『コア東京』通巻500号記念座談会
山崎 眞(東京都建築士事務所協会理事、広報編集委員会委員長、豊島支部、一級建築士事務所株式会社ライジング)
中田 千恵子(東京都建築士事務所協会理事、北部支部、一級建築士事務所ハウジング工房)
栗田 幸一(東京都建築士事務所協会理事、台東支部、株式会社栗田建築事務所)
谿口 阿佐美(東京都建築士事務所協会賛助会員会情報委員、会誌・HP専門委員、JFE鋼板株式会社)
前田 敦(東京都建築士事務所協会青年部会、八王子支部、前田一級建築士事務所)
田口 吉則(東京都建築士事務所協会会誌・HP専門委員会委員長、江戸川支部副支部長、株式会社チーム建築設計)
今月号(第40巻第3号)で通巻500号となるとなる東京都建築士事務所協会会誌『コア東京』の、過去・現在・未来を語り合う編集委員会関係者による座談会を収録した。(平成30/2018年2月2日、東京都建築士事務所協会会議室にて)
なお、編集を担当する委員会の名称は創刊以来変遷があるため編集委員会、編集委員長と総称する。

田口
会報誌『コア東京』は、東京都建築士事務所協会設立30周年に際して、昭和54(1979)年1月に創刊されました。これまで、300号(平成14/2002年4月号)の時と、400号(平成22/2010年1月号)の時に、それぞれ歴代編集委員長の座談会と寄稿を掲載しています。そこで今回は500号記念座談会として、広報編集委員会委員長の山崎眞さん(平成11/1999~平成18/2006年編集委員長)、平成28(2016)年に逝去された安田浩司さん(平成19/2007~平成24/2012年編集委員長)と同時期に編集委員を務めた中田千恵子さん、担当理事の栗田幸一さん(平成25/2013~平成28/2016年編集委員長)、さらに現在の編集委員会に賛助会員会から参加している谿口阿佐美さんと、青年部会から参加している前田敦さんの5名の方にお集まりいただきました。司会は私、田口吉則(平成29/2017年~編集委員長)が務めます。
表紙の変遷/表紙・本文オールカラー化へ
田口
昭和54(1979)年1月の創刊号からバックナンバーを用意しました。まずは表紙や誌面の変遷を見てください。創刊号の表紙ですが、ロゴタイプは編集委員による手づくりのレタリングだったそうです。昭和62(1987)年の1年間はちょっと異色で、当時の当会会長の伊藤喜三郎さんのエッチングが表紙になりました。ロゴタイプも「CORE TOKYO」と英文表記になっています。平成元(1989)年からは和文に戻り、東京建築賞の受賞作品がカラーで載るようになります。
山崎
ロゴは変わったけれど誌名は最初から『コア東京』で変わっていませんね。日本建築士事務所協会連合会の機関誌『日事連』はけっこう変わっています。以前は『Argus-eye』で、その前は『建築士事務所』でした。その『建築士事務所』誌の頁の一部だった「東京版」(昭和42/1967年から)を独立させたのが『コア東京』だった。
田口
表紙がカラー写真になって、東京建築賞の受賞作品の写真が使われるようになったのは平成元(1989)年1月号から。本文がオールカラーになったのは栗田さんが編集委員長の時の平成26(2014)年の4月号からです。それまでは一部だけがカラーでした。
山崎
昔はカラーにできる頁数と頁の位置に制約がありましたから、どの記事をカラーにするか、どこにもってくるかをずいぶん悩みました。カラー頁は4頁までだった。
栗田
そうですね。全体をふたつ折りにしてホチキスで止める中綴じ製本ですから、カラーの位置に制限があります。あるページをカラーにしようとすると、それと同じ紙の同じ面のページしかカラーにできない。昔は紙を折りたたんで、こことここをカラーにしようと決めていた。
谿口
そんな苦労があったんですね。コストとの兼ね合いということですね。
栗田vそう、コストですよ。今は制作のデジタル化によって、コストをそれほどかけずに、オールカラー化とウェブサイトの「コア東京Web」を実現することができるようになった。
編集方針について
田口
山崎さんは、300号のときの編集委員長で記念座談会に参加され、400号では歴代編集委員長のひとりとして寄稿されています。山崎さんが編集委員長のときには、「環境と建築」をテーマにした一連の特集を企画されたということですが。
山崎
私が編集委員会の委員長に就任したのは平成11(1999)年で、この年は編集委員がすべて入れ替わった。それは編集委員会で何をやるかをゼロから考える機会でもありました。そこで、その時代のテーマだった環境を、建築に関連した目線で取り上げていこうと考えたのです。そのころは一生懸命情報を集めていましたね。
田口
平成14(2002)年~平成19(2007)年には、「私の作品」という会員の作品を紹介するコーナーもありました。これはどのような基準で掲載作品を決めたのでしょう?
