台南市建築師公会来日──森山松之助の作品を訪ねて
新宿支部|平成31(2019)年2⽉26⽇@築地
三栖 邦博(東京都建築士事務所協会新宿支部、名誉会員、三栖邦博・環境デザイン研究室)
全員で記念撮影。
 台南市建築師公会の総勢28名の訪日団が平成31(2019)年2月26日から5日間の滞在予定で来日され、新宿支部主催の歓迎会が2月26日夕、築地の寿司屋で開催された。
 訪日の目的は、東京近郊に最近建てられた話題の建物と日本統治時代の台湾で活躍した建築家森山松之助の設計で国内に建てられた建物の視察である。土屋正支部長をはじめ33名の新宿支部会員に加え、本部から児玉耕二会長と加藤昇副会長、JIA新宿地域会からも小倉浩会長他2名が参加され、新宿支部と台南市建築師公会との旧交を温める賑やかな招宴となった。新宿支部と台南市建築師公会との交流は、昨年(平成30/2018年)6月の新宿支部の初めての海外研修で日本統治時代の建築の保存と活用の現況視察をテーマに台湾の古都、台南を訪ね、建築師公会の方々と交歓しご案内いただいたことに始まる(『コア東京』2018年8月号「支部研修旅行──台湾の日本統治時代の建築」参照)。
台南と日本
 台南は、1624年に始まるオランダ統治時代から明の武将鄭成功が政権を樹立した東寧国の時代、その後の清朝統治時代の末期まで約2世紀半にわたり台湾の首都であった。明朝末期に、日本人の母を持つ長崎平戸の生まれの鄭成功が明朝復興に立ち上がり、当時台湾を支配していたオランダを駆逐し、清朝政権への抵抗拠点としたのが台南であり、日本にゆかりのある地でもある。また、江戸時代初期に大ブレークした近松門左衛門作の人形浄瑠璃「国姓爺合戦」で演じられた鄭成功のストーリーは江戸市民の間で永らく親しまれてきた。
 先の研修では、自ら保存修復工事の設計監理を担当された台南市建築師公會の葉世宗理事長から、台南司法博物館として開館されたばかりの森山松之助設計の「旧台南地方法院」(1913年)の修復工事の詳細な説明とご案内をいただいた。歓迎会の席上、葉理事長から土屋支部長に再会の記念に手渡されたのも、葉理事長自ら3Dプリンタでつくり上げた旧台南地方法院のモデルであった。現況建物の詳細な調査研究に基づく綿密な復元設計と、手仕事に近い丁寧な修復工事に注がれたエネルギーの大きさ、そして保存再生の醍醐味が伝わる葉理事長の熱のこもった解説に感服したことが思い出された。
森山松之助と松ヶ崎萬長
 旧台南地方法院の設計者である森山松之助は明治39(1906)年に台湾総督府営繕課技師として着任し大正10(1921)年の帰国まで、「台湾総督府」をはじめ「台中州庁舎」、「台南州庁舎」など主要な庁舎の建設を手掛けた。国内にも、「旧久邇宮邸御常御殿」(聖心女子大学構内)、「新宿御苑台湾閣」、「片倉館」、「本所公会堂」などの作品を残している。帝国大学で辰野金吾に師事した森山は貴族院議員で外交官の父、大阪商工会会議所を創設した経済界の重鎮五代友厚を叔父に持つエリート建築家のひとりであり、旧台南地方法院の意匠にはジョサイア・コンドルから辰野金吾に連なるヴィクトリアンゴシック様式の影響が色濃く見られる。
 もうひとりの注目すべき建築家に13歳で岩倉使節団の一員として欧米を視察、ベルリン工科大学で建築を学び、帰国後内閣臨時建築局工事部長として官庁集中計画に携わった、堂上公家を父にもつ男爵松ヶ崎萬長がいる。松ヶ崎は官庁集中計画作成を委託したドイツのエンデ・ベックマン事務所(ヘルマン・エンデとウィルヘルム・ベックマン主宰)に日本人建築家や職人総勢20名を送り込むなど建築技術の習得や人材の育成、さらに辰野金吾らと造家学会(建築学会の前身)を創設するなど建築家職能の確立にも尽力した。明治40(1907)年に台湾総督府鉄道局技師として台湾に赴任した松ヶ崎の設計になる「鉄道局庁舎」、「基隆駅」、「新竹駅」が現存している。昨年の研修で見学の機会を得た保存修復工事中の旧鉄道局庁舎はエンデ・ベックマンのもとで学んだ松ヶ崎のネオバロック風の優雅な美しい建物で、台湾鉄道博物館としての完成、開館が楽しみである。
 西欧の制度や技術をいち早く取り入れ、近代化を急ぐ明治政府に招聘された多くの専門家が日本の近代化に重要な役割を果たしたが、当時西欧で主流であった折衷様式を伝えた建築家ジョサイア・コンドルとエンデ・ベックマンの直系の優秀な建築家が台湾に赴いたことに、台湾経営を重視する明治政府の姿勢が読み取れ、このことが、今でも活用され続ける質の良い建築を生むことにつながったと考えられる。
幸せな建築
 台南には、明治28(1895)年の日清戦争による割譲から昭和20(1945)年までの50年間の日本統治時代に建てられた庁舎、デパート、銀行などが残り、その多くが台南市建築師公会の皆様の手によって、文化施設や商業施設として修復活用されている。市民から親しまれ、趣のある奥深い景観形成に寄与しているこれらの「幸せな建築」への思いを台南市建築師公会の皆様と共有できることは大きな喜びである。
三栖 邦博(みす・くにひろ)
東京都建築士事務所協会名誉会員、新宿支部、三栖邦博・環境デザイン研究室
1941年 神奈川県生まれ/1963年 東京工業大学卒業/1966年 イリノイ工科大学大学院修了/SOMシカゴ建築設計事務所勤務の後、1968年 日建設計入社、社長、会長を歴任、2012年退社/現在、三栖邦博・環境デザイン研究室主宰。日本建築士事務所協会連合会名誉会長、ニューオフィス推進協会会長など