草木の香りを訪ねて──世界香り飛び歩記 ③
カユプテに代表されるメラルーカ
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)

地平線のかなたまで果てしなく続くメコンデルタのメラルーカの林。
湿地に強いメラルーカ。
メラルーカの花。
ベトナムメコンデルタに広がるメラルーカの林
 チベット高原に端を発し、中国雲南省、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアを経てベトナム南部の南シナ海に流れ出る東南アジア最長のメコン川、その大河の海への出口には3万9千km2にも及ぶ平地の三角州メコンデルタがあり、そしてその一角にはメラルーカの林が広がります。
 メラルーカはユーカリと同じフトモモ科に属し、ユーカリと共にオーストラリア原産の樹木です。メラルーカ属には250種以上が存在するといわれています。ユーカリと同じように成長が早いので、熱帯の荒廃地の緑化や産業用材として世界各地にその分布が広がっています。きれいな花を咲かせることから養蜂も行なわれ、最近ではわが国でも、園芸用にも利用されています。
 ニュージーランドを発見し、オーストラリア東海岸に到達したキャプテン・クックがお茶として使用したティーツリーもメラルーカの一種です。大航海時代の長期間に及ぶ航海ではどうしてもビタミンC不足になり、壊血病が避けられませんでした。キャプテン・クックも他の航海士と同様に、壊血病予防のための食料を積み込んで航海に望みましたが、壊血病患者を出さずに航海できたもとになったもののひとつに、ティーツリーの利用があったといわれていています。250年ほども前のことです。
 その後オーストラリア、ニュージーランドにヨーロッパからの移住者が来るにつれて、お茶になりそうな木の葉を利用し、それをティーツリーと呼んだので、ティーツリーと呼ばれる木はひとつではなく、いくつかの種類があります。メラルーカだけでなくユーカリにもティーツリーと呼ばれているものがあり、その特有の香りに移住してきた人たちは不慣れな異国の地でひと息ついたに違いありません。
 種類の多いメラルーカですが、メラルーカというよりはカユプテという名の方がよく知られているかもしれません。カユプテもメラルーカの一種です。カユプテ(Melaleuca cajuputi または M.minor)の葉から採取したカユプテ油は有効成分の「1, 8-シネオール」の含量が高いので、香料原料、医薬用、殺虫剤に利用されています。
 ところでメラルーカの分布が広がるメコンデルタ地帯は酸性硫酸塩土壌というpHが2.5〜3.5程度の強い酸性土壌です。そればかりではありません。乾季には水がなくなり木の根元が見えるほどになりますが、雨季には膝下くらいまでが水であふれるのです。そんな過酷な土壌のもとでも育つメラルーカには驚異的な生命力を感じさせられます。
メラルーカの林の再生
 ベトナム南部の大都市ホーチミンの南西、車でおよそ2時間ほどの、ベトナム林業科学研究所南部支所の試験地周辺はメラルーカが植林され、木を育てながらタロイモなどの作物を栽培する入植者が住んでいます。わが国のJICA(国際協力機構)もこの地で酸性硫酸塩土壌での植林に技術協力をしていました。
 試験地内にある林内の山火事を監視する30mほどの高さの鉄塔に登り一望すると、地平線のかなたまで広がったメラルーカの林に驚かされます。林内に点在している入植者の家は、隙間なく緑一面に広がる木々に隠れてどこにあるのか見当もつきません。
 今でこそ緑一面のメコンデルタですが、1965年から10年に渡ってのベトナム戦争では多くの人命が失われ、ベトナム戦争以前には多くの木が茂り果実が実っていたその地は、林の中に潜むベトナム解放戦線の兵士を引きずり出すために米軍によってまかれた枯葉剤によって木々は枯れ果て、一面見渡す限りの荒地に変わり果てたのです。そんな戦争の無残さを思い、戦後植林されて戻ってきた緑を身近に見るにつけ、植物の生きる力のたくましさには感動せざるをえません。
メラルーカの一種、カユプテの植林地。精油を多く含む葉を採取しやすいように、低木仕立てにしている(インドネシア)。
