ICT時代に建築士はどう生きるか 第1回
BIMという行為について
志手一哉(芝浦工業大学教授)
デジタルツールの進化と産業の変化
 設計をする、あるいは施工するという職人的な技能に依存した作業をデジタルに置き換えていくことには、多くの苦難が伴います。鍛錬を重ねて体で覚えた暗黙知を、アルゴリズムやプログラムに置き換えることは、容易いことではありません。一方で、古代から現代に至る長い間に進化してきたあまたの道具は、建物のつくり方、工匠たちの働き方、建築生産の体制などを変えてきました。われわれの道具のひとつとしてすっかり定着したコンピュータは、ネットワーク越しに多次元の空間や大量のデータを自在に扱うことができるほど性能が進化してきました。これからの建築プロジェクトのワークフローは、デジタルデータを直接やり取りするスタイルに変化していくと思います。
 建築デザインの領域では、ビジュアルプログラミングや数値シミュレーションに代表されるコンピューテショナルデザインが広まりつつあります。コンピューテショナルデザインでは、デザインを導き出す思考をアルゴリズムで表現すれば、無限に近いアイデアを手作業と比べものにならないほどのスピードでコンピュータの中につくり出すことができます。それらの形状による性能の違いを数値シミュレーションで評価すれば、無限に近いアイデアから採用候補を短時間で絞り込むことができます。また、3次元CADでデザインした形は、CNCルーターなどのコンピュータ数値制御機械を使い、自らの労働で現実世界に具現化することができます。建築デザイン領域におけるデジタルツールの使いこなしは、デザインとエンジニアリングやクラフトマンシップの融合といえるでしょう。
 建築生産の領域では、建物を構成するスペースやシステム、機器や部品などに求められる性能やそれを解決する仕様の情報をデータ化し、そのデータを建物のライフサイクルの各業務で利用しようとするBIMが浸透しつつあります。
 これまで図面や建具・仕上表、特記仕様書などに書き込んでいた文字情報をパラメータ化することで、BIMのデータを設計、コストマネジメント、確認、施工、施設資産管理などの業務で扱うソフトウエアで共有して利用できるようになります。建物の情報は、企画から基本計画を経て竣工に至るまでの間で段階的に詳細化され、逐次的に追加されていきます。また、工事仕様や標準詳細のようにパラメータ化が難しい情報も多くあります。BIMを中核とした建築生産プロセスを実行するためには、多様なソフトウエアもアクセスでき、BIM以外のデータも共有できるデジタルワークの環境を用意する必要があるでしょう。
 このように、われわれが使う道具のデジタル化が進んでも、これまでの業務の根本が変わるわけではありません。変わることは、業務のスピードが目覚ましく高速化することと、産業の構造が変化していくことだと思います。
 この連載では、建築生産領域の道具であるBIMに焦点を当て、ICT時代の設計がどのように変化すると考えられるかを、国内外の状況を参考にしがら考えていきたいと思っています。
図1:BIMに関するISO規格
図2:A perspective on stages of maturity of analogue and digital information management(筆者による翻訳)
図3:Overview and illustration of the information management process(筆者による翻訳と簡略化)
国際標準化機構(ISO)に見るBIMのプロセス
 BIMに関する標準は、国際標準化機構(略称ISO)が策定しています。2020年4月現在では、BIMを活用した建築情報のマネジメント、BIMデータのモデル表現(IFC)、情報の受け渡し手順(IDM)、建設分野の情報の組織化(IFD)について国際規格があります(図1)。国ごとに異なる事情を加味するとしても、これらの国際規格を意識してBIMを展開する時代に入っているといえるでしょう。
 施設資産のライフサイクル全体にわたりBIMを活用してさまざまな情報をマネジメントするための規格でであるISO 19650シリーズは、英国のBIM Level 2のガイドであったPAS1192-2をベースに検討され、2018年に発行されました。その概念と原則を記述しているISO 19650-1には、ふたつの重要な図が掲載されています。
「A perspective on stages of maturity of analogue and digital information management(アナログおよびデジタル情報管理の成熟度の段階に関する展望)」(図2)は、アナログであるかデジタルであるかに関わらず、施設資産に関する情報管理の成熟度の段階とその展望をあらわした図です。
この図は、BIMプロセス標準(Standards layer)の上に、技術の発展(Technology layer)、情報の活用(Information layer)、サービス(Business layer)を順に積み上げることにより、コラボレーションで得られるプロジェクトのベネフィットが増大する様子が縦軸に描かれています。また、横軸にはBIMを導入していないStage1、BIMを導入したStage2、BIMを含めて情報を統合したStage3の段階で成熟度が描かれています。
 Stage3においても、ドキュメント、グラフィックモデル、非グラフィカルデータなど、BIMソフトウエアで作成されたか否かに関わらずすべてのプロジェクト情報を収集、管理、配布するために使用される単一の情報源を統合情報モデルと定義しているところに現実が反映されていると思います。
 「Overview and illustration of the information management process(情報管理プロセスの概要と図)」(図3)は、オーナーの施設資産管理を起着点とした、統合情報モデルを構築するプロセス(Common Data Environment Process)の図で、本稿に掲載している図は筆者が簡略化と一部の追記をしています。
 オーナーは統合情報モデルの構築に対する要求条件を提示した後に、BIM実行計画を含む提案を評価してプロジェクトの参加者を順次選定していきます。建築生産プロセスでは、各ステージの情報管理に適切な組織を割り当てて、プロジェクトチームとオーナーサイドや監督機関が情報のやり取りをしつつその結果が蓄積されていきます。施設資産管理の段階では、蓄積された情報にメンテナンス情報やセンシングデータなどの日常業務で生じるデータが蓄積されるとともに、修繕工事や改修工事など非日常業務の情報が「残存プロジェクトの情報」として追加されていきます。
