東京建築賞選考委員退任にあたって
批評することの価値
千葉 学(建築家、東京大学大学院工学系研究科教授)
 審査委員を1年、審査委員長を2年務めさせていただいた。他の審査員の方々に比べるととても短い期間で、十分にお役目を果たせたとはいえないが、事務所や大学での仕事との両立ができない状況だったので、どうかお許しいただければと願う。
 最近は、こうした建築の賞だけでなく、プロポーザルやコンペ、学生の卒業設計などの審査に立ち会う機会も増えた。それは僕自身にとっても貴重な場で、今日的な建築のテーマを共有したり、未来に向けてのアイデアの萌芽を目の当たりにする瞬間もあったりと、ありがたくも感じていた。特に東京都建築士事務所協会の審査は、住宅から大規模な再開発まで、規模も設計主体も多様な作品が集まるので、こうした学びはより発見的だし、加えて審査員の数が多いこともあって、議論において多様な価値がぶつかり合ったことも、刺激的な経験であった。
しかしこうした場に立ち会うたびに、賞の審査の意味は何かと自らに問いかけもする。もちろん審査される方が遥かに多いから、応募側のことはわかっているつもりだ。受賞すれば仕事の評価として素朴に嬉しいだろうし、メディアにも取り挙げられてその後の仕事に繋がれば、強い動機付けにもなる。だからこそ応募側は、審査員の顔ぶれを見て戦略を立てることもあるだろうし、一方の審査員は、選ぶ対象を通じて自らの哲学を表明し、シンパを増やすことに意識が向くこともあるのだろう。こうした応酬が思想のぶつかり合いに留まるならば良いが、一線を超えて審査側と応募側の権力の構図に陥っては、元も子もない。なぜならこの狭い世界での力学は、批評することの価値を奪い、俯瞰すれば、建築界と社会との乖離を大きくするからだ。賞やプロポーザルの審査はあくまでも、建築という専門領域の知見を共有しながら、その未来に向けての可能性を共に探る場であって欲しいと思うのだ。そしてこうした活動の総体が、建築界全体の社会的認知を高めていくことになればとも思う。
 その意味では、審査員を早々に退くことにも多少の意味はあるのかもしれない、勝手ながらそう思うことにさせていただき、次期委員長にバトンをお渡ししたい。
千葉 学(ちば・まなぶ)
建築家、東京大学大学院工学系研究科教授
1960年 東京生まれ/1985年 東京大学工学部建築学科卒業/1987年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2001年 千葉学建築計画事務所設立/2009年 スイス連邦工科大学客員教授/2013年 東京大学大学院教授/2016年 東京大学副学長/2017年 ハーバード大学GSDデザインクリティーク
カテゴリー:東京建築賞
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