人材力支援事業を終えて
──これからの「働き方と未来の担い手確保」のために
寺田 宏(東京都建築士事務所協会副会長、人材力支援事業運営委員会委員長)
年代別、男女別再就職者数
参加企業(54社)の会社規模内訳
2019年2月18日開催の女性活躍推進セミナー風景。(撮影:事務局)
 本事業は建築士の資格を持ち、設計の最前線に再び復帰したい意欲を持ちながら、現在第一線から退いているいわば「休眠人材」を支援する事業です。事業は次の3つからなります。第1に空白期間中の知識の補充を行うリカレント教育、第2に人材を受け入れる企業に必要なノウハウを伝授するセミナー、そしてその紹介の場(マッチング)を協会自らが提供することです。
 この3つの事業をアデコ株式会社、ピーシーアシスト株式会社とコンソーシアムを組み、東京都の出えんによる団体課題別人材力支援事業の公募に応じ、一昨年度に採用が決まり、本年3月まで実施しました。
 人材採用が叶った企業の好事例集を冊子としてまとめ、『コア東京』5月号に同封させていただきました。どうかご一読ください。
眠れる人材の復帰への的確な支援
 目標値は応募人材50名、受け入れ企業50社でスタートしました。この事業がどれほどのインパクトを持つかが不明のため、当初、再就職者の人数は設定はしていませんでしたが、結果としては41人、うち女性が30人の再就職を支援できました。
 各支部の皆様、役員の皆様や、リカレントに関心ある機関の皆様に応援していただいたおかげで、応募総数74名*、応募企業数54社があり、結果としては41名の再就職、その内訳として応募企業に対しては13名、再就職した人材の総数の31.7%でした。再就職した41名のうち30歳代、40歳代の女性は19名、46.3%でした。男性も11名の再就職の支援ができました。
*:反響が想定以上に大きく、募集目標を途中で予算調整し急遽74名に増員。
休眠する皆さんに伝えるために
 この事業は個人の負担はほとんどなく、応募者には非常に有利な事業ですが、当初は応募者数が伸びませんでした。一線を離れた方々へ伝えることが、協会のホームページや会員向けに送付している『コア東京』に同封したフライヤーなどの既存の仕組みではなかなか拡がりません。そこでSNSやラインなどネットの力を活用した広報活動と口コミに切り替えました。今のネット社会がB to Cになっていることを改めて感じました。応募者のうち約57%がネット経由で情報を得ていました。
 余談ですが、公募枠の残りが少なくなった段階でいったん広報活動を打ち切りましたが、急に応募が減少し、残り枠の再募集にたいへん気をもんだ局面がありました。ネットは意識していましたが、実際はその最前線の威力を使い切っていないことを痛感しました。
将来の人材を確保する事業の意義
 実施した概要については『コア東京』2018年8月号、2019年1月号、3月号で紹介していますので、ここでは受入れ企業に関わることについて報告し、建築士事務所協会らしい本事業の紹介を行います。
 今後も建築士事務所の社会的な期待値は大きくなるばかりですが、これからの重要な課題はその担い手を確保することです。
 今までは「設計大好き人間」の多くが学校から卒業して本業界に入ってくれました。しかし、近年の建築士受験者数の低迷などを考えると業界の魅力がなくなってきたのではないかと想定できます。ここではわれわれの日々の常識が少子社会での働き方にマッチしていないと認識された点を振り返ってみます。
これからの建築士が望む多様な働き方
 かつては師匠あるいは先輩の仕事を観て、働きづめることがこの業界であったように思います。私自身も好きな設計をして先輩について働き、満足していました。しかし、今回の事業を終えて企業側の意見の中に、募集をかける企業側と応募する求職側の認識のズレがあるという意見が多くありました。
 端的な例が、受け入れる企業向けに実施した求人票の書き方セミナーです。求職者が求める企業の魅力をまったく意識しないで、求人活動をやっていたことが報告されています。丁寧な企業の説明とともに、求職者の欲する情報を的確に伝える求人票を作成したことが、就職決定者を得る決め手になったという意見が多く寄せられています。求職者の目線を無視して求人活動を行っていたと反省する企業もありました。さらに求人、採用にはノウハウがあり、今回はその専門家がコンサルテーションしたことがたいへん効果があったようです。
 次に、会社側の規則が見えないようではこれからの人材は応募しないということです。今回のセミナーでも就業規則の見える化セミナーが数回催され、応募してきた求職者に対する丁寧な応対がマッチングの成功につながったという声が多数寄せられています。特に求職者のいちばんの関心事は評価とそれに連動した給与、勤務体系です。次に申し上げる多様な働き方と関係しますが、このような会社の取り決めをいかにわかりやすく、納得できるものとするか、そのための見える化、明文化が必要と感じられたようです。
多様な働き方に適応する
 多くの求職者が注目する点が多様な働き方です。復帰人材の多くはまずはフルタイムの働き方ではなく、フレキシブルな働き方で自分を復帰に慣らすことと、第一線を退くことになった原因との両立を図りたいと思うことです。
 もちろん学校を卒業してフルタイムで働く人材が必要なことは当然ですが、復帰人材の特徴として、将来はフルタイムかもしれませんが、自分のライフスタイルとマッチさせる段階的な働き方を就職先に求めています。これからは女性に限らず男性も産休、育休に対応した働き方が必要になります。それは時間的なものや在宅勤務などの場所の限定などを踏まえた働き方です。また、子育てだけではなく、介護などの各自の事情を踏まえたうえで、リタイア後でもまだある就労意欲にこたえた職場環境が必要になります。
 このような働く側の目線の認識、会社の規則などの見える化、担い手の多様な働き方、つまりは建築設計の働き方の多様性の要望にこたえることが、これからの求人活動で重要であることがわかりました。
 建築士の業務内容が多岐にわたってきています。企画創造型業務、分析型業務、管理型業務など多岐の業務をこなすことが建築士には求められますが、それぞれは異なる時間と場所で実行されてもよいのかもしれません。
建築士に的確にこたえるマッチングボード
 また、一方で協会が責任をもって建築士専用の就職紹介の場を用意したことも今回の事業の特長でした。多くの企業が望んでいても、建築士に特化したマッチングボードまで責任もって用意することは稀です。建築士という明確な資格を持つ者と、設計できる人材を求める企業側がぴったり合った場を提供できました。この点でも協会の意義ある活動と評価できると思います。
最後に
 単に事業が目標値に到達して成功というだけでなく、われわれ建築士事務所がこれからも優秀で意欲的な人材を継続的に確保するための課題の抽出ができた事業ではないかと考えています。
 今年度も東京都が公募する支援事業を視野に入れています。また多様な働き方に対しては先導的なモデルとして在宅勤務など、協会でもその課題について考えてみたいと思います。これからも建築設計業界が活性化し、若手を含めて元気な業界になるように検討、行動していきます。
 最後になりますが、事業の実施に当たっては各支部の皆様、協会の役員の皆様、また協会事務局担当の、たいへんな努力ある取り組みで新しい事業として有意義なものとすることができました。深く感謝いたします。これからもご協力いただき元気な建築設計業界をつくっていきたいと思いますのでどうかよろしくお願いいたします。
寺田 宏(てらだ・ひろし)
東京都建築士事務所協会副会長、人材力支援事業運営委員会委員長
1956年 大阪府生まれ/京都大学大学院修士課程(建築学専攻)修了/1980年清水建設株式会社入社、清水建設株式会社一級建築士事務所/現在、同建築営業本部副本部長/中央支部