関東大震災100年
耐震診断と保有水平耐力計算
藤村 勝(東京都建築安全支援協会)
 建物の長寿命化を図る時代において、旧い建物の機能改善と耐久性向上のため構造体に影響する大規模改修を行う場合には、構造体の安全性の確認が必要となります。既存構造体の耐震性の確認方法には耐震診断と保有水平耐力計算がありますが、両者は45年前の同時期に考案された検討方法で共通の理念による基準ですが、検討方法が大きく異なる部分があり、対象建物と検討の目的に応じて両者を適切に使い分ける必要があります。
表① 耐震診断と保有水平耐力計算の変遷
耐震診断と保有水平耐力計算の変遷
 耐震診断と保有水平耐力計算の変遷を表①にまとめます。
 耐震診断は既存建物の大地震に対する安全性を検討するため、1977年に耐震診断基準として(一財)日本建築防災協会が策定しました。この基準では1968年十勝沖地震で被災した建物での分析結果から耐震性の判定値がIso=0.70±0.05と提案され、1990年版では宮城県沖地震での分析結果を加え、判定値がIso=0.60とされました。2001年版では強度寄与係数を精算する厳密な計算体系となり、さらに2017年版では割線剛性によりSDを精算する現在の計算体系となりました。
 一方、保有水平耐力計算は1981年の建築基準法改正により新築建物の2次設計として義務付けられました。保有水平耐力の計算は高度な構造計算であるためコンピュータ利用が進み、この中で、2005年に構造計算偽装事件が発覚し、2007年の構造計算を厳格化する法改正となり、これ以降、構造計算は大きく変わることとなりました。
 耐震診断は時代とともに計算が高度化したのに対し、保有水平耐力計算は2007年に大きく変化しており、既存建物の安全性の検討はこの点について留意が必要です。
表② 耐震診断と保有水平耐力計算の原則
耐震診断と保有水平耐力計算の原則
 耐震診断は既存不適格建築物の大地震時の安全性を検討し、保有水平耐力計算は新築の適格建物の安全性を検討するもので、計算の原則を表②にまとめます。
 耐震診断は既存建物が確認申請時に1次設計の安全性が確認されていることから、大地震の安全性のみを検討します。したがって、現地調査で過大なひびわれや大たわみが認められ常時応力に対する安全性が懸念される建物は、その原因を検討した上で診断する必要があります。耐震安全性は構造耐震指標(Is)で評価します。計算方法は、第1次~第3次診断がありますが通常は地震被害との検証が行われている第2次診断で判定します。計算は柱・壁の強度を靭性ごとに集計し、建物の性能を算出します。せん断破壊モードで靭性が小さい建物の性能評価に適しています。
 保有水平耐力計算は、1次設計された柱・梁・耐震壁の終局時の耐力と変形性能から保有水平耐力(Qu)と必要保有水平耐力(Qun)を算出し、耐震性を判定します。曲げモードで靭性が大きい部材から構成される建物の性能評価に適しています。
図❶ 耐震診断計算のフロー図❷ 保有水平耐力計算のフロー
図❸ 耐震診断計算図❹ 保有水平耐力計算
計算のフロー
 耐震診断は図❶に示すフローにより、設計図書と現地調査に基づき破壊モードとグルーピング計算を行い、図❸に示す破壊モード図とC–F(耐力–靭性)関係図を作成し、この結果を構造耐震指標(Is)に評価します。計算は層崩壊を想定して行い、すべての部材とすべての層が崩壊するものとして計算します。IsはC–F関係図のすべての折れ点に対し算出しますが、原則として最大値を採用します。
 保有水平耐力計算は図❷に示すフローにより行い、Aiに基づく外力による荷重増分解析により図❹に示すメカニズムと荷重-変形関係を求め、この結果から保有水平耐力(Qu)と必要保有水平耐力(Qun)を決定します。すべての節点に塑性ヒンジが発生すれば全体崩壊形となりますが、耐力分布が良好でない場合や、せん断破壊モードとなる場合は部分崩壊形となり、未崩壊状態の部材が残ることとなります。
表③ 耐震性能の判定式
図❺ 第2次診断によるIs指標と被害ランク
(実務から見た耐震診断、藤村勝、建築防災、2005年1月)
耐震安全性の判定
 耐震安全性の判定式を表③にまとめます。
 耐震診断では、構造耐震性能(Is)が0.60以上であればOKと判定します。0.60は0.6Gの意味で、「耐力と靭性で耐え得る」応答加速度が0.6G(600ガル)相当であることを表します。阪神大震災で被災した建物のIsと、被害ランクの関係を図❺に示します。この結果では12階程度のSRC造、10階程度のRC造に第2次診断を適用した場合においても、Is≧0.60の建物では大破・崩壊の被害を受けていないと報告されています。
 保有水平耐力計算では、保有水平耐力(Qu)と必要保有水平耐力(Qun)の比が1.0以上であればOKと判定します。1.0は比率ですが、1.0Gの弾性応答せん断力が作用した場合の判定式であるため、1.0G(1,000ガル)相当と考えることもできます。
 判定式の詳細を表③の右欄に示しますが、詳細式は両基準の第1項と第2項が同一であり、第3項のF(靭性指標)と1/Ds(構造特性係数)のみが異なり、この値の影響が判定値の0.60および1.0に現れているだけであり、同等の耐震性能を評価する式です。
耐震診断計算と保有水平耐力計算の使い分け
 前述の表①に示す2019年国住指第3107号により、1981年以降のある時点の建築基準法(保有水平耐力計算)も耐震診断の方法として認められたことから、耐震診断と保有水平耐力計算は同等なものとなりましたが、既存建物の安全性の検討には以下の点に留意する必要があります。
① 耐震診断には常時応力に対する安全性の検討が含まれていないので、常時応力が変更された建物は1次設計の検討も行う。
② 2007年以前に確認を取得した建物では、耐震診断により検討するのが良いと思われる。
③ 保有水平耐力計算は雑壁の耐力を考慮しないので、雑壁が多い建物は耐震診断で評価するのが良いと思われる。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士