「東京消防庁からのお知らせ」15
オリンピック・パラリンピック施設等における防火・避難対策──第22期火災予防審議会(人命安全対策部会)答申概要
東京消防庁予防部予防課
火災予防審議会について
 火災予防審議会は、東京都の火災予防条例第55条の6に基づき、火災の予防上必要な事項を調査審議する知事の諮問機関である。審議会では専門の事項を調査審議するために部会を設置することができ、現在、「人命安全対策部会」及び「地震対策部会」の2つの部会が設置されている。
 第22期審議会の人命安全対策部会(部会長 長谷見雄二 早稲田大学教授)では、平成27年5月25日に東京都知事から諮問された「オリンピック・パラリンピック施設等における防火・避難対策」のあり方について審議検討し、平成29年3月29日に答申がなされた。
 答申の概要は以下のとおりである。
審議の趣旨
 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会という。)のオリンピック・パラリンピック施設等には、新築されるもの、既存の競技場等を改修して使用するもの、仮設施設として設けられるものなど、さまざまな施設がある。これらの施設等は、外国人や障がい者など、多様で多数の観客が短期的かつ集中的に利用することから、災害発生時の避難対策について検討が必要である。
 オリンピック・パラリンピック施設等の防火安全性は、原則、現行法令が適用されることにより確保されるものであるが、それが難しい場合も想定される。
 これらの諸問題を踏まえ、施設に関係する全ての人の防火安全を確保するために、推進すべき対策について審議した。
推進すべき対策
 本答申で提言する対策は、平成28年2月19日に公表した中間報告を経て、更に審議・検討したものである。
 中間報告後の部会では、各対策に実効性を持たせる方策が必要であり、組織体制や各種の事前計画が重要であるとの意見が多数あった。そこで「各対策に実効性を持たせるための組織体制及び消防計画」を加えて、以下の4つの対策にまとめた。
 また、本答申で提言する対策の実施者は、以下のように定義した。
1 防火関係の対策
 オリンピック・パラリンピック施設等は、法令基準を順守することにより基本となる施設等の防火安全性が確保されるべきである。
 その一方で、仮設施設等で法令基準によることが困難な場合は、他の設備・機器の設置及びそれらを有効に活用するための防火管理・消防計画等を組み合わせた代替策により補完し、法令が要求する従来の防火安全水準を確保する必要がある。
 さらに、以下の対策を加えて防火安全性を確保していく必要がある。
(1)出火防止及び延焼拡大を抑制する対策
ア 火気の管理を徹底する。
 競技場等の観覧施設では、喫煙、裸火の使用、火災予防上危険な物品の持ち込みが制限されている。大会運営者は、これらの事項を全ての観客に周知し、順守させる必要がある。
イ 可燃物の管理を徹底する。
 可燃性のごみ等は火災時の延焼媒体となりうる。施設関係者及び大会運営者は、ごみの回収場所、収集方法等について事前に定めるなど防火上の対策として、可燃物が滞留しないように管理を行う必要がある。
ウ 競技場内の火気設備・器具及び電気設備・器具からの出火防止及び延焼拡大を抑制する。
 火気設備・器具及び電気設備・器具から出火する可能性は常にある。競技場内への機器の持ち込みや使用状況等を施設関係者が把握し管理する体制が必要である。
 また、設計者、施設関係者及び大会運営者は火災が発生した場合でも、延焼拡大しないように消火設備の設置や防火区画等で対策を講じる必要がある。
エ 観客の手荷物からの出火を防止する。
 競技場等の観覧施設に持込みが制限されていない物品でも、発火源になりうるものがある。消防機関はこれらの物品の安全な使用方法等の普及啓発を進める必要がある。
オ 演出に伴う火気使用による出火を防止する。
 大会運営者は、開閉会式などのイベントの計画段階から、火災予防条例に基づき、早期に消防機関と協議を進める必要がある。
カ 一時的な施設、仮設施設からの出火を防止し、避難安全を確保する。
 消防法令では、一時的なもの、仮設のものであっても、法令基準に適合させるのが原則である。
 しかし、仮設施設の場合、短期的な使用を考慮するとスプリンクラー設備等の固定消火設備の代替策を検討することも必要となる。
 その際、設計者や大会運営者は、他の設備・機器の設置及び、それらを有効に活用するためのソフト対策を組み合わせた代替策を検討し、消防機関等と協議する必要がある。消防機関等は、その代替策により防火安全性を適正に維持できるか評価しなければならない。
キ 危険物の貯蔵、取扱いに関する安全対策を講じる。
 競技場内に設置される危険物施設の他に、競技運営や報道などの継続に必要な電源確保のため、競技場の屋外スペースに非常用の発電設備が多数設けられると想定される。
 設計者や大会運営者は、危険物施設等の設置位置を観客が通常通行する場所から遠ざけるなど、設計段階から考慮していく必要がある。
ク 競技場で使用する椅子、日よけ、看板、装飾品等は可能な限り燃えにくいものとする。
 観客の手荷物から出火した場合や観客がライターで放火を試みた場合に着火しにくく、万一着火しても燃え広がりにくく、大きな火炎とならないなどの燃えにくい椅子を選択することが、出火防止及び延焼拡大抑制のために必要である。
図1 従来の椅子と燃えにくい椅子の燃焼実験
(2)早期発見と迅速な初期消火を行うための対策
 競技場を含めた防火対象物には、消防法第17条に基づき、各種消防用設備等が設置される。これらの活用を前提として以下の2項目を提言する。
ア 消防用設備等以外の設備・機器から得られる情報を活用する。
 競技場内には、消防用設備等以外にもITVカメラや各種センサーが設置され、得られた情報は防災センター等に集約される。大会運営者は、これらの情報を活用して、火災の早期発見等を図るべきである。
 消防機関も、消防法に基づく消防用設備等に限らず、火災発見のために有効であるならば、新しい技術を取り入れていく姿勢が必要である。
イ 各種設備・機器の管理方法や災害時の対応要領を消防計画に定め、各係員に習熟させる。
 設置された消防用設備等及びその他の設備・機器を活用するためには、管理方法や災害時の人による対応が重要である。
 大会運営者は、各種設備・機器の管理方法や災害時の対応要領について消防計画に定めるとともに、各種設備・機器の取扱いを競技場の各係員に周知していつでも使用できるように維持しなければならない。また、大会運営者は、東京2020大会のテストイベント期間等を利用して、係員、ボランティア等に、事前教育・訓練を行い個人の技量向上に努める必要がある。
 消防機関も大会運営者が行う教育・訓練を指導しなければならない。
(3) 消防機関の活動を支援するための対策
 前(2)と同様、競技場も含めた防火対象物には、消防法第17条に基づき、消防機関の活動を支援する各種消防用設備等が設置される。それらに加えて以下の対策を提言する。
ア 消防隊、救急隊の活動を考慮した施設、スペースを設ける。
 設計者、施設関係者及び大会運営者は競技場の特徴を踏まえ、消防活動及び救急活動を支援する設備、活動のスペースや動線を効果的に設けるよう配慮すべきである。
2 避難関係の対策
 避難関係の対策は、法令の規定に加え、オリンピック・パラリンピックの特性を考慮した対策を講じて、安全を確保するものである。
(1) 外国人、障がい者など多様性を考慮した避難安全対策
ア アクセシビリティ・ガイドライン*を基本とした避難計画を作成し、避難対策を確立する。
 設計者、施設関係者及び大会運営者は、自力避難が困難な人の避難も想定して、一時的に避難する場所等を設ける必要がある。
 また、視覚障がい者向けの対策(点字ブロック、点字案内表記、音声案内等)、聴覚障がい者向けの対策(光警報装置の設置、点滅機能等を有する誘導灯の設置、大型映像装置の活用、手話通訳者の配置等)が必要である。全ての人が災害情報を入手し、安全な場所まで避難できるようにしなければならない。
 *Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドライン(組織委員会):大会会場のバリアフリー等の指針
イ 災害に関する情報提供、避難誘導指示は、日本語と英語による2言語以上で対応できるようにする。
 災害時に発する情報は、確実に伝える必要があるため、迅速かつ簡潔に分かりやすい内容で繰り返し発する必要があり、音声では日英2言語程度が適当と考えられる。また、国同士の対抗試合で日英以外の言語を使用する観客が多数来場することが分かっている場合、大会運営者はその言語を話すアナウンサーを配置しておくことが望ましい。
