国および東京都への要望書
一般社団法人東京都建築士事務所協会
 (一社)東京都建築士事務所協会は、会員の皆さんが、日ごろの設計監理業務や建築士活動において困っておられること、法律、条例、制度等をこのように改正したらと思うこと、そして、国や都がこのような施策を実施してくれたら私たち建築士が安全安心なまちづくりにより寄与できるのではないかと思われること等をとりまとめ、毎年次年度の施策を審議する議会開催前に、国や都に対して要望書を提出する活動を行っています。今年も平成27年9月1日に東京都へ、10月5日に国へそれぞれ要望書を提出しました。それぞれの内容は以下の通りです。
東京都来年度予算への要望
 私ども一般社団法人東京都建築士事務所協会は、首都東京において、人間性豊かな都市空間の創造と生活環境の整備のために、よりよい技術的・文化的な向上に向けて相互に研鑽努力する、建築設計・工事監理等を業とする建築士事務所を単位とする唯一の法定法人であります。
 建物が国民生活及び社会環境の形成に及ぼす影響は大きく、建築物の質の向上は社会的要請でもあります。建築士事務所の健全な発展と日本国の建築文化の向上を図るための施策として、平成28年度東京都予算編成等にあたり、以下のことを要望いたしますので、格別のご配慮を賜りますようお願いいたします。
1. 東京都における空き家対策を策定するため、その撤去、利活用に関する方策の策定に資する実態調査等の業務を本会に委託するよう要望します。
増え続ける空き家
 2013(平成25)年の日本の空き家数は820万戸、空き家率は13.5%と過去最高を記録した(下図)。
図 空き家数及び空き家率の推移-全国(昭和38年〜平成25年)
 (総務省統計局、平成25年住宅・土地統計調査確報集計結果より)
──

 総務省の「住宅・土地統計調査」によれば、日本の全住宅における空き家の割合が13%を超え、少子化に伴う人口減少により今後はさらに増加し、2040年には30%を超えるともいわれています。
 空き家が長期間放置され老朽化すると、「風景・景観の悪化」のほか、「防災や防犯機能の低下」、「ゴミなどの不法投棄等を誘発」等、周辺地域にさまざまな問題をもたらします。
 この空き家等を放置することによる地域環境の劣化を防ぐ対策のひとつとして、平成26年11月19日に「空き家等対策の推進に関する特別措置法」が制定されましたが、こうした空き家が増加している背景には、(1)人口減少だけでなく、(2)核家族化が進み、親世代の空き家を子供が引き継がない、(3)売却・賃貸化が望ましいが、質や立地面で問題のある物件は市場性が乏しい、(4)売却・賃貸化できない場合、撤去されるべきだが、更地にすると土地に対する固定資産税が最大6倍に上がるため、そのまま放置しておいた方が有利、などの要因が挙げられます。
 日本の世帯数はピークになる2019年以降右肩下がりに減少し、空き家がますます増加し、不動産価値も減少することから、空き家問題が深刻化するのは時間の問題であり、その対策に取り組まなければいけない喫緊の課題と考えます。
 その端緒とすべく、東京都におけるその撤去、利活用の方策の策定に資する実態調査等の業務を、本会に業務委託するよう要望いたします。各区市町村の実態調査については、本会各支部に振り分けて行うことで、均一で有用な調査結果が期待できると考えます。
2. 東京都教育庁所管の施設について、建築基準法第12条第2項に基づく「特殊建築物定期調査」及び同条第4項に基づく「建築設備定期検査」の一括業務委託を要望いたします。
 建築基準法第12条の規定に基づく都有施設の調査・検査業務は現在競争入札方式で選定されていますが、この競争入札方式では、物件ごとに調査・検査技術者が異なるため、調査・検査によって得られる情報に継続性がなく、その質にもバラつきが出ます。また、担当施設についてあまり知識を持たない技術者が調査・検査を行い、本来指摘されるべき不具合等が発見されずにいつまでも放置される危険性があります。加えて、あまりの低価格で落札された場合には、落札価格に見合った業務しか行われず、建築基準法第12条が目的としている「建築物の敷地及び構造、並びに建築設備の損傷、腐食その他の劣化の状況を把握する」ための充分な調査・検査が行われるとは思われません。
──
 こうした弊害を取り除くため、例えばある区の場合は、区有施設の調査・検査業務を本会支部に一括委託し、本会支部が施設ごとに担当建築士事務所を決め、担当した施設の特性や性能や防災上のあり方まで熟知したものが調査・検査を行うようにしています。そうした方法をとることによって、施設の単なる経年劣化だけでなく、運用が不適切なところについても目を光らせ、是正・改善・修繕等の工事が必要な個所については早急に処置するよう情報を提供し、それらがいつまでも放置されることのないよう、安全・安心な区有施設の維持・運営に寄与する活動を行っています。そのため、各調査・検査担当技術者が、各区有施設の掛かりつけの主治医「ハウス・ドクター」のような存在になっています。
──
 こうした事例に鑑み、都有施設についても、当該調査・検査業務の技術者選定を競争入札方式によらず、施設ごとに担当技術者を定めて行う方式に切り換えることを要望いたします。また、その業務を本会に一括受注させることにより、本会が各物件の規模、特性及び地域性に配盧してその物件にふさわしい会員事務所を選定し、物件ごとに適切な業務量に応じた業務費で会員事務所が実施することにより、調査・検査業務の質の高い水準が確保でき、これらのデー夕蓄積により各施設の維持管理にも役立つ情報を提供できるようになると思います。
 また、東京都におけるこれら業務の発注管理事務の業務量の大幅な軽減を図ることができるものと考えます。
 以上の観点より、都有施設の内、特に災害時には地域の避難所ともなる教育庁所管の学校等の建築物の調査・検査業務の一括委託を要望いたします。
3. 建築物の設計・工事監理業務の発注に際しては、改正建築士法の主旨である国土交通大臣が定めた業務報酬基準(告示第15号及び告示第670号)に準拠した契約に基づくとともに、建築士事務所の賠償保険への加入促進が図られるような配慮を要望いたします。
 業務報酬基準は、建築士法第25条の規定に基づき、建築主と建築士事務所が設計・工事監理等の契約を行う際の業務報酬の算定方法や基準等を国土交通大臣が告示で示したものです。建築物の安全性の確保と質の向上を図るには、設計・工事監理業務が、適切かつ円滑に実施されるよう、業務報酬が合理的かつ適正に算定されることが必要です。
 しかしながら、公共建築物の設計・工事監理の発注においては、価格競争入札により、著しく低い報酬額で契約せざるを得ないケースが多く、業務の質の低下を招く恐れがあり、結果として国民の利益につながらないことから、構造計算書偽装事件を契機として業務報酬基準の見直しが行われ、平成21年に国土交通大臣により告示第15号として新たに業務報酬基準が定められました。また、本年5月には耐震診断・耐震改修に係る業務報酬基準(告示第670号)が制定されました。
 さらに、本年6月に施行された改正建築士法の第22条の3の4では、「設計受託契約又は工事監理受託契約を締結しようとする者は、国土交通大臣の定める報酬の基準に準拠した契約を締結するよう努めなければならない」とする規定が設けられました。
 また、平成26年6月に「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(以下「公共工事品確法」という)の一部が改正され、公共工事の品質が確保されるよう、予定価格の適正な設定等必要な措置を講ずることが、発注者の責務として定められています。
──
 賠償責任保険につきましても、本年6月に施行された改正建築士法第24条の9で、「建築士事務所の開設者は、設計等の業務に関し生じた損害を賠償するために必要な金額を担保するための保険契約の締結その他の措置を講ずるよう努めなければならない」と規定されました。
 賠償責任保険への加入等への措置は極めて重要なことであり、建築士事務所の保険への加入促進は建築主に対する義務を果たすとともに、建築士事務所の経営基盤の安定のため、欠かすことのできない施策になっていくことと考えます。
──
