BIMの課題を解くオブジェクト標準とBIMライブラリ 第3回
BIMライブラリ技術研究組合設立までの経緯とその活動
寺本 英治(BIMライブラリ技術研究組合専務理事)
図1 BIMライブラリ技術研究組合に至るプロセス
概要
 前回(第2回、『コア東京』2022年3月号)では、日本と英国でのBIM普及の違いを、調査データをもとに紹介しましたが、今回は、我々がBIMライブラリ技術研究組合(略称BLCJ)という組織に至った経緯と、その活動に関して紹介します。BIMライブラリ技術研究組合に至るプロセスは次の3段階があり、これらを図1に示します。
第1段階:2010年から2019年まで次世代の公共建築研究会IFC/BIM部会の活動
第2段階:2015年10月から2019年8月までのBIMライブラリーコンソーシアムとしての活動(上記と重なる)
第3段階:2019年8月から現在までのBIMライブラリ技術研究組合としての活動
次世代公共建築研究会 IFC/BIM部会の成果
 次世代公共建築研究会IFC/BIM部会の成果は、
① 約8年間にわたり、BIMに関する国内外の先進事例を約50回紹介し、関係者での情報を共有できたこと(日本のBIM元年は2009年ですが、その後設計事務所、ゼネコンなどでさまざまな取り組みがされています)。
② 上記の研究会は『主として設計者のためのBIMガイド』(大成出版、2017年)につながっています。
③ もうひとつの成果として、次世代公共建築研究会をきっかけにBIMオブジェクトの標準化を目的としてBIMライブラリーコンソーシアム(略称BLC)が設立されたことです。
 またこの活動の基本的な認識として、「設計者、施工者、施設管理者の情報連携が弱いこと」、「多くの人が利用できる情報インフラとしてのBIMライブラリがないこと(当時。これはまずBIMオブジェクト標準化が必要という認識)、「日本には実用的な分類・コード体系がないこと等」、BIM先進国・情報化先進事例と比較して日本に不足する技術を一歩ずつ見極め、次の段階での重点的な研究テーマを正確に認識できたことが大きな成果といえます。
 また海外の情報を収集する中で、英国NBSが2014年にBIMオブジェクト標準ver1.0を公開しており、その情報収集のためにNBSを視察し意見交換したことも以後の活動に役立っています。特に2015年頃はBIMの世界的なリーダーは米国であるという認識が強く、標準化を主体とする英国の動向の意味は正確には理解できていなかったのですが、英国が公開しているさまざまな標準類が、BIMでは重要な役割を持つことが徐々に認識することができました。特に第1回の拙稿で紹介したアジア政府BIM会議で、ISO会長、事務局長がBIM関係者会議に招待されて、BIMとISOとの連携を説明した場面は衝撃的でしたが、ある意味で英国の世界戦略に乗せられているのかもしれません。
図2 BIMライブラリーコンソーシアムの組織
図3 BLC BIMオブジェクト標準ver1.0の概要
BIMライブラリーコンソーシアムの設立と主な活動成果
 BIMライブラリーコンソーシアムが、2015年10月30日に正会員38社、特別会員19組織・個人により設立されました。ここまでに至るには、BIMフォーラムを設置し毎月1回の継続的議論を実施し、「BIMと仕様書をつなぐ」の翻訳、公共建築工事標準仕様書等のコード分類現況について調査、(一財)建設業振興基金が保有していたCADとBIMの両方の特徴を持つ、Stem、BE-Bridgeを(一財)建築保全センターが承継したこと等があり、約1年半の準備期間を経て、BIMライブラリーコンソーシアムが設立されました。
 なお準備段階でBIMライブラリーコンソーシアムの目的、活動内容、組織、活動期間、事務局等が議論され決定されていきました。
 当初に掲げた目標を設立趣意書から抜粋して以下に示します。
【設立趣意書から】
 この数年、建築物の企画・設計・施工でのBIM活用が急速に進んでいますが、BIMは本来建物のライフサイクル全般に活用できるものであり、建築物に長寿命化や省エネルギー等が求められる現在、運用・維持管理(FM)への活用も試みられています。このため形状情報とともに、建築材料・設備機器等の耐久性、エネルギー使用等の情報を集約し、誰もが容易に利用できるBIMライブラリーを構築することが喫緊の課題となっています。
