VOICE 『コア東京』2017年3月号編集後記
加藤峯男(東京三会建築会議委員、東京都建築士事務所協会理事、株式会社エンドウ・アソシエイツ)
私は、去年、古希を迎えました。終戦からの経過年数がそのまま年齢になる昭和21(1946)年生まれです。
 その4年後昭和25(1950)年に私たち建築士のビジネスの基本法となっている建築基準法と建築士法が公布されました。その2年後昭和27 (1952)年に弊社が創業し、今年で創業65年になります。
 私がこの事務所に就職したのは昭和44(1969)年。そのときから設計の手習いを始めましたが、この年齢になっても所帯が小さいこともあって経営の切り盛りだけでなく、自ら物件を抱えてCADで設計図を描き、自ら設計を手掛けたものは工事監理の現場にも立っています。設計監理歴が足掛け48年になったことになります。つまり、建築基準法が、一本の木として見え、どこに幹があって、どの幹から枝葉がどう生えているかがよく見えていた黎明期のころから、アマゾンの密林のように育った現在まで、設計の現場に立ち続けています。この幹がいつできたもので、その幹からどの枝葉がいつ生えたものか、建築基準法の移り変わりを、そのときどきに自分が設計に携わった建物と重ね合わせて思い出すことができます。
昭和45年版『建築基準法関係法令集』(左)と、平成28年版『建築基準法規集』(右)。
建築基準法のボリュームがどんなに増えたのか皆さんにイメージしていただくために、建築基準法関係法令集の、私が一級建築士試験を受けた当時の昭和45(1970)年版(写真左)と現在の平成28(2016)年版(写真右)を並べて写した写真を載せました。前者がB6版(183mm×130mm)で498頁、後者がA5版(210mm×150mm)で1,854頁で、両者の紙面を面積比較すると、現在のものは私の受験時のものの約5倍(4.93倍=58.401㎡/11.847㎡)に膨らんでいます。
 これだけ膨大かつ複雑な法規を、設計経験が少ない若者が理解することは至難の業です。現在一級建築士試験になかなか受からないのも肯けます。受かった人でも、建築基準法の基礎的規定の意味合いや目的について尋ねてみると、それにうまく答えられない人が多いのです。
 私がこの膨大な法令集を曲がりなりにも理解できているのは、前述したように、設計を始めたころの建築法規がいたって簡素であったことと、法改正で規定の数が増大していく過程をなぞるように、常に設計の現場にいて新しい改正規定を使った設計実績を積むことができたからです。
1950年に公布された建築基準法は、有史以来連綿と続けてきた日本の木造のまちづくりを、不燃・耐火のまちづくりへと大きく舵を切りました。そのまちづくり の基準は、日本の戦後復興と高度成長期のまちづくりを下支えすることで、大いに貢献してきたと思います。
 しかし、現行の建築基準法関連法令で私が最も問題だと思っているのは、それらがあまりに高度成長期の不動産開発体制を反映していて新築工事に特化し過ぎていることです。
 確認申請を伴う既存建築物の増築、大規模な模様替えもしくは用途変更工事を行う場合において、現行法の制限が緩和される工事は、建築基準法に第86条の7、第86条の8の2規定と、建築基準法施行令に第137条、第137条の2〜19の21規定、計23規定の記述があるだけです。頁数にして10頁で、全頁(1,854頁)の約0.5%しか紙面を割いていません。既存ストックの活用をしたくても、緩和条項があまりに少なくて建て替えに走らざる得ない状況になっています。
戦後一貫して右肩上がりに増加してきた日本の総人口は2010年に1億2,800万人を示して減少に転じました。2060年には8,600万人に減少し、日本の高齢化率は約4割に達し、人類史上例をみない超高齢社会を迎えると推計されています。戦後70年と同じような高度成長を望めない社会になると思います。
 そうでありながら、現行の建築基準法は、省エネルギー、省資源、地球温暖化いずれの対策においても既存ストックの活用より劣ると思われる高度成長期のスクラップ&ビルドによる開発を強いる法体系になっているのです。
 このままでいいのでしょうか。次世代を背負う若者と一緒に既存ストックを円滑に活用できるように、法体系を見直す時期がきていると思います。
加藤 峯男(かとう・みねお)
東京三会建築会議委員、東京都建築士事務所協会理事、株式会社エンドウ・アソシエイツ
1946 年 愛知県豊田市生まれ/ 1969 年名古屋大学工学部建築学科卒業、同年圓堂建築設計事務所入所/ 1991 年 同所パートナーに就任/ 2002 年 株式会社エンドウ・アソシエイツ取締役に就任/ 2003年 株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役に就任/ 2011 年 一般社団法人東京都建築士事務所協会理事に就任
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
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