つきましては、業務報酬基準の意義を十分理解され、その実効性を高めるためにも、東京都における公共建築物の設計・工事監理業務の発注に際しては、告示を遵守した契約と、建築士事務所の賠償責任保険の加入状況を十分考慮いただきますようお願いします。
4. 建築物等の設計・工事監理業務の設計者の選定に際しては、品確法等の主旨に則り、入札方式によらない、プロポーザル方式等の価格以外の要素を考慮した選定方法により、評価基準のひとつとして「建築CPD情報制度」の活用や法定団体である事務所協会会員であることの配慮がなされるよう要望いたします。
 また、やむを得ず入札方式を採用する場合には、「最低制限価格の設定」を要望いたします。
 平成17年に施行された「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(以下「品確法」)に基づく基本方針では、「公共工事に関する調査・設計の契約にあたっては、競争参加者の技術的能力を審査することにより、その品質を確保する必要がある」とされ、「技術提案による価格と品質が総合的に優れた内容の契約」、「技術者の経験やその成績評定結果の適切な審査・評価」など7項目にわたり内容が示されています。
 また、平成19年には、国等における温室効果ガス等の排出の削減に配慮した契約を推進する「環境配慮契約法」が施行され、国、独立行政法人の発注する建築物の設計についても、原則的に「環境配慮型プロポーザル」とすると規定されました。
 このような状況の中、まだ多くの地方自治体では、残念ながら公共建築物の設計・工事監理業務の発注において価格競争による入札方式が採用され、特に近年においては、厳しい経済状況の中、さらなる低価格入札が生じております。価格による設計者選定は、設計等の業務の品質低下を招き、ひいては建築物の品質の低下につながる恐れがあり、品確法や環境配慮契約法の主旨にも反することになります。
 社会資産としての公共建築物は、質の高いものでなければならないことは当然のことであり、建築設計等の業務は、その品質により建築物の質を大きく左右するものであります。従いまして、公共建築物の設計・工事監理業務の発注に際しては品確法の主旨に則り、価格以外の要素を考慮した設計者の選定方式を採用されますよう特段のご配慮をお願いいたします。
──
 また、公共建築物の設計・工事監理業務の品質確保にあたっては、設計者の技術的能力を適切に評価することが極めて重要であり、その適切な評価基準等として、建築関係諸団体が共同で参画・運営するCPD制度の活用や、法定団体である本会会員であること(建築士法により事務所協会会員には消費者等からの苦情に対して応答義務が課せられています)が、妥当であると考えます。
 従いまして、公共建築物の設計・工事監理業務の設計者選定に際しては、プロポーザル方式や総合評価方式等における評価基準として、「建築CPD情報提供制度」の活用と建築士事務所協会会員であることへの特段のご配慮をお願い申し上げます。
──
しかしながら、やむを得ず品質の低下を招く恐れのある価格競争による入札方式を採用しなければならない場合には、適正な業務の遂行を確保するための最低限の方策として、公共建築物の品質確保の観点から、業務報酬基準の主旨を充分尊重した「最低制限価格の設定」を実施されるようお願いいたします。
5. 都市計画関連規定の改正で既存不適格となっている共同住宅において、耐震改修促進法による建替えやバリアフリー化による建替えの促進を図るため、建て替える共同住宅の外形が既存とほぼ同じで、日影、容積等の都市計画関連諸元が建て替える前の状態と変わらない計画については、それらの現行規定の適用を、建て替える前の共同住宅同様に「既存不適格」として取り扱い、建替えを可能とする「許可申請制度」を設けるよう要望します。
 接道基準、日影規制、容積制限等の都市計画関連の法令や条例の改正により、既存不適格となっている共同住宅の多くが、新耐震以前の建築物であるため耐震性能が不足しています。また、エレベーターが希少な時代に建てられたためエレベーターが設置されていない等でバリアフリーの構造になっていません。こうした共同住宅において、建物構造の強化、バリアフリー化、設備等の更新改修を目的として建替えを実施しようとしても、現行法基準が一律に適用された場合、建替え前より許容容積が縮小するために、居住者の合意形成が難しく建替え計画がなかなか進まない事例が数多くみられます。