 一方、海外のBIM先進国では、積極的なBIM活用により建設生産性と品質の向上などを目標とし、BIMはプロジェクト受注の必須条件となりつつあり、さらに統一したBIMライブラリー構築への取組みも始まっています。
 しかしわが国では、本来建設産業界全体で共有すべきBIMライブラリーが、現在はBIM利用者が個別に作成しなくてはならないため、業務効率の大幅な低下を招いております。
 この状況を打開すべく、関係者が一体となってコンソーシアムを設立し、C-CADECのStem等の成果を建築分野にも活用・拡張する等して、早期にライブラリーを構築、提供することを目指すべきだと考えます。これはBIMの利用推進、利用効果向上にも寄与するものです。BIMライブラリーの構築を目指すBIMライブラリーコンソーシアムは、今秋の設立を目指しております。幅広い関係者の方々のご理解、ご参加をお願い申し上げる次第であります。
【目的及び活動期間】
① BIMライブラリの在り方に関する検討
② BIMライブラリの建築系の標準仕様の作成(建築材料、建築製品、ELV等)
③ BIMライブラリの設備系の標準仕様の作成(Stem、BE-Bridgeの更新、活用を含む)
④ 運用に関する基準、規約等の作成
⑤ ①から④を踏まえ、広く利用されるBIMライブラリの構築・運用の実現
⑥ その他、普及・促進等に関係する諸活動
 また、コンソーシアムの活動期間は、平成32(2019)年度までの概ね5年間としていました。
【BIMライブラリーコンソーシアムの組織】
 組織を図2に示します。
【主な成果】
 BIMライブラリーコンソーシアムの主な成果としては、次の2点があります。
① BLC BIMオブジェクト標準の合意(2018年10月)
② 運用規約の整備
【BLC BIMオブジェクト標準ver1.0の概要】
 BLC BIMオブジェクト標準ver1.0の概要を図3に示します。
図4 BIMライブラリ技術研究組合の組織
BIMライブラリーコンソーシアムからBIMライブラリ技術研究組合への改編
 BIMライブラリーコンソーシアムは、2019年度までの時限活動としており、2018年度からその後に関して検討を行っていました。それが急遽、技術研究組合に改編したらどうか、またそうすることで建築研究所の研究パートナーになれるという指導が2018年度末に国土交通省からあり、そこから急遽、技術研究組合制度を勉強し、BIMライブラリーコンソーシアムの会員に組織改編に関する説明を行い、2019年度の総会で組織改編が了承され、2019年8月23日付けで国土交通大臣認可のBIMライブラリ技術研究組合が誕生しました。2019年3月から2019年8月までは綱渡りのような作業の連続で、特に設立時の企業組合員66、団体組合員13、個人組合員(部会長)4の合計83の公印を連名でいただく作業は、公印を押された書類が東京、大阪等に行き交い、紛失がなく無事予定した期間内に終了するか、ヒヤヒヤしていました。これは技術研究組合ではこれほど多数が参加する事例がなかったためです。
【技術研究組合の根拠法令】
 技術研究組合は、技術研究組合法(昭和36年法律第81号 最終改正:令和元年12月11日法律第71号)を根拠としています。令和3年4月現在に存続する技術研究組合は57で、経済産業省所管44、国土交通省所管8、その他5となっています。技術研究組合の事例として引き合いに出されるのが、SUICA、PASMO等の交通系カードです。相互利用とともに、各グループで独自性を持つものですが、BIMライブラリ技術研究組合では、各社の独自部分はほとんどなく、標準化を求めています。組合設立の目的について設立時申請書の記載内容を抜粋して以下に示しています。基本的には、BIMライブラリーコンソーシアムと同じですが、経営的に独立した組織であることが求められています。
【組合設立の目的】