山崎
編集委員で見てまずいものがあったらカットしようという話にはなっていましたが、カットしたことはほとんどなかったと思います。
栗田
編集委員によるもの以外の『コア東京』の多くの記事は、支部編集員をはじめ会員の方々にお願いしていますが、たいへんなのは、依頼した記事の一部を削除したいとか、書き直して欲しいと言わなければならないこと。なかなか納得してもらえないこともあるが、読者にどう受け止められるかという視点での判断が大切です。
田口
依頼したものを没にするのは難しいですが、大事な視点ですね。
栗田
安田さんが委員長で私が副委員長のとき、加藤峯男さん(現・法務制度委員会委員長)が担当理事として編集委員会に参加されるようになりました(平成23/2011年~平成28/2016年)。加藤さんには行政に対しても言うべきことを言うというスタンスがあった。建築士事務所等の処分問題を取り上げた平成26(2014)年5月号の記事「この矩このままでいいのか(第3回):この『建築士の懲戒処分の基準』と『建築士事務所の監督処分の基準』をどう思いますか-1-」はインパクトのあるもので、建築士事務所等の処分の基準が変わる切っ掛けのひとつとなりました。
中田
安田委員長のときの3.11東日本大震災への対応も記憶に残っています。いち早く6月号に編集委員によるレポートを掲載し、液状化対策の重要性を取り上げています。そして、8月号から「震災を忘れない」シリーズを始めて、各専門家から、震災・耐震についてご鞭撻いただきました。賛助会の協力による震災対策のセミナーもありました。
連載と記事集めの苦労
田口
連載でもっとも長く続いている「思い出のスケッチ」は、平成2(1990)年8月号から現在まで約28年継続しています。会員のスケッチとエッセイの組み合わせは今と同じですが、当初は誌面の中にモノクロで掲載されていました(p.6上)。その後、評判がよくなってカラーになり、平成11(1999)年4月号から裏表紙にカラーで掲載するようになりました。
山崎
私が編集委員長の時はもう裏表紙に定着していました。ただ画く人を集めるのがたいへんでしたね。
田口
私も声をかけるのですが、絵は描けるけど文章は苦手という方が多い。そこで「建築ふれあいフェア」での児童画展や、各支部のポストカードを掲載したりもしています。
前田
青年部会のメンバーも絵はいいけど文章は、という人が多い。私も「VOICE」欄で文章には苦労しています。
田口
会員だけではなくて建築学科の学生に画いてもらうというアイデアもあります。平成30(2018)年2月号の裏表紙は建築ふれあいフェアの児童画展入賞作品なんですが、文章に「ぼくの将来の夢は建築家になること」とあって、なかなか頼もしい。今後もいろいろと考えていきたいと思います。
「支部探訪」で読者を開拓/青年部会・賛助会員会に期待
田口
昭和63(1988)年から平成11(1999)年まで、毎月「わがまち探訪」という連載がありました。各支部自慢の名所旧跡とか、有名な建物を紹介するもので、それが今の建築ふれあいフェアのポストカードにも繋がっていると思います。「支部探訪」は編集委員による訪問記で、平成20(2008)年から平成28(2016)年の間に14回掲載しています。
中田
「支部探訪」は安田委員長の時でしたね。何もしなければ知りえなかった会員の人たちと交流が持てました。
栗田
「支部探訪」の取材は私も担当しました。数名で運営している小規模の支部の人たちが、おれたちも一生懸命やっているよという姿を伝えられたのがよかった。
中田
この連載で読者を増やしたのは確かですよね。行ったところの支部の人はもちろん読んでくれるでしょうし、『コア東京』を身近に感じてもらえたのではないか。
前田
青年部会でも仲間が書いている記事はやっぱり読みますよね。
谿口
賛助会員会では、平成27(2015)年12月号から「賛助会員会・技術情報ファイル」の掲載に関わっていることが、東京都建築士事務所協会の一員としての意識を強めています。記事集めに苦労していることはありますが。
栗田
各会を背景とした記事や連載をもっと出して欲しい。
田口
賛助会員会には、技術情報ファイルだけではなくて、他にもいろいろな可能性があると思います。
栗田
特にエンジニアリング系やメーカー系の会社はちゃんとしたものを持ってますよ。
「コア東京Web」──紙とインターネットの連携
田口
「コア東京Web」は、紙の『コア東京』の記事をウェブサイトでも同時に公開するものです。誌面にあるQRコードにスマートフォンをかざせばスマホ用の表示で見ることができる。栗田さんが編集委員長の時に始まりました。
栗田
一時、紙はやめてインターネットだけでいいのではという議論がありました。しかし、紙には紙のいいところがある。そこで紙とインターネットで同時に刊行することにしたのです。QRコードは紙とインターネットを繋ぐものです。記事をスマホで取り出すような感覚で使えますし、連載のバックナンバーにもすぐにアクセスできます。印刷できない動画も掲載されています。
前田
そうですね。「コア東京Web」にはもっと可能性があると思う。この続きは「コア東京Web」で、というかたちですとか。作品の紹介でも、ウェブサイトならページ数の制限がないので詳しく紹介できます。
これからの『コア東京』へ
中田
読んでもらえるというか、読みたい記事がたくさんある『コア東京』であって欲しいなと思います。
田口
専門分野の記事をということ?