 こうした共同住宅の建替えを促進するための特例措置を毎年要望してきましたが、都からの回答は、「総合設計制度を適用してください」との毎年ほぼ同じ回答をいただいています。
 ところが、そうした共同住宅に既存の総合設計制度を適用しようとした場合、総合設計制度を適用できる接道要件や敷地規模要件を満たす事例が非常に少なく、適用できる案件がほとんどありません。
 もともと、それらの共同住宅が不適格建築物になったのは、建設当時の都市計画関連規定に適合する状態で建設したにもかかわらず、後から都市計画関連規定に変更があったがために起こったことです。居住者側の過失に起因してそうなったものではありません。耐震的に不安だから建て替えたい、もしくは、年をとりバリアフリー構造にしたいからエレベーターを設置したいと思っても、現行基準に合わせて建て替えた場合、許容容積が縮小するため、居住者の何割かが出て行かなければ、建替え計画が成立しません。また、資産価値も過少に見積もられ、事業者に売却することもできません。ただ座して老朽化を待つしか手立てがありません。
 耐震改修促進法による建替えやバリアフリー化による建替えを図る共同住宅等については、建替えに道を開くため、「建て替える共同住宅の外形が既存とほぼ同じ形状で、敷地周辺に与える日影、天空率や容積等が同じとなる共同住宅の建替えについては、既存の共同住宅が既存不適格となっている現行の都市計画関連規定の取り扱いを、既存の共同住宅のそれと同様に「既存不適格」とみなすことにより建替えを可能とする「許可申請制度」を創設することを要望します。
6. 2020年東京オリンピック・パラリンピック施設に関わる都市づくりの設計与条件の策定業務及びアドバイザリー業務を都市づくりの専門家集団で構成する委員会に委嘱されるよう要望いたします。
 オリンピック・パラリンピックは、その開催を契機として、サステナブルな(持続性のある)都市開発、都市再生によって、開催都市にレガシー(遺産)を残すことを要請しており、1964年に開催された東京オリンピックでは、偉大な遺産を築きました。世界大戦の廃墟から立ち上がって、急速に都市の近代化を進め、道路、鉄道などの公共施設整備事業を前倒しに実現し、近代都市の骨格を示して、後進国からの脱却を印象づけました。
 また、オリンピック大会の運営、駒沢公園などの都市デザインに優れた計画性を示し得ただけでなく、国立代々木競技場の建築デザインなどによって、日本の建築文化の質の高さを世界にアピールすることに成功し、その後の高度成長期の日本の躍進を後押しする優れた遺産となりました。
──
 2020年オリンピック・パラリンピックは、日本国民が、1964年とはまったく違う位相の下に、新たなレガシーを築くこととなります。日本は世界に冠たる経済大国として成長し、今や欧米と並んで、アジアにおける比類なき成熟国となっています。その首都東京は、近代都市として効率的で、安全な施設が整備され、おもてなしの心に溢れた優しい都市にはなっているものの、都市計画の上では西欧諸国の大都市に比べて未成熟の部分も多く、その構造転換が急がれています。また、世界に向かっては、豊かな生活感溢れた文化都市を目指すことによって、アイデンティティを持った、しかし、世界に開かれたアジアの都市としての地歩を確実なものとすることを迫られています。
──
 これらの仕事は未来志向であるがゆえに、大きな変革を必要とし、行政各部門の努力だけでは達成しがたい面が大きく、都市づくりの専門家の英知を結集することが必要と考えます。従いまして、配慮すべき諸条件づくり等を私たち都市づくりの専門家集団に業務委託されるよう要望いたします。
7. 特定緊急輸送道路沿道建築物の耐震診断、補強設計、耐震改修の助成期間に対し、更なる延長を要望いたします。
 東京都では平成23年3月18日に「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例(東京都条例第36号)及び同条例施行規則(東京都規則第22号)」の公布以降、対象建築物の耐震診断実施率は約90%(平成27年4月末時点)まで達成されましたが、未だ耐震診断を実施していない建築物もあり「東京都耐震ポータルサイト」にて期限を定め公開しています。