 BIMによる円滑な情報連携の実現のため、繰返し利用される建築物の部材・部品の形状や性能等のデータ(BIMオブジェクト)を標準化し、その提供や蓄積を行うBIMライブラリを構築・運用するとともに、現在BIM導入を検討・開発中でその効果が大きい分野との連携を図ることにより、効率的な建築物のプロジェクト管理等を実用化することを試験・研究の目的とする。またBIMオブジェクトの標準化と広く利用される情報プラットフォーム(BIMライブラリ)構築が主な成果であることから、社会利益を主眼とした試験研究であることが特色です。
【実用化の方向性】
 BIMオブジェクトの標準化と標準オブジェクトによるBIMライブラリの構築・運用により、オブジェクト作成の繰り返し作業減による効率化、設計・施工等における利用者・利用例の拡大、設計から施工等・組織を超えた円滑な情報連携による生産性向上、共通情報プラットフォームによる環境・省エネ・避難等のシミュレーション・法令適合性確認、建築のIoT化・AI化等を推進しやすい 環境の構築を図ります。
【事業化の目途の時期】
 2022年度末頃までに、BIMオブジェクトの標準化とBIMライブラリ の構築・運用等に関する技術目標を達成し、当該成果を活用して、2023年度を目処に組合を組織変更し、BIMライブラリの社会実装を図ります。
【定款に示される事業】
第1章 総則
(事業)第1条〈前文省略〉
一 BIMによる円滑な情報連携の実現のため、繰返し利用される建築物の部材・部品の形状や性能等のデータ(BIMオブジェクト)を標準化し、その提供や蓄積を行うBIMライブラリを構築・運用するとともに、現在BIM導入を検討・開発中でその効果が大きい領域との連携を図ることにより、効率的な建築物のプロジェクト管理等の実用化 に関する試験研究を実施すること。
二 組合員のために前号の試験研究の成果を管理すること。
三 組合員に対する技術指導を行うこと。
四 試験研究のための施設を組合員に使用させること。
五 前各号の事業に附帯する事業
【組合員】
 2022年3月現在:企業組合員77(66)、団体組合委員18(13)、個人組合員4(4)  ※( )内は設立時
【試験研究の具体的な内容】
 研究テーマは、①「BIMオブジェクトの標準化」、②「BIMライブラリの構築・運用」、③「BIMによる円滑な情報連携の実現」、④「周辺領域との連携技術の情報収集」の4つです。具体的な内容を以下に示します。
研究テーマ1:BIMオブジェクトの標準化
【試験研究の具体的内容】
 BIMオブジェクトは、建築物を構成する部材・製品・機器等をBIMでモデル化したものであり、形状(情報)と属性(情報)で構成される。形状(情報)は部材等の3次元の形であり、属性(情報)は、性能、種別、法令、仕様、耐久性、コスト等である。建築プロジェクトでBIMを利用する場合には、このBIMオブジェクトを作成し、また繰返し利用するが、従来は個々の企業でBIMオブジェクトを作成しており、情報の配列・定義が不統一のため、円滑な情報連携ができなかった。そこで主に属性(情報)の標準化を図り、円滑な情報連携と生産性向上を図るものである。
 前身のBIMライブラリーコンソーシアムにおいて、2018年10月にBLCBIMオブジェクト標準(version1.0)が合意・確立されているが、PRISMの調査研究により課題が示されており、またテーマ3、4に関連する検討箇所もあること、対象製品範囲を拡大する必要があることから、さらに標準化を進め、情報プラットフォーのルールとして適切なものを目指す。
【目指す成果】
 BIMオブジェクトの標準を確立、拡充。
研究テーマ2:BIMライブラリの構築・運用
【試験研究の具体的内容】
 建築プロジェクトでは、発注を境に、建物を構成する個々の製品等が一般名称から企業の固有な製品に変化する。このためBIMライブラリで扱うBIMオブジェクトも、ジェネリックオブジェクト(一般名称)と、メーカーオブジェクト(製造企業、型式等が特定)が必要である。このうちジェネリックオブジェクトは当該研究で作成し、メーカーオブジェクトは、標準化と作成を支援するツールの開発を行う。またオブジェクトの提供、蓄積を行うBIMライブラリは、幅広く利用できるよう、配信環境の設定、拡張性やセキュリティへの配慮を行うとともに、運用に必要な規約類の整備、モニタリング体制等の技術を開発する。更に運用段階では、社会実装が可能かの観点から、技術及び運営の検証を行う。
【目指す成果】
 オブジェクトの作成及び作成支援BIMライブラリ構築・運用とその検証。
