高層建築物等における歩行困難者等の避難安全策
東京消防庁からのお知らせ 第5回
東京消防庁予防課
はじめに
 現在東京では、本格的な高齢社会を迎え、ユニバーサルデザインの理念の下、全ての人が安全・安心かつ快適に暮らし、訪れることができるまちづくりの実現に向けた取組みが推進されています。
 しかし、現行の高層建築物等における避難施設等に係る法令基準は、歩行困難者等の避難を十分に考慮しているとは言い難く、歩行困難者等自身が火災時の避難に関して不安を抱いています。
 また、歩行困難者等と通常の避難が可能な者が無秩序に混在した場合は、過度の滞留を生じる危険性もあることから、効果的な避難対策を導入することが必要です。
 こうした状況から、都知事の諮問機関である第20期火災予防審議会の答申を踏まえ、当庁では指導基準「高層建築物等における歩行困難者等に係る避難安全対策」を策定し、平成25年10月1日から指導していますので、その概要を紹介します。
 なお、指導基準の全文は東京消防庁のホームページ(http://www.tfd.metro.tokyo.jp/kk/kijunpage.html)に掲載していますのでご参照ください。
用語の定義
(1)歩行困難者等
 運動能力の低下、認知症の影響等により、火災時の避難行動等が困難となることが懸念される者のほか、これらの者と同様に避難困難性等が懸念される視覚障害者、聴覚障害者、車椅子使用者、松葉づえ使用者等をいう。

(2)安全区画
 火災室からの火煙を防ぎ、避難者の安全を図ることを目的として、避難経路に相当する部分を適切に区画した部分をいう。

(3)水平避難区画
 病院や社会福祉施設などの歩行困難者等が多数いる施設や、大規模な複合用途防火対象物などにおいて、水平避難を優先させることを目的として、平面を大きく複数に防火区画することをいう。

(4)一時避難エリア
 火災時に、消防隊が避難誘導を完了するまでの間、歩行困難者等が一時的に留まることができる場所で、「一時避難エリアの要件」に適合するものをいう。

(5)避難誘導用エレベーター
 非常用エレベーターのうち、火災時に、歩行困難者等を避難誘導するために活用するエレベーターで、「非常用エレベーターを避難誘導に活用するための建築上の要件」に適合するものをいう。
指導対象
(1)一時避難エリアの設置の指導対象
 特別避難階段の設置が義務付けられるもののうち、歩行困難者等が利用する耐火建築物

(2)避難誘導用エレベーターの設置の指導対象
 非常用エレベーターの設置が義務付けられるもののうち、歩行困難者等が主に利用する階、人数及び歩行困難者等の情報(車椅子使用、歩行器使用、視覚障害等をいう。以下同じ)を事前に把握が可能な耐火建築物
一時避難エリアの要件
(1)一時避難エリアの構造、設備等(図①参照)
① 一時避難エリアの設定例
ア 構造
 (ア)特別避難階段の付室の構造の基準を満たす。
 (イ)出入口に設ける特定防火設備及び防火設備は、幅は、80cm以上、床面から開口部の下端までの高さは、2cm以下とする。
 (ウ)取っ手は、歩行困難者等も使いやすい形状とする(図②参照)。
 (エ)各階における一時避難エリアの床面積の合計は、当該階における歩行困難者等の在館者数に0.4m²を乗じて得た面積以上を確保する。「歩行困難者等の在館者数」が確定できない場合は、当該階における歩行困難者等が利用する居室の床面積の合計に0.025(歩行困難者等が利用する病院、診療所等の受付階は0.2、診療階は0.1)を乗じて得た数を「歩行困難者等の在館者数」とする。なお、1か所当たりの床面積は、5m²以上を確保する。

② 使いやすい取っ手の例
イ 配置
 (ア)原則として全ての階に配置する。
 (イ)直通階段に接続する。
 (ウ)一時避難エリアと同一階の各居室とは、1以上の安全区画又は水平避難区画(以下「安全区画等」という。)を通じて連絡する。

ウ 設備・標識等の設置
 (ア)防災センター等との通話装置等を設ける。
 (イ)採光上有効な開口部又は予備電源を有する照明設備を設ける。
 (ウ)一時避難エリアの出入口(安全区画等側)には、一時避難エリアである旨を明示した標識(図③参照)及び一時避難エリアである旨を記した文字板(図④参照)を掲示する。
 (エ)不特定の歩行困難者等が使用する一時避難エリアに通ずる廊下又は通路には、一時避難エリアの方向を明示した標識(図⑤参照)を掲示する。
 (オ)一時避難エリア通路標識は、消防法等に基づき設置された通路誘導灯又は誘導標識の付近に、逆向きの誘導にならない範囲で設ける。
 (カ)一時避難エリアの位置を明示したフロア図を設置する。
③ 一時避難エリア標識
④ 文字板の例
⑤ 一時避難エリア通路標識
(2)一時避難エリアに隣接する安全区画等
ア 安全区画
 (ア)安全区画は、一時避難エリア以外の室と不燃材料で造った間仕切り壁、防火設備又は不燃材料で造った扉で区画する。
 (イ)天井及び壁の室内に面する部分は、仕上げを不燃材料でし、かつ、その下地を不燃材料で造る。
 (ウ)外気に向かって開くことができる窓又は排煙設備を設ける。
 (エ)排煙設備は、作動時に扉の開閉に支障が生じないように設ける。
 (オ)通行又は運搬の用途のみに供されている。
 (カ)可燃性物品等の存置がない。
 (キ)歩行困難者等の避難上の支障がない状態が維持されている。