 「東京都耐震改修促進計画」においては、緊急輸送道路沿道の建築物の耐震化率を100%とする目標を掲げ、災害に強い東京を実現する、とされており耐震化の促進は不可欠です。
──
 昨年度の予算要望に対するご回答として、耐震診断・補強設計については、平成27年度まで、改修工事については、平成27年度末着手分まで、それぞれ助成期限を延長していただいたところですが、未だに、耐震診断実施の段階で所有者間の合意形成等の調整に時間を要し、その後の補強設計及び改修工事の着手まで至らない案件があります。また、ようやく合意形成が見えてきても、現在定められている期限までには、診断や工事が間に合わないという相談もあります。
──
 平成32年には「東京オリンピック・パラリンピック」を控えており、東京都知事が目指す「世界一安心・安全な都市・東京」を実現させるためには、是非、耐震診断とその後に引き続く補強設計、改修工事について、助成期限を延長されるよう要望いたします。
平成28年度 国への要望
 建築が国民生活及び社会環境の形成に及ぼす影響は大きく、建築物の質の向上は社会的要請となっております。
 建築士事務所の健全な発展により建築文化の向上を図るため、以下のとおり要望いたしますので、格別のご配慮を賜りますようお願いいたします。
1. 2020年東京オリンピック・パラリンピック施設に関わる都市づくりの設計与条件の策定及びアドバイザリー等の業務を、都市づくりの専門家集団で構成する委員会に委嘱されるよう要望いたします。
 東京都への要望書の6と同じ。
2. 建築物の設計・工事監理業務の発注に際しては、改正建築士法の主旨である国土交通大臣が定めた業務報酬基準(告示第15号及び告示第670号)に準拠した契約に基づくとともに、建築士事務所の賠償保険への加入促進が図られるような配慮を要望いたします。
 東京都への要望書の3と同じ。
3. 建築物の設計・工事監理業務の設計者の選定に際しては、品確法等の主旨に則り、入札方式によらないプロポーザル方式等の価格以外の要素を考慮した選定方法により、また、評価基準のひとつとして「建築CPD情報制度」の活用や事務所協会会員であることの配慮がなされるよう要望いたします。
また、やむを得ず入札方式を採用する場合には、「最低制限価格の設定」を要望いたします。
 東京都への要望書の4と同じ。
4. 既存不適格建築物で耐震改修促進法による建替えやバリアフリー化による共同住宅等については、建替えの促進を図るため、建て替える共同住宅の外形が既存とほぼ同じで、日影、容積等の都市計画関連諸元が建て替える前の状態と変わらない計画については、それらの現行規定の適用を建て替える前の共同住宅同様に「既存不適格」として取り扱い、建替えを可能とする「許可申請制度」を設けるよう要望します。
 東京都への要望書の5と同じ
5. 既存建築ストックの有効活用の円滑化を図るため、既存ストック活用計画に対する建築基準法及び建築基準関連規定の現行法基準の適用の緩和と、既存ストック活用に関する建築基準に特化した法律の整備を要望します。
 太平洋戦争終結の5年後の昭和25年に公布施行された建築基準法は、戦火で灰燼に帰した街の復興と、大地震や大型台風等の天災にみまわれた場合でも、建築物の倒壊や火災による人的・物的被害を最小限に食い止められるよう、街の耐火化・不燃化・耐震化を図り、国民が安全で、安心して生活できる街を構築することを目的としてつくられたものです。
 この法律の目的に沿って、これまでこの法律自身の規定だけでなく、これに関係する省令、条例、制度等の整備とその中身の詳細化・充実化が図られ、私たち国民が協働して当たらなければならない戦後の復興のまちづくりと安全・安心なまちづくりを下支えする大きな役割を担ってきました。
──