研究テーマ3:BIMによる円滑な情報連携の実現
【試験研究の具体的内容】
 設計から施工、施工から維持管理に円滑に情報が伝達できるよう、受け渡し・情報入力ルールの明確化とオブジェクト標準への反映を研究するとともに、現在BIM導入を検討中等で、導入効果が大きいと考えられる分野(例:建築確認申請、仕様情報等)でのBIM活用を図るため、必要な情報連携技術の検討、標準の見直し等の環境整備を行う。また、それらについて実プロジェクトでの試行、検証を行う。
【目指す成果】
 円滑な情報連携によるBIM活用の拡大。
研究テーマ4:周辺領域との連携技術の情報収集
【試験研究の具体的内容】
 BIMは、今後周辺領域・技術と連携しながら発展する可能性がある。このための情報収集、連携可能性検討等を行う。またBIMで新たに解決可能性が広がる分野も検討を広げる。具体的には、GIS、都市づくり、IoT、ビッグデータ、AI等において、建築物でも連携・活用しやすい環境構築を図るとともに、設計から施工、建物所有者への設計意図の伝達等が考えられる。 【目指す成果】
 BIMフロンティアにおける新たな可能性の創出。
BIMライブラリ技術研究組合設立に至るまでの活動と主な成果
【2010年度〜2019年度】
・会員間での情報共有、先進事例情報の共有
・『主として設計者のためのBIMガイド』の出版
【2015年度】
BIMライブラリコンソーシアムの設立
○各部会での論点整理
○今後の進め方に関する調査結果
○資料収集・翻訳
・NationalBIMObjectLibrarySurveyReport(ICIS/NATSPEC、各国のBIMライブラリ調査)
・ConnectingSpecificationsandBIM(ICIS、BIMと仕様書をつなぐ)
・NBSBIMオブジェクト標準ver1.0の翻訳
・NBSBIMライブラリーの利用規約の翻訳
【2016年度】
・オーストラリア空調衛生工事業協会との打ち合わせ
・NBSBIMオブジェクト標準の改訂版の翻訳
・アジア政府BIM会議
【2017年度】
・NBSBIMオブジェクト標準の改訂版の翻訳
・ISODIS19650part1建設作業の情報組織 BIMを利用した情報マネジメント 概念と原則の翻訳
・ISODIS19650part2建設作業の情報組織 BIMを利用した情報マネジメント 引渡段階の翻訳
【2018年度】
・NBSBIMオブジェクト標準ver2.0の翻訳
・BIMオブジェクト標準ver1.0の会員間での合意
「BIMオブジェクトライブラリの運用システムの試作検討」
 1)BIMオブジェクトライブラリデータの試作
 2)BIMオブジェクトライブラリデータの配信環境の検討
 3)BIMオブジェクトライブラリの運用システムの試作
【2019年度】
BIMライブラリコンソーシアムからBIMライブラリ技術研究組合への改編
「BIMオブジェクトライブラリの拡充と法適合判定等に必要な情報連携手法の開発」
 1)BIMオブジェクトの拡充
 2)BIMオブジェクトライブラリの配信環境の開発
 3)法適合判定等に必要な情報連携手法の検討
【2020年度】
「BIMオブジェクトライブラリデータの運用性の検証」
 1)建築設計分野における検討
 2)設備設計分野における検討
 3)仕様情報等との連携の検討
 4)建築実務での利用可能性の検討
【2021年度】
「BIMオブジェクトライブラリデータの実用性の検証」
 1)建築設計分野における標準ver2.0の検討
 2)設備設計分野における標準ver2.0の検討
 3)仕様情報等の連携の検討・整理
 4)建築実務での利用可能範囲の拡大に向けた検討
寺本 英治(てらもと・えいじ)
(一財)建築保全センター理事・保全技術研究所長(兼)BIMライブラリ技術研究組合(BLCJ)専務理事
昭和50年建設省(当時)入省/本省、関東、近畿、東北地方整備局、JICAフィリピン建設生産性向上プロジェクトリーダー、本省建築課長、整備課長(兼)総理大臣官邸建設室長、官房審議官を歴任。その後(一財)建築保全センター専務理事を経て、2019年から現職/その他:buildingSMART Japan理事、JFMA戦略委員会委員、元日本建築学会理事等