緊急寄稿:新型コロナウイルスと休業
横手 文彦(特定社会保険労務士、横手事務所)
 本稿を執筆している2月後半時点で、武漢発の新型コロナウイルスに感染した患者がわが国でも各地で見つかり、いまだその実像に不明な点も多いウイルスの蔓延が大いに恐れられている状況です。政府は、新型コロナウイルス感染症を指定感染症に指定しています。それに伴い、患者を見つけた医師には報告義務が生じ、都道府県知事は患者に入院を勧告し、全国約400の指定医療機関への強制的な入院措置が行われることになりました。患者には一定期間、就業制限の指示を出すことができます。なお、入院中の治療費は公費負担となります。
 そこで、新型コロナウイルス騒動が原因で事業の休止を余儀なくされた場合の休業手当、従業員が件の疾病に罹患した場合、または、罹患が疑われる場合の賃金など、会社はどのように対処したらよいのか、社労士的な視点で問題提起と解説を試みたいと思います。
新型コロナウイルスが原因で休業を余儀なくされた場合
 労働基準法は、「使用者の責に帰すべき事由による休業」の場合においては、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならないと定めています。これが休業手当というものですが、不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありません。
 ここでいう不可抗力とは、(1)その原因が事業の外部より発生した事故であること、(2)事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること、の二つの要件を満たすものでなければならないと解されています。
 たとえば、海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があると考えられます。
従業員が新型コロナウイルスに感染していると疑われる場合
 実務的には、風邪のような症状が出て感染が疑われる状況が自覚され、特定の医療機関での検査を経て、感染または非感染の判定行われることになると思われます。厚生労働省は、風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合、強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある場合には、最寄りの保健所などに設置される「帰国者・接触者相談センター」に問い合わせるよう指導しています。また、高齢者や基礎疾患のある者については、様子見期間が2日に短縮されています。
 「帰国者・接触者相談センター」での相談の結果、新型コロナウイルス感染の疑いのある場合には、「帰国者・接触者外来」を設置している医療機関が紹介されます。「帰国者・接触者相談センター」は、必要に応じて、「帰国者・接触者外来」に対して確実に受診できるよう調整を行います。
 そして、「帰国者・接触者外来」を設置している医療機関における検査結果で感染と判定されると、都道府県知事が行う就業制限により従業員が休業することになります。この場合、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しないと考えられますので、休業手当を支払う必要はありません。これでは休業期間中無給になってしまうのかということですが、要件を満たせば、健康保険から傷病手当金が支給されます。具体的には、療養のために労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から、ざっくり給与(標準報酬日額)の3分の2について、傷病手当金により補償されることになります。
 新型コロナウイルスかどうか分からない時点で、発熱などの症状がある従業員が自主的に休む場合は、通常の病欠と同様の取り扱いとなります。一方、たとえば熱が37.5度以上あることなど一定の症状があることをもって一律に労働者を休ませるといった措置をとる場合など、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要が出てきます。このあたりは、1週間程度の病欠で復帰することが通常であるインフルエンザなどとは状況が少し変わってくると思われますので、会社として新型コロナウイルスの流行にどのように対応すべきか、事前に労使でしっかりと話し合っておくことが求められるでしょう。
労災保険の適用について
 会社で新型コロナウイルスに感染して発症したのだから業務上の疾病であり、労災保険の休業補償給付の適用対象である、という主張ができるのかということです。これについては、極めて例外的な事例(感染地域へ出張中だった従業員が帰国後間もなく発症したなど)を除き、通常のインフルエンザ感染と同様、勤務中に感染したということの立証は困難であり、労災保険の適用は原則としてできないと考えるべきです。  今回の新型コロナウイルスについては、WHOが緊急事態宣言を発して対策が取られていますが、現時点ではまだ感染が拡大する傾向にあります。厚生労働省は「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」を公表しています。アップデートされた情報を得るためにも適宜参照されることをお勧めします。
横手 文彦(よこて・ふみひこ)
1959年東京生まれ/1982年 早稲田大学法学部卒業後、大手証券会社にて長く国際金融業務に従事/コンサル会社勤務を経て、2010年 開業登録、青山繁晴氏が唱える「脱私即的」をモットーに労務管理および社会保険のアドバイス、就業規則の作成および英訳、社会保険教育講師などに従事/「浅草社労士の勉強部屋」
カテゴリー:建築法規 / 行政
タグ:社労士