VOICE 『コア東京』2017年5月号編集後記
田口 吉則(東京都建築士事務所協会編集専門委員会副委員長、江戸川支部副支部長)
「眺めのいい部屋売ります」は、熟年夫婦が45年間も住み慣れた家を売って新しい住居を得ようと奮闘する数日間を描いた物語だ。ニューヨーク・ブルックリンのアパートメントに新婚以来暮らしている老夫婦は、5階の部屋で眺めも日当たりも良く、気に入った物件なのだが、エレベーターがないためこれからの生活に不安を覚え、家を売ると決断する。
実はこの話、米国では一般的ではないようだ。米国では、6〜7年で住まいを変える傾向があり、年間の新築住宅の戸数よりも中古住宅の売買戸数の方が圧倒的に多く、約8割に達する。一方日本では、中古住宅の売買戸数は約15%(平成25/2013年)ほどにすぎない。
「もったいない精神」が根付いている日本で、なぜ既存住宅を生かすのではなく、建て替えて「スクラップ&ビルド」を繰り返すのであろうか?
住み替えが頻繁な米国では「住宅は投資」という意識が強く、買ったら終わりではなく、高く転売できるように購入後はメンテナンスするのが常識だ。一方日本では、減価償却期間が短いため、建物はいずれ無価値になるという前提に立つから、ぎりぎりまでメンテナンスはしないし、グレードアップのリフォームもしない。「住宅すごろく」で住宅購入は、米国:スタート、日本:ゴールである。
日本では床の間の季節の飾り、畳替え、障子や襖替えなど建物と生活をリフレッシュする文化がある。和室がなくなりそれらは失われつつある今、私たち設計者は住人が楽しんで、その住いの資産価値を上げ長く保全していくような提案をしていかねばと思う。
冒頭の話、「愛犬の病気」と「近所のテロ騒動」が同時進行してスリリングな展開となる。そして5千ドルで購入した家がオークションで96万ドルの値が付いたが……。結末は本と映画(DVD)では大きく異なります。
ジル・シメント著、高見浩訳、小学館文庫、2015年
田口 吉則(たぐち・よしのり)
東京都建築士事務所協会編集専門委員会副委員長、江戸川支部副支部長、株式会社チーム建築設計
1953年東京生まれ/株式会社チーム建築設計代表取締役/東京都建築士事務所協会編集専門委員会副委員長、江戸川支部副支部長
記事カテゴリー:その他の読み物
タグ:VOICE編集後記