東京2020とユニバーサルなまちづくり
髙橋 儀平(東洋大学名誉教授)
はじめに
 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下東京2020大会)の開催が間もなくやってくる。組織委員会によるオーバーレイ工事が進む大会会場や成田国際空港、羽田国際空港を始めとする都内の公共交通機関、道路、情報通信、宿泊施設の整備が急ピッチで進んでいる。
 2013年9月8日ブエノスアイレスで東京2020大会の招致が決定し、私たちは大きな感動を共有した。と同時に、誰もが東日本大震災の復興を注視する中で、本当に東京2020大会が開催できるのか、震災復興に影響を及ぼさないのか、といった不安が脳裏を横切った。
 筆者が東京2020大会の施設計画に参画することとなったのは、2014年7月、新国立競技場の基本設計決定後にユニバーサルデザインのアドバイザーとして関わったのが最初であった。
 その1年前である2013年6月、国際パラリンピック委員会(IPC)がオリンピック・パラリンピックを開催する都市に求めるガイドライン(IPCガイド)を公表した。日本のバリアフリー、ユニバーサルデザインは、海外の専門家から見てもその先導性が評価されていたと認識していた。しかし「国連障害者の権利条約」(2006年)に基づいたIPCの基本原則や各施設のアクセシビリティ水準を改めて確認すると、わが国の基準にない多くの課題が浮き彫りとなった。
 新国立競技場の事業関係者のみならず、東京都の競技会場関係者、政府、関係各省庁は急ぎ東京2020大会に対応する国内のバリアフリー法制度の見直しに着手せざるを得なくなったのである。
 本稿では、東京2020大会に向けた各種法制度の取り組み、新国立競技場等大会競技場のユニバーサルデザインの取り組み、そして2020以降における日本のユニバーサルデザインのまちづくりについて論考する。
表① 2000年以降の日本のバリアフリー/ユニバーサルデザインの沿革
図❶ バリアフリー法における「バリアフリー基本構想」の仕組み
  (2019年3月現在、全国303区市町村が策定済み:国交省資料を基に加筆)
2000年以降のユニバーサルデザイン法制度の沿革
 表①は2000年代以降の日本のバリアフリー法制の沿革である。日本におけるバリアフリー関連法は1994年の建築物に対するバリアフリーを求めた「ハートビル法」が最初である。2000年にハートビル法の影響を受けて成立した「交通バリアフリー法」からは、法制度の動きが一気に加速したように思う。もちろん今日でもいくつもの課題はあるのだが、先に述べた国連障害者の権利条約が制定された2006年12月に、ハートビル法と交通バリアフリー法が統合された「バリアフリー法」が制定された。この統一法の目玉は一定の建築物や交通機関におけるバリアフリーの義務化もさることながら、都市や地域での段階的、一体的なバリアフリーを点や線だけではなく面的に促進する「バリアフリー基本構想」制度がつくられたことであろう(図❶)。
 現在もなお、この制度の全国的な整備割合は全国1,741自治体のうち2割に満たないのであるが、この基本構想は、建築物の所有者、交通事業者、高齢者団体や障害者団体の代表が一同に参加して協議する重要な民意反映のプロセス「バリアフリー基本構想協議会」により立案されているのである。
 この協議会では、まちや地域のバリアフリーを推進するために、市民、関係者が協議し目標を定め、「特定事業計画」を確実に実行するというプロセスの合意形成が行われる。
表②「Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドライン」(設計基準)の考え方
表③ IPCガイドの基本原則
「IPCガイド」と「TOKYO2020アクセシビリティ・ガイドライン」
 東京は世界で初めて同一都市で2回目のオリンピックとパラリンピックが同時に開催される都市であるが、この同時開催こそアクセシビリティやユニバーサルデザインが強く求められる所以である。すなわちすべてのパラリンピックの競技が原則としてオリンピックと同じ会場で開催される。そのためすべての競技場、選手村等はIPCガイドに基づいて制定された東京版「Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドライン」(表②、以下Tokyoガイド)による整備が求められている。
 既に述べたように、IPCガイドは2006年の国連障害者の権利条約の考え方をベースに構築されているのであるが、権利条約で重視されている考え方は、①障害を理由とした差別の禁止(人権や尊厳を妨げる行為、自由な移動や利用を妨げる行為の禁止)、②個々の障害に応じた合理的配慮(障害者が他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整で過度の負担が伴わない物的、人的配慮)、③障害は個人に帰するものではなく社会がつくりあげたものであるという「社会モデル」の認識である。
 その根底には、すべての人の平等観、人権と尊厳の確保があり、障害者の問題は障害者自身が判断し、決定すべきであるという思想が存在する。
 IPCガイド(表③)はパラリンピック開催地に求める世界共通基準であり、「アクセシブルでインクルーシブな大会」が目標である。ハード面およびソフト面の技術的仕様として、競技場の設備、ホテル客室、輸送手段、サービス、大会運営等のすべてについての整備基準が細かく決められている。大会運営のあらゆる面でアクセシブルでインクルーシブ(分離ではなく包含を標準とする)な進め方を取り入れることが求められている。
 特に基本原則では、あらゆる人びとが個人の機能的能力に関係なく、同じ体験、同じ水準のサービスを受けられるようにできなければならないこと、障害者の参加と機会均等を確保することを明確に位置付けている。この内筆者が最も心を打たれたのは、「先進国と言われる国々でもあらゆる人々が容易に利用できる環境に到達していない。」というアクセシビリティの認識である(1。
 一方、Tokyoガイド(2は、IPCが求める開催地の要件を東京2020大会用として新たに作成し、2017年3月にIPCから承認を受けた。Tokyoガイドの検討は、2015年、内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部、東京都オリパラ準備局、大会組織委員会で構成されるアクセシビリティ協議会の三者により、新国立競技場や都立競技施設等の進捗状況に合わせて、急ピッチに進められた。検討は三者の協議会内に設置されたワーキンググループが担った。ワーキングには全国レベルの障害者団体、高齢者団体、子育て団体、専門家ら約30団体の代表が参加した。検討期間はわずか1年ではあったが、建築・設備、空港、輸送、宿泊施設、選手村、観光、広報、移動交通、コミュニ―ションサポート、接遇等のガイドラインが取り纏められた。
図❷ 「ユニバーサルデザイン2020行動計画」の概念(筆者作成)
写真❶ 竣工した国立競技場(2019年12月)
世界最高水準のユニバーサルデザインを目指した国立競技場、車いす使用者用客席と同伴者席(車いす席の総数は約520席)
東京2020大会レガシーに向けた「ユニバーサルデザイン2020行動計画」
 2017年2月20日、「ユニバーサルデザイン2020行動計画」が東京2020大会関係閣僚会議によりを決定された(図❷)。本計画は、東京2020大会への準備とともに、その後に続くまちづくりへの重要なしくみをテーマとした。議論では大きく「街のバリアフリー」と「心のバリアフリー」の二つの分野に限定して進められ、ハードとソフトの一体的な行動により共生社会の実現を図るという計画である。
 そしてこの計画で特筆されるのは、国レベルでは恐らくはじめてユニバーサルデザインの評価会議が位置付けられたことである。しかも評価会議は18名の外部構成員の内、障害者団体が13団体という特徴をもつ。国連障害者の権利条約で謳われた障害当事者の政策決定プロセスへの参加と事業評価が東京2020大会を目前にしてようやくスタートしたのである。2020レガシーに向けた取り組みはこれからであるが、すでに行動計画の実現に向けた微修正も始まっている。以下、本計画を構築する際に議論された重要な論点を整理する。