中田
いろいろです。専門分野の情報も欲しいですし、ちょっと息抜きの記事も欲しい。贅沢かな。
谿口
『コア東京』の読者は建築士の方が多いと思いますが、建築士は何を考えているのかをもっと知りたい。『コア東京』を読んでみて、私たちとは視点が違うことにびっくりしたんです。こんなすごいことを考えてるのだと。サラリーマンと違っておしゃれな方も多いですしね。メーカーという立場ではその求める情報が何かを知り、応えていきたい。
栗田
印刷物とインターネットの関係を考えると、印刷物はそのよさを活かして継続していくとして、情報発信におけるインターネットの重要性が増している。「コア東京Web」だけではなく、協会のウェブサイトでも、何を発信できるかを考えていくことが必要。
前田
『コア東京』は設計事務所の若いスタッフはあまり読んでいないのではないか。そんな人たちに向けての記事があったらいい。2月に青年部会でセミナーをやりましたが、それは、建築士の免許を取る前の人に向けたものでした。そんな記事を切っ掛けに他の記事も読んでもらえたらいい。
田口
さまざまな立場の読者にとって、ひとつでも興味が持てる記事があることは大事ですね。
前田
それと、スタッフの人にも記事を書いてもらってはどうか。同世代の書いた記事は気になるものです。そういうお手伝いを青年部会でできたらと思います。
山崎
『コア東京』は会員のための雑誌であるわけですが、会員を増強しようと勧誘したとき、入会するとどんなメリットがあるのとよく言われる。『コア東京』がもらえるから会員になろうと思ってもらえるくらい価値がある本になるといちばんいいなと思っています。
 それと、同じ国家資格の医師や弁護士に比べると建築士の社会的地位は低い。医師や弁護士には地道な社会活動に取り組んでいる人も多く、社会的な仕組みもあります。そんなことを紹介しつつ建築士の地位が向上するにはこういうことが必要なのではという記事を、事務所協会の仕組みを考えると共に取り組んでいければと思います。その辺をおもしろく読んでもらえるような企画をつくれるといいのですが。
田口
私も皆さんに読んでもらえる『コア東京』を目指すというのはもちろんですが、今回古い『コア東京』を読み返してみて、記録として残していく部分もちゃんと襷を繋いでいかなければいけないと強く感じました。
 皆さん今日はどうもありがとうございました。
山崎 眞(やまざき・まこと)
東京都建築士事務所協会理事、広報編集委員会委員長、豊島支部、一級建築士事務所株式会社ライジング
1950年 神奈川県生まれ/1975年 芝浦工業大学建築学科卒業/1978年 山崎建築設計事務所開業/1985年 株式会社山崎眞設計事務所設立/2006年 一級建築士事務所株式会社ライジングに社名変更、現在に至る
中田 千恵子(なかだ・ちえこ)
東京都建築士事務所協会理事、北部支部、一級建築士事務所ハウジング工房
1953年 東京生まれ/インテリア設計事務所スペース201、日研学院講師を経て現在、一級建築士事務所ハウジング工房代表
栗田 幸一(くりた・こういち)
東京都建築士事務所協会理事、台東支部、株式会社栗田建築事務所
1949年 東京浅草生まれ/祖父、父と3代目/1970年 東海大学工学部建築学科卒業/1970〜74年 伊奈建築設計事務所/1975年 父の経営する株式会社栗田建築事務所入社し、現在、代表取締役
谿口 阿佐美(たにぐち・あさみ)
東京都建築士事務所協会賛助会員会情報委員、会誌・HP専門委員、JFE鋼板株式会社
JFE鋼板株式会社 流通営業部第一室
前田 敦(まえだ・あつし)
東京都建築士事務所協会青年部会、八王子支部、前田一級建築士事務所
1967年 東京都生まれ/1988年 東京工科専門学校卒業/1997年 株式会社木下工務店設計部退社/1998〜2008年 10年間建築を離れ、デザイン会社で、サイン・CI・チラシ等のデザインを行う/2008年 前田一級建築士事務所設立
田口 吉則(たぐち・よしのり)
東京都建築士事務所協会会誌・HP専門委員会委員長、江戸川支部副支部長、株式会社チーム建築設計
1953年 東京生まれ/(株)チーム建築設計代表取締役
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