木の成分、その知られざる働き②
ダニの繁殖を抑える
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
 前回、木の香りをはじめとした木の成分には多様な働きがあり、そのひとつに快適な室内環境づくりにも役立っているものがあることを述べました。ここでは室内に生息するダニの繁殖を木の香りが抑える例を紹介します。
種類の多いダニ
 ダニと聞くとなんとなくむずがゆく感じる人もいることでしょう。害虫の代表格のように捉えられているダニですが、悪者ばかりでもないのです。ダニの種類は3万種とも5万種ともいわれています。これは研究者など人が識別した数で、実際にはまだ人の目に触れていないものもあるはずなので、より多いことが予想されます。そしてダニは世代交代が早いので、新たな種ができてくるのも多いのです。3万種もいるダニですから、室内ばかりではなく、土の中にも水の中にもあらゆるところにダニは棲んでいます。そしてササラダニのように落葉を分解し、植物を土に還して土を肥やして、森の掃除屋さんとして生態系を維持する役割を担っているダニもいます。その反面、ツツガムシのように生き物に付着し、時には生き物を死に追いやるような悪者もいます。
ダニは喘息・アトピーの原因となる
 室内には約100種類のダニがいると言われています。そして戦後のあるころから、室内のダニの生息数が増加している状態が続いていました。その原因として、生活の洋風化に伴って使われるようになったカーペットがダニの恰好の住み処になったことや、省エネのために冷暖房の空気を外に逃がさない高気密高断熱の家が多くなったことも原因のひとつと考えられています。ひと昔前の家は、無垢の木を使うことが多かったせいか、建てた当初は気密性が高くても、数年後には木が乾燥して反りなどにより隙間風が通るようになり、適度に換気ができていたのです。核家族や共働きが多くなったことで家を閉め切る時間が長くなり、換気が不十分であることもダニの繁殖に関係あると考えられています。最近の高気密高断熱の家は換気も十分に考慮されていますので、このような心配はないようです。ダニは湿度が高く温暖な場所で繁殖します。冬期の暖房の完備もダニの繁殖を促している可能性があります。
 室内には食品に付着してそれを食べるとアレルギーの原因となる「コナダニ」、刺されると皮膚炎の原因となる「ツメダニ」、室内の塵の中の食べかすやヒトのフケなどを餌として繁殖する「塵ダニ」などがいます。
 この中で最も生息数の多いのが「ヤケヒョウヒダニ」、「コナヒョウヒダニ」といった塵ダニ類です。塵ダニ類は人を刺したりはしません。しかし、その死骸や卵の殻が軽いので人が歩いた時などに空中に舞い上がり、それを鼻や口から吸いこむことによって喘息やアトピーを引き起こすのです。
 ダニの体の表面には細い毛がまばらに生えているだけでほとんどがむき出しです。空気が乾燥するとすぐに体から水分が失われて死んでしまいます。ですからダニの繁殖を抑えるには換気をよくし、湿度を下げるのがよいことになります。カーペットなどのダニの住み処になるものを掃除機できれいにすることも効果を発揮します。


木の香り(精油)の殺ダニ活性
縦軸は、精油を1c㎡当たり32μg濾紙に浸み込ませた上でダニを飼育した時の殺ダニ率。横軸は経過日数。
木質材料はダニの繁殖を抑える
 カーペットや畳の床を木質系の床に改装したら、改装前に比べてダニ数が減少したという例があります。改装後の繁殖割合も改装前に比べて減少したことが明らかにされています。木の床ではカーペットのようにダニの住み処がなくなったために減少したということも考えられますが、木材の木粉でダニを飼育すると明らかにダニの繁殖数は減少します。しかし木の香り、即ち精油を木材から取ってしまった後の木粉では、ダニの繁殖は減少しませんでした。このようなことから木質系の床ではカーペットに比べてダニが生息しにくいことと、木の香りもダニの繁殖を抑えるのに役立っていることがわかっています。
 建築材としてよく使われている国産材のヒノキ、スギ、アカマツ、輸入材のベイヒバ、ベイスギ、ベイマツの精油の、「ヤケヒョウヒダニ」に対する作用を見ますと、微量の精油でダニが日を追うごとに死んでいき、3日後にはほとんどの木で80%以上の殺ダニ率を示しました。この調査は精油を染み込ませた濾紙の上にダニを置いて調べていますので、床に直接接した状態です。精油とダニを直接接触させない場合のダニの生存率を調べますと、直接接触した場合よりも効果は低くなるものの、やはり殺ダニの効果はあることがわかっています。


数百年を経て残る屋久杉土埋木。
屋久杉土埋木の驚くべき活性成分
 世界自然遺産に指定されている屋久島には大径木の屋久杉が存在します。1000年以上の樹齢のものを屋久杉、それ以下のものを小杉、そして戦後植林されたものを地元では地杉と呼んでいます。
 屋久杉は江戸時代に地上から50cm〜1m程度の根株を残して上の部分が伐採されました。江戸末期までに5割以上の屋久杉が伐採されたといわれています。伐採された屋久杉は平木と呼ばれる短冊形屋根材として小割され、背で担がれて里に降ろされ年貢として納められていました。伐り残された根株は土埋木として今でも林地に残っています。数百年も経て腐らず、虫害にも侵されず残っているのは驚くべきことです。土埋木は通常のスギ材の6倍以上の木の香り、精油を含んでいるのです。精油は病虫害に強い性質がありますので、数百年も経る間に病虫害に侵されやすい部分は消失し、抵抗性のある部分が残り、結果として精油含量も高くなったことになります。
 屋久杉土埋木は器やお盆などに加工され売られていますが、他のスギ材の製品に比べて屋久杉特有の強い芳香を漂わせます。そして通常のスギ材も殺ダニ効果がありますが、屋久杉土埋木の精油の殺ダニ作用は通常のスギ材よりもはるかに強いことがわかりました。屋久杉の土埋木は土に埋もれているわけではなく、地上に出ている根株ですが、土に埋もれた埋木にも活性成分が多く含まれ、興味ある働きをするものがあります。
樹皮や葉にもある防ダニ効果
 材だけでなくトドマツ、エゾマツの樹皮や、熱帯樹種ではユーカリやメラルーカなどの葉、トチノキの実やイチジクの葉にも防ダニ効果があります。イチジクの葉は、現在のような水洗になる前のトイレに入れてウジ虫を殺すのに使われていました。昔の人はイチジクの葉に殺虫作用があることを経験的に知っていたのです。身近な例ではヒノキの林に見られるヒノキ科のサワラの園芸品種で生垣にするシノブヒバやオウゴンシノブヒバの葉にも強い殺ダニ作用があることがわかっています。


ヒバ成分を施した防ダニい草マット。
ダニを木の香りで抑える
 ダニを抑える合成薬品も出回っていますが、幼児などの子どもが生活する室内、特に畳の部屋では幼児が口にする恐れもあるので、できれば天然物が安全性の面で好まれます。畳表に防ダニ効果を持つヒバ精油を処理したものや防ダニい草マットが市販され、合板では基材と突板の間の接着層にダニ防止効果のある精油成分を混入したものや、防ダニスプレーなどが製品化されています。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学
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