし続けるB社の一方で、その後のA社はどうなったのでしょうか?
 この件は後日、適切な労働時間管理と残業代の支払について労使間で和解が成立しています。その後のA社は変わらずB社同様大手企業として業界ではよく知られた会社としてあり続けています。何か大きな改革をしたのでしょうか、それとも騒ぎが収まっただけで実は何もしていないのでしょうか?
 そんなA社パワハラ事件の後日譚が、ある地方新聞にA代表執筆の連載コラムの中にありました。実はA社は、この事件の後でドラスティックな人的および組織的な変革を行っていたのです。
 A代表はこの事件を境に、職人気質でつくり上げた従業員個々人の物事の考え方や、会社の体質の見直しに取り組みました。空き時間に行う技術修練で技術差が発生するような研修体系を見直しや、女性従業員の多い会社組織として、妊娠、出産、育児、介護にともなう環境変化や、技術者で成り立つ人材集約産業では特に影響を受ける少子化に伴う働き手の減少に対応すべく、労働時間や休憩時間、休日、休暇、休業、復職、福利厚生のあり方の見直しを通じた、働き方改革に着手したそうです。事件からおよそ4年で産前産後休業や育児休業の取得率を飛躍的に向上させたとありました。A社は店舗数100店舗以上従業員数1,000名ほどを擁する企業ながら、企業イメージが大幅に変わるほどの取り組みを、4年という短期間で実施したことになります。
 そんなA社のドラスティックな人的・組織的変革の根幹には、A社代表自身がプレイヤーであった時の職人マインドが、時流や経営者としては求められていないということに自らが気づくという「気づき」があったとコラムにはありました。
 企業の実態だけでなく、イメージまでもがドラスティックに変化するような改革の取り組みの実施の第一歩は、企業トップの問題や固定観念への気づきと、これまでの積み重ねに対する意識変革がキーとなるのかもしれません。
松澤 晋平(まつざわ・しんぺい)
特定社会保険労務士
専門学校・社会人向け職業訓練スクールでキャリアアドバイザーとして従事/2016年に社労士登録。個人向けのキャリア相談を中心に支援活動を行う
カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士