ウ ピクトグラムを活用する。
 東京消防庁が、外国人旅行者に実施したアンケートでは、非常時の対応に関する案内方法について、絵入りの案内、図面による案内など、言語によらないものを望む声が多かった。避難経路図などの案内標識等についても、日英2言語に加え、ピクトグラムを活用すべきである。
エ 情報提供に大型ビジョンやデジタルサイネージを活用する。
 競技場には、観客に文字や映像の情報を提供するために大型映像装置やデジタルサイネージが設置されている。これらを活用することで、災害時に音声を補完する情報提供を行うことができる。また、試合前や試合の合間を活用し、観客に災害時の行動を事前に啓発することもできる。施設関係者及び大会運営者はこれらを利用した効果的な情報提供を行うべきである。
(2) 群集事故の防止に配慮した安全対策
 競技場等の観覧施設には、火災以外にも群集事故等さまざまなリスクがあるが、群集事故の防止のため、施設規模や大観衆を考慮して、観客が一部の場所に過度に密集しないように以下の対策を講じる必要がある。
ア 定員を順守する。
 収容人員の管理は防火管理者の責務である。群集事故防止のためにも、定員を超えて入場させてはならない。
イ 一部の場所に過度の滞留が発生しにくい対策を講じる。
 定員を順守していても、一部の場所に過度の滞留が発生する場合には、群集事故が発生する可能性がある。設計者、施設関係者及び大会運営者は、滞留の少ない場所に観客を誘導して過度の滞留を解消させる必要がある。避難計画を作成する際にも考慮する必要がある。
 また、競技場から屋外へ避難した人の滞留が後続の避難の障害になる場合があると考えられることから、設計者、施設関係者及び大会運営者は、避難先に空地を確保したり、隣接地へ容易に避難できるようにするなど、競技場外の避難誘導についても計画する必要がある。
ウ 観客を安心させるような手法も含めて係員の誘導方法を確立し、災害時の個々の係員への情報伝達手段を確保する。
 避難誘導の際には、適切な情報を適切な方法及びタイミングで伝えることで、観客を安心させ群集事故の可能性を低減させることができる。大会運営者及び消防機関等は、協力して係員の誘導方法(声量、指示内容等)を確立する必要がある。
 また、大会運営者は、災害時に各係員へ正しい情報が迅速に伝わるよう情報伝達手段を確保し、テストイベント期間等に、係員の事前教育・訓練を行う必要がある。
 消防機関も大会運営者が行う教育・訓練を支援しなければならない。
3 火災以外の災害(地震、津波、テロ災害等)に係る対策
 日本国内では、地震、台風等の自然災害のリスクも考慮して安全対策を講じる必要がある。本審議の期間中にもパリやブリュッセルでテロ事件が発生しており、東京2020大会でも、潜在的な危険性はある。消防機関においても、テロ発生時の対応策は検討しておかなければならない。
 また、施設関係者及び大会運営者は、これらの対策を大会に向けた消防計画の内容に反映させておく必要がある。
ア 施設及び消防用設備等が有する耐震性等について確認する。
 施設関係者及び大会運営者は、各施設で、施設及び消防用設備等が地震により大きく揺れた場合でも、その機能が維持されることなどの耐震性等の安全性について確認する必要がある。
イ 地震発生時の心構えや災害情報について周知する。
 外国人旅行者の中には、地震を全く経験したことがない場合もある。大会運営者及び消防機関は、緊急地震速報の仕組みや地震発生時の心構え、災害情報について周知する必要がある。
ウ 防災管理制度を履行する。
 消防法第36条には、防災管理制度(地震等火災以外の災害)が定められており、大会運営者は、被害の軽減を図るため、この制度を履行しつつ安全対策を講じる必要がある。
 また、消防法令上、防災管理の義務のない競技場でも、防災管理制度を準用しつつ、同等の安全対策を講じるべきである。
エ 災害の種別、程度に応じた避難方法を検討する。
 大会運営者は、消防機関等と協議しながら、災害の種別、程度に応じた避難方法、対応要領の計画を作成しておく必要がある。
4 各対策に実効性を持たせるための組織体制及び消防計画
 1〜3では、防火関係の対策、避難関係の対策及び火災以外の災害に係る対策について提言した。これらの対策に実効性を持たせるためには、組織体制や各種の事前計画が重要であるため、以下の対策について提言する。
ア 各施設の管理権原者が、災害時対応の意思決定ができる体制を確保し、その上で、管理権原者と現場の係員との連携を確保する。
 管理権原者は、災害時の意思決定を迅速にできるようにするために、管理命令体制を施設ごとに完結させなければならない。
図2 競技場内で完結した、一貫性のある管理命令体制
 東京2020大会期間中、組織委員会が大会運営者となり、各施設を借用して競技が行われることになると想定されるため、組織委員会が管理権原を持ち、災害時の対応について意思決定を行うことになる。
 組織委員会の管理権原者が各施設に常駐しない場合には、管理権原者に選任された防火管理者等が各施設における最終的な判断を行う体制にしておかなければならない。
 今後、各施設の組織運営体制の中で管理権原者と防火管理者を明確にしていかなければならない。
イ 関係機関の責任区分、担当範囲を明確にし、互いに十分に理解しておく。
 既存観覧施設の防火管理に関するヒアリングの結果によると、現行の体制では「施設関係者」と「イベント主催者」にそれぞれ責任者がいる管理形態であるなど、災害時の対応が一貫した体制ではなく迅速な災害対応がしにくい要素があった。
図3 既存競技場の管理体制例
 東京2020大会に向けて、関係機関は、事前によく調整を行ったうえで、責任区分等を明確にしておく必要がある。
 また、避難誘導にあたり、施設関係者が管理する設備、機器を活用することも考えられる。そのため、施設関係者と大会運営者は、相互の連携を確保しなければならない。
 東京2020大会中は施設等の占有者となる大会運営者が管理権原者になることが想定されるため、施設関係者は大会運営者の体制下に入り、一貫した体制を確保しなければならない。
ウ 関係機関内で情報収集体制、指揮命令体制を整えてそれぞれの機能を確保し、職員、係員、ボランティア等に周知しておく。
 大会運営者及び消防機関は、各競技場に判断をする権限を持つ責任者を配置し、災害時に迅速な判断ができるようにしなければならない。
エ 観覧施設の使用実態に合わせた消防計画を作成する。
 具体的な消防計画の作成は、本答申後に行われることになるが、作成するのは大会運営者としての組織委員会になると考えられる。
 その際に、大会運営者は、本答申で示す大会用の消防計画の作成例を基に、各施設の条件に合わせた消防計画を作成する必要がある。
 また、大会運営者は、担当する職員、係員、ボランティア等に作成した消防計画の内容を周知させるため、事前教育、訓練に十分な時間をかける必要がある。
今後の検討の必要性
 今後、各施設での具体的な対策を講じるため、答申の最終節では、今後の検討の必要性について述べる。
1 個々の施設に合わせた具体的な対策
 オリンピック・パラリンピック施設等には、新築されるもの、既存の競技場を改修して使用するもの、大会時のみ設けられる仮設のものなど、さまざまな施設があり、各施設の抱える防火安全の課題も一様ではない。
 今後、大会の詳細がさらに明らかになり、関係機関との協議も進められると考えられるが、消防機関は、引き続き、情報を収集、整理し、防火安全性に関して漏れがないように具体的な対策の確立を進める必要がある。個々の施設に合わせた具体的な対策は、有識者を含めた検討会などにより、客観的に評価する必要がある。
2 新技術の活用
 関係機関はオリンピック・パラリンピック施設等での災害時の実用性等に注目して、より効果的な対策となるよう、新たな技術の活用を検討する必要がある。
3 東京都以外の会場に設けられるオリンピック・パラリンピック施設等
 東京2020大会の会場は、東京都内だけに設けられるわけではない。会場を管轄する自治体や火災予防条例によって消防機関の取り扱いも若干異なると考えられるが、防火安全対策が会場ごとに大きく異なることは望ましくない。
 よって、本答申の内容は、東京都以外に設けられるオリンピック・パラリンピック施設等でも広く活用されることを要請する。
 消防機関や大会運営者は、あらゆるネットワークを活用して本答申の提言を共有し、防火安全を確保してもらいたい。
記事カテゴリー:建築法規 / 行政