東京建築賞受賞作品見学会参加レポート
令和3(2021)年7月8日@早稲田大学37号館 早稲田アリーナ
鷹取 奨(東京都建築士事務所協会南部支部副支部長、鷹取1級建築士事務所)
案内していただいた水越栄一郎さん。
「戸山の丘」を登るスロープ。
「戸山の丘」頂部の緑の芝生。
芝生に面する交流テラスとガラス張りのラウンジ。
戸山の丘の下のアリーナ内部。
大階段。アリーナ内部に自然光を導く。
 第46回東京建築賞で東京都知事賞と一般二類部門最優秀賞をダブル受賞した「早稲田大学37号館 早稲田アリーナ」の見学会に参加した。設計を統括された山下設計の水越栄一郎さんにご案内いただくことができ、たいへん有意義な時間であった。
 当日は生憎の小雨模様。しかし、アリーナ本体を地下に埋めて地上を「戸山の丘」として緑化を施し、環境との調和を図った基本コンセプトの本意を知るには、この天気がかえってよかったかもしれない。植栽が恵みの雨を受けて生き生きとして見えた。
 作品の写真を最初に目にした時、「Z字」型に刻まれた戸山の丘へのスロープをちょっとデザインの「爪痕」のように感じたのを正直に告白しておく。だが、実際にスロープをゆっくりと登って行くと、豊かな自然環境が形成されていることが実感できた。水越さんは「雑木林」をイメージされたとのこと。注意深く選定された植生には、あえてデザインの痕跡を残さず、あたかも自然に自生したかのような環境にしようと腐心された様子がうかがえる。時折訪れる近所の幼稚園児はここを「おやま」と呼んでいるとのことで、それも深く頷ける。
 早稲田アリーナが建つのは、昭和32(1957)年に完成した「記念会堂」があった場所。スポーツの場としてだけでなく、入学・卒業式等の行事が行われてきた早稲田大学としては大隈講堂と並んでシンボル性の高い建物だったそうだ。老朽化により建て替えを余儀なくされたわけだが、シンボルであった建物に代わるものを設計するのはプレッシャーもあったかと思う。ご自身も早稲田の卒業生でいらっしゃる水越さんにとって、それは人一倍だったのではないか。
 戸山キャンパスは、西側にはかつて尾張藩下屋敷であったという歴史のある戸山公園、諏訪通りを隔てた北側には穴八幡を控え、都心における緑豊かな地として愛されて来た土地柄だ。そして地形は戸山公園から早稲田通りへとなだらかに傾斜している。水越さん率いる設計チームは、なだらかな「戸山の丘」を形成することで、土地の持つ自然の流れを積極的に計画に取り入れたのだ。その結果、豊かな植生を持つ「丘」が新たなシンボルとなったのである。
 アリーナを地下に埋めることは、省エネルギーにも貢献している。もともと気温の影響を受けにくい地下であることに加え、アリーナ床下に蓄熱水槽を設け、地中熱を利用した空間・空調システムを導入してゼロエネルギー・アリーナを実現している。
 地下のアリーナではその閉塞感が懸念されるところだが、アリーナに接する大階段を設けることによって自然光や緑を感じられる配慮がなされている。初めて大階段を降りて行く時、新入生は早稲田の学生になったことを実感し、最後に上って行く時、早稲田の卒業生となった誇りを胸に社会へと漕ぎ出して行く決意を固めることだろう。
 「戸山の丘」の頂部の芝生の小山には、晴れた日には学生たちが腰を下ろして語り合い、幼稚園児たちがお弁当を広げる光景が見られることだろう。アリーナでの試合を終えた選手たちが敵味方なく語らう姿も。当日はあいにくの雨模様だったが、小山の先の交流テラス、ガラス張りのラウンジは、思い思いに語り合い、本やパソコンに向かう学生たちで溢れていた。そしてその視線の先には緑の芝生や雑木林が……。このような環境で学べる学生たちを羨ましく思うとともに、この計画がまさしく成功していることを実感しつつ、緑の丘を後にして地下鉄早稲田駅に向かった。
鷹取 奨(たかとり・すすむ)
東京都建築士事務所協会南部支部副支部長、鷹取1級建築士事務所
1958生まれ/芝浦工業大学建築学科卒/鷹取一級建築士事務所、東京都建築士事務所協会南部支部
カテゴリー:東京建築賞
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