木の成分、その知られざる働き ①
木をかたちづくる成分は?
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
左:木は二酸化炭素からつくられる(トチノキ)。
右:果実酒のエキスは抽出成分。
植物の体をつくる二酸化炭素
 私たち人間は地球上に生を受けてこのかた、常に植物の恵みの中で育まれてきました。草木の実や山菜、きのこを食し、草木の色で布を染め、ウルシ、マツヤニなどの樹脂を塗料に利用し、紙を漉き、食器などの木工品をつくり、木で住まいをつくるなど、植物を利用し、植物と共に生活を営んできたのです。植物の恵みを受けてきたものはヒトだけではありません。草を食む動物たちも同じように植物の恵みの中で生きてきました。そしてその動物を肉食動物がえさとするといった具合に、ヒトも動物も植物に頼って生きていて、自分だけの力では体をつくることができないのです。ということは、植物が地球上の生き物のすべてを養ってきたのです。そしてその植物こそが自分で体をつくることができるのです。それが植物の営む光合成です。
 植物は大気中の二酸化炭素を吸収し、根から水を吸い上げて太陽のエネルギーでグルコースなどの炭水化物をつくり出します。そのグルコースが元になり、植物体内で多くの成分がつくり出され、それが植物の体になります。最近では二酸化炭素は地球温暖化の原因と考えられ悪者にされています。しかし、二酸化炭素がなければ植物は体をつくれません。そして植物によって生きながらえることのできる私たちは、生きる術を失うことになります。
地球温暖化はヒトがつくり出したもの
 二酸化炭素は太陽の熱エネルギーを吸収しますので、過度に二酸化炭素が存在すればそれだけ大気が温まり、温暖化が起こります。このような大気を温める温室効果ガスは二酸化炭素だけではありません。自然界に存在するものには二酸化炭素のほかに、水蒸気、メタン、亜酸化窒素、オゾンなどもそうですし、人為的にもたらされるものでは二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、フロンなどがあります。18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスで起こった産業革命に端を発し、世界各地で石油、石炭などの化石燃料を使い出しました。そして、人為的につくり出される二酸化炭素の濃度が急激に増え続けているので、二酸化炭素が問題視されているのです。
 しかし、もし、地球上に二酸化炭素がなかったら、地球はとんでもなく冷たく、私たちが住めるような状態ではないはずです。適度な二酸化炭素の濃度が温かな地球をつくり出し、そして植物を育て、その恵みの下で私たちは生きていけるのです。二酸化炭素は決して悪者ではありません。悪者どころか二酸化炭素は地球上の生き物すべてにとって不可欠のものなのです。ですから二酸化炭素を適度な濃度にするために人為的に放出される量をなるべく少なく抑えることが必要ですし、世界の英知を集めて国連のもとに二酸化炭素削減の対策に躍起となっているのはご存じのとおりです。
木材の利用は温暖化を抑える
 温暖化に伴って注目されているのが森林の樹木などの植物の二酸化炭素吸収能力です。木を燃焼させてエネルギーとして利用してもその際に放出される二酸化炭素は他の木によって吸収・利用されると考えられるからです。二酸化炭素の大気中での放出はゼロ、いわゆるゼロエミッションです。木質素材をエネルギー源とする木質バイオマス発電所も最近、増えてきています。また、木を木材として建築材に利用すれば二酸化炭素を大気中に放出することなく炭素を貯蔵することにもなります。建築材に木を積極的に利用しようという動きも出てきました。政府は平成21(2009)年に「コンクリート社会から木の社会へ」を呼びかけています。そしてその当時24%程度であった木材自給率を2020年までに50%にすることを提案しています。地元で育った木を用いて役所や小学校などの公共建築物の木造化も積極的に進められ、地産地消ならぬ地材地建なる言葉も生まれ、平成26(2014)年には木材自給率は31.2%にまで伸びています。木は金属やプラスチックなどの合成品がいくらデザインや使いやすさを凝らしても、持ち合わせていないものを持っています。それが木のぬくもりです。木のよさが気のよさ、気分・気持ちのよさにつながります。
 木のぬくもり、それは、柔らかな肌触り、木目の美しさ、落ち着いた材色、そして木の香りによって生まれます。そして、木のぬくもりに少なからず関わっている香りが、やすらぎをもたらすことも最近の研究で実証されてきました。
植物の骨格をつくる主要3大成分
 ところで植物が光合成によってつくり出したグルコースをもとにしてつくり出すもの、それにはセルロース、ヘミセルロース、リグニンといった成分や、抽出成分などがあります。
 セルロース、ヘミセルロース、リグニンは植物に含まれる量が多いので主要3大成分といわれています。木の幹を例にとりますと、針葉樹、広葉樹で多少の違いはありますが、セルロースは40〜55%、ヘミセルロースは20〜30%、リグニンが25〜30%を占めています。
 セルロースはグルコースがおよそ1万個ほど鎖状につながった構造をしています。ヘミセルロースはグルコースやグルコース以外の糖が200個程度結合した構造をしています。リグニンはフェノール類を基本単位としてこれらが3次元の網目状に複雑に結合しています。
 ヘミセルロースのグルコース以外の糖もリグニンのフェノール類もグルコースをもとにして植物体内でつくり出されるものです。これらの3成分はいずれも高分子で、植物の細胞壁をかたちづくり、植物の骨格をつくっています。
 この3成分はよく鉄筋コンクリートの建物に例えられます。セルロースは建物をしっかりと支える鉄筋です。リグニンは鉄筋の間を埋めるコンクリートです。そしてヘミセルロースは鉄筋とコンクリートをつなぐ鉄筋につけられたでっぱりなどです。木がしっかりと立っているのはコンクリートの役目をするリグニンの量が多いためで、草が風になびくのはリグニンの量が少ないからなのです。木の場合にはこの3成分で90%以上が占められています。そのほかには無機成分や抽出成分がわずかながら含まれています。
抽出成分──植物を特徴づける鍵物質
 抽出成分はその字が示すようにアルコールなどの溶媒で抽出される成分で、セルロースなどの3成分が高分子であるのに比べて低分子です。低分子ゆえに溶媒に溶け出すのです。果実をホワイトリカーにつけると次第に果実のエキスが溶け出して色がついてきます。このエキスこそが抽出成分です。抽出成分も光合成でつくられたグルコースをもとに植物体内でつくり出されます。木の場合に抽出成分の量はせいぜい数%で、多くても10%は越えません。ですから、主要3大成分に比べて少量成分とか微量成分とか呼ばれています。ところが抽出成分は植物の色となり、香りとなり、耐久性の基となります。
 そしてそれは個々の植物によって差が出てきます。それでスギやヒノキの香りが違い、材色が異なり、耐久性にも差が出てくるのです。もし抽出成分がなかったらすべての木、そして植物が同じで、区別がつかなくなることでしょう。そういう点では、抽出成分は個々の植物を特徴づける鍵物質なのです。
 抽出成分の中には香り成分や薬になるアルカロイドや抗菌作用のあるフェノール類、蚊などの害虫を忌避する成分、そして色素、樹脂など、古くから特用林産物として日常生活の中で利用されてきたものが含まれています。最近では抽出成分のひとつである香り成分が、喘息やアトピーの原因となる室内に生息するダニの繁殖を抑えたり、カビや細菌を防いだり、有害なVOCを除いたりして室内の快適環境をつくり出すのに役立つこともわかっています。
 ここでは主に木のそのような働きについて数回に分けてご紹介することにいたします。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学
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