イ 水平避難区画
 (ア)ア–(ア)、(ウ)及び(エ)による。
 (イ)水平避難区画の相互間に設ける防火設備は、いずれの避難方向にも押し開きできるようにする。
 (ウ)出火室が存する水平避難区画から出火室が存しない水平避難区画の一時避難エリアに避難することが可能である(図⑥参照)。
⑥ 水平避難区画を用いた一時避難エリアの例
非常用エレベーターを避難誘導に活用するための建築上の要件
(図⑦参照)
⑦ 避難誘導用エレベーターの配置例
(1)避難誘導用エレベーターの構造、設備等
ア 非常用エレベーターの基準に適合している。
イ 避難誘導用エレベーターの運行を表示する設備を、防災センター等に設ける。

(2)乗降ロビー
ア 一時避難エリアの要件に適合している。
イ 歩行困難者等が利用する階及び避難階において屋内と 連絡している。
ウ 避難階の乗降ロビーから屋外への出口に至る経路の部分を、道路まで有効に避難できるように、屋内の他の部分と耐火構造の壁又は防火設備で区画している。
エ ウの経路の部分には、非常用の照明装置を設ける。
オ 避難誘導用エレベーターの乗降扉脇には、避難誘導用エレベーターである旨を明示した標識(図⑧参照)及び文字板(図⑨参照)を掲示する。
⑧ 避難誘導用エレベーターの配置例
⑨ 文字板の例
(3)設置台数
 歩行困難者等が利用する階のうち、床面積が最大のものにおける床面積が1,500m²以下の場合は1台、1,500m²を超える場合は、3,000m²以内を増すごとにさらに1台を設置する。

(4)その他
ア エレベーターシャフトが乾式工法による場合は、煙の漏えい防止対策を講じる。
イ 避難誘導用エレベーターの位置を明示したフロア図を設置する。
ウ 消防署長に届出し、審査・検査を受ける。
一時避難エリアに至る避難経路上のバリアフリー化対策
(1)扉の取っ手の形状は、歩行困難者等においても使いやすい形状とする(図②参照)。
(2)水平避難区画の相互間に設ける防火設備は、いずれの避難方向にも押し開きできるようにする。
(3)くぐり戸の形状は、下かまちがなく、かつ、幅員80cm以上及び高さ180cm以上とする。
避難誘導対策─自衛消防活動基準─
(1)活動方針
ア 一時避難エリアは、区画された安全な場所であることから、水平避難の完了を第一の目標として活動にあたる。
イ 垂直避難は、自衛消防隊の対応が可能な範囲内で次に例示する方法その他歩行困難者等を安全に避難させることができる方法により実施する。
 (ア)避難誘導用エレベーターの活用
 (イ)階段用車椅子、担架等の避難用資器材の活用
 (ウ)徒手による搬送

(2)歩行困難者等に係る避難誘導の手順
歩行困難者等に係る避難誘導の手順は、おおむね次のとおりとする(図⑩参照)。
⑩ 自衛消防活動の概要
ア 一時避難エリアへの避難誘導(水平避難)
 一時避難エリアに待避するのは歩行困難者等のみとし、階段を使用した避難が可能な者は階段で避難するよう誘導する(図⑪参照)。
⑪ 歩行困難者等の避難誘導の概念図(平面)
イ 歩行困難者等の救出(垂直避難)
 歩行困難者等の救出手段に避難誘導用エレベーターを活用する場合は、自衛消防隊のうち、防災センター要員講習修了証の交付等を受け、非常用エレベーターの操作に習熟している人が、避難誘導用エレベーター操作者として救出に向かうこととする。
ウ 消防隊への引き継ぎ
 (ア)自衛消防隊長は、消防隊が到着した際は、歩行困難者等の避難状況等を確実に消防隊に伝え、その後は消防隊の指示に従う。
 (イ)避難誘導用エレベーターの自衛消防隊による使用は消防隊到着までの間とし、消防隊が到着した場合は速やかに引き渡す。
消防活動支援対策
 歩行困難者等が主に利用する階、人数及び歩行困難者等の情報(車いす使用、歩行器使用、視覚障害等)などを事前に防災センター等で把握しておく。
おわりに
 この指導基準は、歩行困難者等の避難安全の確保を目的としたものです。火災時に通常のエレベーターを使用してはならないことは、これまでと変わりありません。
 当庁では、高層建築物の建築計画時等に、関係者に対し、一時避難エリアの設置を重点に指導を行い、火災時の歩行困難者等の避難安全対策を推進してまいります。
記事カテゴリー:建築法規 / 行政