 Common Data Environment(CDE)に特定の形式はありません。プロジェクトの供給側のニーズとオーナーサイドの情報の要求を照合し、対応する環境を構築することになると考えられています。
ステージという考え方──英国の事例
 先に述べた通り、BIMを導入した建築生産プロセスでは多様なコラボレーションが期待されます。そこにおける役割と責任を整理するためには、ステージという考え方が重要な意味を持ちます。
 英国の王立英国建築家協会(Royal Institute of British Architects:RIBA)は、建築生産プロセスをいくつかの主要なステージに分割し、プロセスマップとマネジメントツールの両方をプロジェクト全体で共有するフレームワークとして「Plan of Work」を提供しています。Plan of Workは1963年に初版が公開され、最新版のPlan of Work 2020 は第10版となります。Plan of Work 2020では、0~7の8段階に分割された各ステージに、そのステージの成果物、主要なコアタスク、主要な法定タスク、発注契約方式、ステージの最後にメンバー間で交換する情報を定義していて、建物を構成するシステムの設計をどのステージで誰が担うのかを計画することにも使われています。
 たとえば、施工の難易度が高いと予想されるプロジェクトではステージ3で建設会社とプレコンストラクションの契約をする、外装を大型パネル化してプレファブリケーションとする場合はステージ4で専門工事会社と設計支援の契約をするというような采配が考えられます。あるいは、標準工事仕様の域を出ない部分はステージ3からデザインビルド、特殊なデザインをつくり込む部分はステージ4まで建築家による設計という組み合わせも考えられます。
 BIMで建物をモデリングするということは、システムの単位で建物を組み上げることにほかなりません。各ステージでさまざまな専門家が多様なかかわり方をする場合の、役割と責任を表示する「設計責任マトリクス(Design Responsibility Matrix)」の作成が英国の建築家に定着していて、Plan of WorkやBIM実行計画(BIM Execution Plan:BEP)に組み込まれています。
図4:「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン」で定義されているステージに、コストマネジメントと情報のワークフローを筆者が追記
建築BIM推進会議──日本の取り組み
 国土交通省が主催している「建築BIM推進会議」は、日本の建築生産に関わりかつBIMに関する取り組みを行っている団体のほとんどが参加して、2019年6月13日に初回が開催されました。2020年3月には、推進会議の配下に設置された「建築BIM環境整備部会」を中心に議論された「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」を公表しました。
 このガイドラインでは、建築生産プロセスを、企画(S0)、基本計画(S1)、基本設計(S2)、確認申請までの実施設計(S3)、工事契約に向けた実施設計(S4)、施工(S5)、引渡し(S6)、維持保全・運用管理(S7)の8つのステージに分けて考えることが本文後半の留意事項に書かれています。各ステージの責任は、S0とS1が発注者、S2~S4が設計者、S5が施工者、S6とS7がオーナーです。また、オーナーサイドのファシリティマネジャーを「ライフサイクルコンサルティング」、施工時に確定したり明確となる建築部品のさまざまな情報をBIMモデルに入力する業務を「維持管理BIM作成」と表現し、BIMワークフローの実行を支援する新たな役割として定義しています。
 それらと、各ステージにおけるコストマネジメントの考え方やBIMデータ/非BIMデータのワークフローの関係を筆者が想定して追記したものが掲載している図(図4)になります。各ステージの成果物を整理することで、作業の積み残しや確定/非確定の情報を明らかにした上で情報を次のステージに引き継ぐことできます。
 各ステージで遂行する業務、ライフサイクルコンサルティング、維持管理BIM作成にどの企業がどのようなかかわり方をするかによってプロジェクトの体制はかなり多様になります。
 「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン(第1版)」では、そうした多様な組み合わせの代表的な9つのパターンを「BIMの標準パターン」と称し、ステージを簡略に表現した上で、情報の受け渡し、業務内容とその契約内容や担い手について詳細に説明しています。たとえば、設計・施工一括方式をイメージした標準ワークフローの主な業務内容は、企画でBIM活用のための計画を策定、基本設計の冒頭でその計画を設計者に指示、実施設計の冒頭で実施設計者に施工図等におけるBIM活用を指示、工事着手の冒頭で施工者にBIMを活用とした施工と施工段階で決まる情報の維持管理BIM作成者への提供を指示、施工期中で維持管理BIM作成者に維持管理BIMの作成とその成果物を維持管理者に提供することを指示、運営では維持管理者に維持管理BIMを活用した維持管理の実施を指示すると定義されています。
 建築BIM推進会議には建築BIM環境整備部会の他に4つの部会が設置されていて、パラメータを主体としたオブジェクト標準、BIMによる確認申請の方法、コストマネジメントの視点による分類体系、BIMデータのモデル表現や共有データ環境について検討が進められています。5つの部会が担当している検討課題は、ISOの各規格のカテゴリーと概ね対応している感じがします。日本でも、BIMというデジタルツールを導入してプロジェクトのベネフィットを増大させるための環境整備が、国際標準に範をとりつつ進められているといえるのではないでしょうか。
志手 一哉(しで・かずや)
芝浦工業大学教授
1971年生まれ/1992年 国立豊田工業高等専門学校建築学科卒業/2009年 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科専門職学位課程修了、博士(工学)/1992年に株式会社竹中工務店入社/2014年 芝浦工業大学准教授着任を経て、2017年4月より現職/共同執筆に『ファシリティマネジャーのためのBIM活用ガイドライン』公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会、2019年、『建築ものづくり論- Architecture as "Architecture"』有斐閣、2015年など
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タグ:BIM