【ハード面の目標】
①障害者の権利条約に基づくバリアフリー法の改正。東京2020大会の準備に対応した法整備。
②新国立競技場及びその周辺環境における世界最高のユニバーサルデザインの達成(写真❶)。
 障害者団体が参加したユニバーサルデザイン・ワークショップが、基本設計、実施設計、施工段階において計21回開催され、大成JVチームによる設計応募時点の計画課題が改善された。
③鉄道施設等におけるホームドア等視覚障害者の安全確保。
④都市と地方の格差を埋めるユニバーサルデザインの推進。特にホストタウンを優先したモデル的整備への支援。
⑤人口の超高齢化とインバウンドの急増に対応した観光地と文化財のバリアフリー化。宿泊施設のバリアフリー化。
 宿泊施設については整備基準(バリアフリー法省令)の改正と建築設計標準の改正を実施。
⑥羽田国際空港、成田国際空港のユニバーサルデザインとオリパラ競技施設までの輸送交通手段の確保。駅等のバリアフリー改修。ユニバーサルデザインタクシーの支援。

【ソフト面の目標】
①国連障害者の権利条約の履行。障害者差別解消の推進と合理的配慮の取り組み。
②多様な市民理解と共生社会を目指した地域や学校、企業における「心のバリアフリー」の取り組み。
 2020年度からは学習指導要領が改正され「心のバリアフリー」教育が本格化する。学校現場、地域社会での取り組みが極めて重要である。
バリアフリー法の改正とこれからのまちづくり
 「ユニバーサルデザイン2020行動計画」に位置付けられたバリアフリー法の改正論議が2017年初頭に始まり、2018年5月成立した。法改正の論点では、共生社会へのあゆみを位置付け、障害の理解、差別の禁止、「社会モデル」の明文化が大きなテーマとなった。改正バリアフリー法第1条の2(基本理念)には次のように記されている。
 「この法律に基づく措置は、高齢者、障害者等にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資すること及び全ての国民が年齢、障害の有無その他の事情によって分け隔てられることなく共生する社会の実現に資することを旨として、行われなければならない。」
 社会環境による障害の除去がバリアフリー法の中で明確に謳われ、これまでにないハードとソフトの一体的整備、事業者、施設管理者、設計者の意識の変革を問うものとなったのである。主な改正ポイントは次のように捉えられる。

①国連障害者の権利条約に基づく社会モデルの考え方をバリアフリー法上に明確に謳ったこと。
 改正法では明確に「社会的障壁の除去」、「共生社会の実現」の理念が明記された。
②交通事業者に対してハードと人的サービスを含むソフトのバリアフリー事業の公表を義務付けたこと。
 たとえば、従業員教育、バリアフリー情報の提供、バリアフリー推進体制等である。
③地域のまちづくりを強化する「市町村バリアフリーマスタープラン制度」の創設。
 バリアフリー基本構想の遅滞に対する対応策で、基本構想の策定を後押しする。マスタープランのみでも道路や交通機関などの一定のインフラ整備を構築できるようにした。
④インバウンドの増加を踏まえた貸し切り観光バスや観光遊覧船のバリアフリー化。
⑤市町村における建築物等のバリアフリー情報の取り纏め。
 事業者はバリアフリー化した設備等を市町村の求めに応じて情報提供し、市町村はバリアフリーマップ等を作成し市民へ情報提供する。
⑥障害者等の参画によるバリアフリー評価会議の設置。
 内閣官房が主導するユニバーサルデザイン2020行動計画評価会議とは別に、国土交通省が本庁及び地域レベルでも評価会議を設け、バリアフリー整備状況を検証する。

 以上が主な改正のポイントであるが、残された課題も少なくはない。たとえば、従前から議論になっている2,000㎡未満の小規模建築物のバリアフリー化問題である。特に日常生活圏にある小規模店舗のバリアフリー化は障害者(団体)の要求が最も高い。また、東京2020大会を迎えて遅れている宿泊施設のバリアフリー化である。ようやく2019年9月からは、総客室数50室以上のホテル、旅館では車椅子使用者用客室を1%以上設けることが義務付けられたが、平均3~5%の国際水準からみるとかなり低い数値である。
 一方2018年の改正時点では普通学校のバリアフリー化が未議論のまま国会審議での付帯決議に残されたが、2020年1月公立小中学校のバリアフリー化が閣議決定された。阪神淡路大震災以降一貫して要望されてきた災害時の一時避難場所確保の問題やインクルーシブ教育に向けて大きな進展が見られそうである。全体でみると今回のバリアフリー法の改正は、障害者の権利条約の理念を踏まえたことで、障害者団体からも一定の評価を得られたが、バリアフリーが地域社会に根付くための方策、自治体の取り組み(たとえばバリアフリー委任条例の検討)の議論をさらに進める必要がある。
写真❷ まちづくり点検ワークショップ(全体会でのまとめと発表の様子:北区)
写真❸ 工事現場でのユニバーサルデザイン・ワークショップの様子(公共施設)
これからのユニバーサルなまちづくりに向けて
 ユニバーサルなまちづくりを推進するための重要なキーワードは、障害者をはじめとする市民、ユーザーの参加である。日本では今インバウンドが急増しているが、歩行用杖使用者、車いす使用者、視覚障害者、補助犬使用者、知的障害者、発達障害者、精神障害者、認知症高齢者、トランスジェンダーなどユーザーの多様化が急速に進んでいる。人権や公平性からは良い傾向ではあるが、公共空間において設計者がこれらの人びとの利用行動を想定することは極めて困難である。
 ひとりでも多くの利用者のニーズを把握するためにどのような方法があるか。やはり、対話やワークショップから始めなければならないであろう。これは単に技術的解決に向けてではなくむしろ平等な環境づくりへの出発点と捉えてよいであろう。もちろん利用者との対話やワークショップですべて望ましいまち・施設を実現できるとは限らない。筆者の経験でも上手くいかなかった事例も少なくはない。しかしながら、障害者や市民の参加が設計者や事業者に多くのアイデアをもたらすことは間違いない(写真❷、❸)。
 ユニバーサルなまちを達成するにはもう少しの時間が必要である。施設やまちが完成した時点からが本当の勝負であるからだ。なぜなら、計画や設計に参加し意見交換を行った市民はほんの一握りだからである。魅力あるまちや施設に仕立て上げるのはその他大勢の人であることを忘れてはならない。事業者や設計者がこの想いに辿り着いた時こそ「ユニバーサルなまちづくり」に一歩近づいたといえるのではないか。

【参考文献】
1)「IPCガイド」(IPC Accessibility Guide : An Inclusive Approach to the Olympic & Paralympic Games)2013、2015、日本パラリンピック委員会
2)「IPCガイド」13頁
3)髙橋儀平『福祉のまちづくりの思想と展開』彰国社、2019年
髙橋 儀平(たかはし・ぎへい)
東洋大学名誉教授
1972年 東洋大学工学部建築学科卒、助手、講師、教授等を経て、2006年 ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授、2009年~2013年 ライフデザイン学部長、日本福祉のまちづくり学会会長、2019年4月より東洋大学名誉教授、博士(工学)、一級建築士、東京都福祉のまちづくり推進協議会会長、バリアフリー法建築設計標準検討委員会委員長、新国立競技場建設事業ユニバーサルデザインアドバイザーなど
カテゴリー:建築法規 / 行政