 ところが、この法律が、戦後の復興期と日本経済の高度成長期における大量の建築需要に応えるためのものであったため、その内容のほとんどが「新築工事」に係る事項に偏ったものであり、それに比べ「既存ストックの活用」に係る事項についての規定の詳細化・充実化がほとんど行われず、その内容が貧弱な様相を呈している感は否めません。そのため、実際に既存建築物に確認申請を必要とする増築、用途変更、大規模な模様替え等を行おうとすると、各条項の記述が適用される条項の羅列に終始しているため「計画のどこの部分に現行規定が適用され、どこの部分に現行規定が適用されずに既存不適格扱いでよいのか」がイメージできません。熟練の一級建築士のみならず、特定行政庁や指定確認検査機関の審査担当者ですら、時間を掛けて読み解かなければその判断ができないほど、非常に分かりにくい法文構成と規定表現になっています。
 また、ちょっとしたそうした行為を行おうとしても、現行法が適用される事項が多く、それらを現行法に適合状態にするための是正工事を広く多岐に渡って行わなければならないため工事費が嵩み、既存ストックを活用したいと思ってもそれができない案件が頻発しています。つまり、この現行の建築基準法が「新築工事」に特化していて、「既存ストックの有効活用」には非常に使いにくい法律になっており、現在の建築基準法の形そのものが「既存ストックの有効活用」を阻む大きな要因になっています。
 これから少子高齢化で高度成長が望めない日本社会にとって、社会全体の省エネルギー・省資源化は、私たち日本人が協働して取り組まなければならない喫緊の課題です。それを解決する方策のひとつが「既存ストックの有効活用」です。これからますます増大することが予想される「既存ストックの有効活用の円滑化」を図るため、既存ストックの活用計画に対する建築基準法及び建築基準関連規定の現行法基準の適用の緩和と、「既存ストックの有効活用」に特化した建築基準に関する法律の整備を要望します。
6. 既存建築ストックの有効活用の円滑化を図るため、検査済証の交付を受けていない「既存建築物の法適合確認」について、持ち主の過重な負担とならない「建築当時の法適合状況調査の方法」並びに「法適合確認手続きの方法」の簡素化を要望します。
 下図に見るように、指定確認検査機関制度の創設が決まった平成10年の1年間でさえ、特定行政庁の確認済証の交付を受けた件数83万3千件のうち、完了検査の検査済証の交付を受けなかった件数が51万6千件、その割合は約62%にも上ります。また、指定確認検査機関制度の創設以前は、それよりもその割合が高く、80〜90%にも上ったといわれ、建築基準法が公布された昭和25年から数えると、検査済証のない建築物は膨大な数に上るものと思われます。
 この事態が現出したのは、専用住宅が主となる延べ面積200m2以内の4号建築物(全建築物の概ね70%を占める)について「第7条の6」の使用制限が課せられておらず、検査のための行政職不足により検査済証の取得指導をしてこなかったことが主要因であります。また検査済証の交付を受けていない建築物でも、確認済証の交付を受けさえすれば不動産登記ができたという「建築基準法」と「不動産登記法」との間の竣工建物の取扱いに齟齬があったことや、「第7条の6」違反を犯しても、それを取り締まることなく放置したことも一因と考えられます。
 ところが、これだけ膨大な数に上る検査済証のない既存建築物を増改築や用途変更などで有効活用しようとする場合、それが「既存不適格建築物」であるのか、「違反建築物」であるのかの判断は困難であり、調査に多大な時間と費用を要することがあり、それが持ち主の大きな負担となって、有効活用ができない事態が頻発しています。また、中古住宅の流通段階で、金融機関が融資の可否を判断するに当たり、検査済証を求められる場合が多くなったことが、検査済証のない中古住宅の増改築や流通を阻む要因になっています。
 これからますます増大する既存ストックの有効活用の円滑化を図るため、検査済証の交付を受けていない「既存建築物の法適合確認」について、持ち主の過重な負担とならない「建築当時の法適合状況調査の方法」並びに「法適合確認手続きの方法」の簡素化を要望します。
図 特定行政庁(建築主事)・指定確認検査機関における検査済証交付件数・完了検査率の推移
「効率的かつ実効性ある確認検査制度等 確認検査制度等のあり方の検討(参考資料集)」国土交通省より