VOICE
本橋 良介(東京都建築士事務所協会渋谷支部、MMAAA)
外部性の包摂
年配の方ならば今更かもしれないが、筆者は経済学者、宇沢弘文を最近勉強している。第2次世界大戦後に渡米して、40歳までにシカゴ大学などで後にノーベル経済学賞を受賞するスティグリッツなど錚々たる人びとに教えていて、当時の経済学の中心にいた日本人である。
 毎日出版芸術賞を受賞した1974年のベストセラー『自動車の社会的費用』(岩波新書、1974年)が有名で、当時の(今も?)基幹産業であった自動車が普及することによってかかっている、顕在化していない(言い方を変えれば、外部化している)「社会的費用」(道路整備、交通事故、環境破壊など)を明るみにする論考であった。
 ある経済活動の外側に対する負のインパクトを「外部不経済」として位置付け、またアプリオリに万人に平等に与えられた環境を「社会的共通資本」(たとえば、海や川、大気は誰のものでもなく、万人が自由に享受できるもの。公害はそれらを毀損するもの)と捉えて、それら概念を包摂した経済学を模索していた。地球温暖化問題は現代的で、最も分かりやすい例である。
ところで新年が明けた今の時期は、建築学科の学生にとっては卒業設計の季節である。私も非常勤講師を勤めている大学の講評会で作品にコメントをしてきた。
 実業を生業にしている立場からすると、現実離れした学生の作品群は想像力を逞しく羽ばたかせていて、講評する側にむしろ新たな認識を与えてくれたりして、初心に帰るような思いもする。
 その一方で、卒業設計では課題、敷地から自由に設定することもあり、作品の中に自ら物語を創作することが前提となることもあり、当たり前にあるはずの建築の背後に広がる多くの事物(たとえば、人、生産、流通、法律、歴史など)を捨象して、自らの物語の中に閉ざされていることが傾向となっていて、そこに違和感を感じた。まさに「外部不経済」を考慮に入れていないのだが、温暖化と同じ様にそのスタンスはいずれは外部との矛盾に贖えなくなる。自戒も込めて。
本橋 良介(もとはし・りょうすけ)
東京都建築士事務所協会渋谷支部、MMAAA
1981年 大阪生まれ/2003年 東京工業大学工学部建築学科卒業/2003年 パリ・ラヴィレット建築大学留学/2006年 東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了/2009年 東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程単位取得満期退学/2014〜17年 本橋良介アトリエ主宰/2017年 MMAAA設立/2022年〜 明治大学兼任講師
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