カユプテ葉油の採取装置(インドネシア)。
メラルーカ材の炭をつくるための炭窯づくり(炭窯の位置を決める)。
煉瓦を積んで炭窯の壁造り。
炭を酸性土壌に施用。
炭を入れた土壌に苗木を植える。
メラルーカの利用
 種類の多いメラルーカですが、その香り成分は葉に多く含まれ、材にはほとんど含まれていません。同じフトモモ科で精油含量が樹木の中でも最も高いグループに属するユーカリが、葉に高い精油含量を示すものの材にはほとんど含んでいないのと同じです。
 メラルーカ属の多くの樹種の主な成分は1, 8-シネオールです。この香りがさわやかさを誘います。このこともユーカリと類似しています。カユプテの精油は1, 8-シネオールを50〜60%も含んでいます。
 インドネシア、ジャワ島ではカユプテを植栽して葉油を採取している大規模な工場があります。高木になるカユプテの木を、葉の採取を容易にするためにお茶の木のように低木仕立てで栽培しています。メラルーカ属の樹種は根元の30cmほど上から伐採すると、再度根元から新芽が出てきて若い幹が育ちます。いわゆる萌芽です。萌芽更新によって30年間、葉の収穫ができるということですから、効率のよい栽培です。ここでは葉油を採取した後の葉は野外に広げて乾燥させ、40%は燃料用、60%は肥料としてカユプテの林に撒いています。バイオマスの有効活用、そして循環型の利用といえるでしょう。
 カユプテ油に限りませんがメラルーカ属の精油には抗菌作用・抗ウイルス作用がありますので、インフルエンザや風邪の予防など、呼吸器系の感染症に効果があります。歯科で口腔剤として、また、防虫剤、消臭剤などにも用いられています。
 メラルーカ属の樹種には他の植物の発芽や成長を抑制し自分が繁殖するアレロパシーという作用があります。メラルーカが一斉に繁殖するのもそのせいでしょう。セイタカアワダチソウが空き地に繁殖している現象と同じです。そしてその作用はメラルーカの精油によるものです。
 多様な活性を有しているメラルーカの精油ですが、室内に生息し、喘息やアトピーの原因になる室内塵ダニの繁殖を抑制する作用もあります。その作用はブラクテアータ(Melaleuca bracteata)というフェノール成分を多く含む樹種で特に強いことが分かっています。
 酸性土壌の湿地に育ち水中での高い耐朽性持ち、強度も比較的高いメラルーカの材ですが、真っ直ぐには成長せず、屈曲して育つので、本格的な、大きな建築物には利用できず、鶏小屋などの簡易な建物や家具に利用されているにすぎません。土壌水分の多いメコンデルタ地方では建物を建築する際に地固めのために、土中に杭として多数の丸太を打ちこむのにも使われています。
 私たちは文科省のプロジェクトの下で学生、現地住民と共に日本式の炭窯をつくり、できた炭を土壌に混入して植栽木などの成長試験を行なってきました。弱アルカリ性の木炭を土に施し酸性土壌の酸性を緩和し、作物などの植物の成長を促すことが目的です。
室内を彩るメラルーカ
 メラルーカの林では緑一色の中にブラシのような形の純白の花が目を誘い、気持ちを安らげます。そのようなこともあってか、メラルーカは原種を矮小化した物や園芸品種がつくられ、わが国でもホームセンターなどで見かけるようになりました。白、ピンク、紫などの花を咲かせ、葉には香りの元になる精油が多く含まれていますので、さわやかな香りを発散させます。
 レボリューション・ゴールドの名を持つブラクテアータ(Melaleuca bracteata)の黄色が映える葉から漂う芳香には、前述したように室内に生息するダニを防ぐ成分が含まれています。アルテルニフォリア(Melaleuca alternifolia)は、柑橘系のさわやかな香りがあり白い花と共に人目を引きます。身近に手に入るようになったメラルーカですが、本来、暑い地方の植物ですので寒さに弱いのが欠点です。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
NPO炭の木植え隊理事長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長・教授、香りの図書館館長(フレグランスジャーナル社)を歴任。専門は天然物有機化学。
タグ: