社労士豆知識第20回
短時間労働者に対する厚生年金保険・健康保険の適用拡大〜実務上の留意点と、事業主に求められるもの
藤本 紀美香
平成28(2016)年10月1日から、一定の条件で働くパートタイマーは新たに社会保険の適用対象となります。
今回の適用拡大の対象となる事業所は「特定適用事業所」と呼ばれます。ここでは「特定適用事業所」、対象となる短時間労働者の要件と実務上の留意点などについて簡単に述べていきたいと思います。
①特定適用事業所の要件
同一事業主の適用事業所の厚生年金保険の被保険者数が1年で6カ月以上、500人を超えることが見込まれる場合は特定適用事業所となります。ここでいう「同一事業主」とは、法人・地方公共団体では「法人番号が同じ適用事業所」、個人では現在の「適用事業所」の事を指します。従って、ある法人の本社と支店が同じ法人番号で合計被保険者数が500人を超えている場合は該当します。
②短時間労働者の要件
勤務する時間・日数が一般労働者の3/4未満で、次の要件にすべて該当する者が適用対象となります。
(1)週の所定労働時間が20時間以上であること
(2)雇用期間が1年以上見込まれること
(3)賃金月額が8.8万円以上であること
(4)学生でないこと
上記(1)から(4)についてもう少し詳しく解説していきます。所定労働時間が1カ月単位で決められている場合は、1カ月の所定労働時間を12分の52で除して(=×12/52の意)算定し、1年で決められている場合は52で除して算定します。
雇用期間については1年未満の者であっても、契約更新、あるいはその可能性がある旨が雇用契約書に明示されている場合は対象となります。賃金については、時間・日・週給を月額に換算したものに諸手当を含めた所定内賃金額が8.8万円以上である場合です。対象要件を問う場合は賞与など臨時に支払われるもの・時間外割増賃金・精皆勤手当・通勤手当・家族手当などは除外した金額で判断しますが、資格取得や算定基礎届等の「報酬月額」を届け出る際は、「賞与など臨時に支払われるもの」以外の時間外割増賃金・精皆勤手当・通勤手当・家族手当なども含めて届け出る必要があるので注意が必要です。学生でないことという要件は、雇用保険上の取り扱いと同様です。卒業見込み証明書を有する者、休学中、高校・大学の夜間課程に在籍する者については対象となります。
③必要となる手続きと留意点
特定適用事業所に該当した場合は、「特定事業所該当届」を管轄年金事務所等へ届け出る必要がありますが、平成27(2015)年10月から平成28(2016)年8月の間に日本年金機構において要件に該当したことを確認できた事業所については「特定適用事業所該当通知書」が送付されるため、この届出は不要です。特定事業所に該当し、かつ対象となる短時間労働者が現存する場合は「被保険者資格取得届」を提出する必要があります。
今回の社会保険の適用拡大に伴い留意すべき点として自社の従業員以外の者、つまり従業員の被扶養者の問題があげられます。健康保険の被扶養者として認定されるための収入要件(年収が130万円未満)に変更はありませんが、これまで述べた要件に該当する場合は、年収が130万円未満でも社会保険の被保険者となりますので、扶養を外す手続きが必要になります。10月以降の手続きを円滑に進めるためには、前もって従業員に何かしらの案内をしておくことも必要でしょう。
今回は従業員規模が500人以下の事業所は適用除外となっておりますが、平成31年10月以降は何かしらの動きがあると思われます。自社が「特定適用事業所」に該当していなくても、従業員からの問い合わせに対応するために制度の内容をきちんと把握しておきましょう。
また該当する事業所も、保険料負担が増えるというデメリットではなく、「扶養の範囲内」という制限のなくなった従業員が意欲的に働いていけるというメリットに注目すべきでしょう。
社会保険には加入したけれどもそのまま短時間労働者として働き続ける従業員に対しては、いっそうワークライフバランスを考慮した勤務形態を、社会保険に加入したからには責任ある仕事を担いキャリアアップを目指したいという従業員に対しては、相応の道筋を整備する、という取り組みを通じて、優秀な従業員が長く働き続けることができる職場をつくり上げていきたいものです。
藤本紀美香(ふじもと・きみか)
特定社会保険労務士、年金アドバイザー、社会保険労務士藤本紀美香事務所所長
1974年 広島県生まれ/大学院修了後大手流通業勤務/結婚を機に退職し岩手県盛岡市にて社会保険労務士登録/2012年 台東区にて事務所開業
記事カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士